第214話 シリカ反射炉
九月下旬。
シルバ教国、アルバ・フェリス。
「届きましたか」
アルマン助祭が麻袋を覗き込んだ。
「ああ」
アリア皇国からの国際便である。
麻袋には拳大の白い芋がごろごろと入っていた。
「白き芋、土の卵ってやつか」
レニエが一つを手に取った。所々泥がついている。
「これが、噂の」
アルマンもしげしげと眺めた。現フィヨルド王国の覇者、ガストーネはどうも糧食にイモを用いてフィヨルドの不作問題を解消したらしい。
だからグルンクルスであんなに元気だったんだな、と振り返る。
セドリックの手紙には季節の挨拶もそこそこに、栽培方法について詳細が書かれていた。
『農業振興局のアンナ・スピニッチさんによると、アルバ・フェリスの乾いて寒い土地にはジャガイモ一択らしいわ。植えて、定期的に少量の水を撒いて、三ヶ月もすれば掘り起こして、とのこと。秋口は安定しないらしいから、来年の種芋に半分は残しておいた方が無難よ。頑張ってね、レニエ』
「…ほうれそうの騎士?」
レニエが首を傾げた。
「さて」
アルマンも同様である。ともかく。
「植えるか」
レニエはそう言って、鍬を手に取った。
◇◇◇
十月中旬
アリア皇国、ギルテニア。
シリカ反射炉。
「どうだよ、ニコラス先輩」
マルスが尋ねた。夏から秋分の日、つまりハーベストムーンまでは王立学院は長期の夏季休暇である。その休みを利用して、ギルテニアに籠っていたのだ。
「火力は確かに石炭より強いで。どうやろな」
一年生のサムエルと、蒸気機関技師ゼンの弟子ルッソが代わりばんこに吹子で風を送る。
使用しているのは反射炉である。
本来石炭を燃やす炉に、フランソワが精製し、ベアトリスが輸入した灯油をふんだんに使って燃料としたのだ。
その熱が炉に伝わり、炉床でくず鉄を溶かすのである。
「高温になれば炭素が燃えて、純鉄だけが取り出せる…はずや!」
正直にいうとニコラスにも自信はない。ないが、他に方法を思いつかなかったのだ。
やがて、どろり、と鉄が出てきた。
「おしおし、ここまでは予定通りやな!」
「これが純鉄か?」
「わからん。見てみないことには」
サムエルとルッソが手を止めて汗を拭いた。水をぐいと飲み干す。だいぶ汗をかいたのだ。
「ちゃんと塩食えよ、二人とも」
指示だけ出して、冷めるのを待つこと数時間。
湯気が消えて、固まった『純鉄(?)』を眺めてみたのだが。
「なんか黒ずんどるな」
「ニコラス先輩」
サムエルが言った。
「なんか、炉にタールっぽいのがついてるんですが」
「つまり?」
「このタール、石油由来ですよね。つまり、この鉄にはタール由来の炭素がたっぷりと」
「意味ないやんけ!!!」
そう。
ニコラスは散々苦労をして、純鉄ではなく『タール由来の炭素鉄』を作ったのであった。
◇◇◇
「どうだ、コレット」
一方、ザハリアス工房である。同じくコレットも、帰省ついでにザハリアス工房に数ヶ月ぶりに顔を出したのだ。結局、家にいても暇だからと毎日のように顔を出しているのだが。
「…できた」
コレットが顔を上げた。
新型顕微鏡である。
接眼レンズを斜めに取り付け、真上から光を取り込む。鏡を二枚取り付けて、反対の反対、要するに正位置で観察できるように加工したのだ。
今まではステージ台の下から光を取り込む以上、極めて薄いものや半透明なものしか観察できなかったが、これで厚みのあるものでも観察ができるのだ。
「ん、上出来だ」
こくり、とコレットが頷いた。
ザハリアス工房は人が増えていた。
フェンリル型シリーズの受注が増え続けているのだ。ちょうど、ベアトリス経由で新しい蛍石の鉱石が手に入ったところでもある。
「出かけてくる…」
そう言って、コレットが立ち上がった。
「ニコラスか?」
こくり、と頷く。
「兄さん…おバカだから…まだ純鉄を探してると…思う…」
「違ぇねぇな」
ザハリアスがそう言って、肩をすくめた。
◇◇◇
インクラインで街中へ下る。
ギルテニアは相変わらず、活況に包まれていた。
蒸気機関公社も機関車の研究を続けているけれど。
コレットは思う。
試作一号機は三ヶ月で錆だらけになって、失敗したらしい。合金なのか塗料なのか。改良計画が進んでいると聞いていた。
それ以前にバカみたいに石炭を使ったから、他の工房からクレームが入ったのだけど。
そんな難しい機械を、兄さんが開発、できるんだろうか。
考え事をしながら反射炉へと向かう。町外れの海岸沿いにそれはあった。
シリカ製の反射炉。
間違いなく今のギルテニアで、いちばんの火力を誇る反射炉だ。
でも、この火でも多分…純鉄はできないと思う。
以前、王立学院に入学する前に試したことがあるのだ。あの時は蛍石が枯渇して、どうしようもなかった時。
お弟子さん達が研磨に失敗して、クズ石になった蛍石のカケラを、もう一度溶かして再利用できないだろうか。
そう考えたのだけれど。
結果は、コークスの炭素が混じった、不純物だらけの蛍石もどきができただけだったのだ。
だから多分、兄さんも。
「いた」
兄さんの他に、サムエルとルッソ。
ルッソは学院生じゃ無いし、そもそもゼンの親方のお弟子さんのはずなんだけれど、最近はなし崩し的にセドリック研究室に参加していた。学費とか、いいんだろうか。たまに疑問に思うけれど、敢えて何も言わない。
それから、一人だけ目立つマルスがいた。ここから見ると先生にしか見えない。
「いた、じゃないわ。どうしたんやコレット」
シリカ反射炉は露天に聳えている。雨の日も多いし、建屋くらい作って欲しいとは思う。
隣の掘立小屋が一応、雨と日差し避けなのだけれど。
「もってきた」
「何をや」
「顕微鏡」
「ゆうてもな、失敗作やし」
やっぱり。
「だから、いい」
裸眼で見ても不純物混じりなのがわかる。ノミとトンカチで薄く割る。ギザギザな断面を研磨した。今日は実験だし、粗削りでもいいかな。
平面っぽくなったところでステージ台に。
「うん」
「それが新型顕微鏡か?」
マルスが尋ねた。こくり、と頷いて場所を代わる。マルスが顕微鏡を覗き込んだ。
「なるほど…全部銀色やな」
「…失敗」
コレットがしょんぼりと俯いた。
「どういうこっちゃ?」
ニコラスも覗き込む。確かに、研磨の跡が山脈みたいに見える以外は銀色である。
「はい」
コレットがステージ台を差し替えた。
ザハリアス工房から拝借した、蛍石のカケラである。
「めっちゃ鮮やかやんけ!」
「…こうなると思った。鉱石なら、顕微鏡で不純物が見れる」
「つまり?」
「むかつく」
「せやな、むかつくな」
そこでニコラスがガックリと肩を落としたのだった。




