↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
220/228

第212話 麻酔手術

 入院場所として用意されたのは、広々とした和室の部屋だった。男女別になっているらしい。布団の上には数人の女子。胸を押さえて俯いているもの。痛々しい包帯を巻いたもの。

 死と生の半ば。

 テオはそう思った。

 食事は質素な粥だった。食べた感じがしないほど、薄いものだったけど。

 夕食後にリョウアンの診察があった。

「うん、食事も取れていますね。では、明朝お声がけします。今日はゆっくりと休んでください」

 布団に横になる。

 羽虫の声が遠くに聞こえた。

 地の果て、アキツで手術を受ける。

 なんだか、不思議な気分だった。医者にかかったなんて、人生でも数回しか無いのにねぇ…。


 翌朝、リョウアンが現れた。

「朝食は抜きです。これを」

 煎じた薬草みたいなものを手渡された。

「これは?」

「麻酔です。お水で一気に」

「あ、ああ…」

 言われるままに飲んだ。

「では、手術室へ」

 手術室にはベッドが置いてあった。なんとなく見慣れたものだ。

「アリアから取り寄せたのです。手術に便利でしたので」

 それこそラベルが持ってきたのだろうか。あいつは今頃テンジクあたりかね。となりゃ、今エドにいるアリア人はあたいだけなんだろうか。不思議な気持ちだね。

 ベッドに横になる。久しぶりだった。アキツではずっと畳に布団だったのだ。

「では、一刻ほど後に」

「ああ」

 それにしても。

 本当に眠る間に終わっちまうんかね。

 そのうちにテオはうとうととして。

 やがて、死んだような深い眠りについた。


◇◇◇


 目覚めた時には、夜になっていた。

 左胸に鈍痛。そして、驚いた。

「ほ、本当に切ってやがる…」

 痛みで麻酔とやらが切れるんじゃないか、などと考えていたのだけれど。

 あたいは本当に、何もかも気づかなかった。

 平らになった左胸に、相変わらず豊かな右胸。不恰好だけど、慣れるしかないね。

 ベッドの脇に、少女が一人。 

 おタツだった。

「よかった、生き返ったんだね」

「生き返った?」

「ああ、手術を終えた後のテオ、顔が真っ青で死んだようだったからさ。待ってなよ、リョウアン先生を呼んでくるからさ」

 パタパタとおタツが姿を消す。それにしても、じわじわと痛むねぇ。どんな風になってるんだい。

 つい、観察したくなったのだけど。

「テオさん、あまり無理に動かさないで。痛みはいずれ引きます」

 リョウアンだった。

「傷は糸で塞いでいるのです」

 余計に見たくなったが、ひとまず我慢する。

「ここからが本番です」

「本番?」

「はい。手術では万全を期しておりますが、半数ほどの人が熱を出します」

「熱」

「はい。酷いと、手術跡が膿みます。膿が酷いと、その毒気に侵され、死にます」

「膿む…」

「ですので、体力を高める薬草を…」


「そういや、聖女様が言ってたな」

「聖女様?」

 リョウアンが首を傾げた。おタツがああ、と頷く。

「アリアの、フランソワっていう偉い人だね」

「そうさ。なんでも、膿ってのは悪い細菌が作り出すらしいね。ペニシリンとかいう薬で治っちまうらしいんだけど」

「ぺにしりん…?」

 リョウアンが固まった。

「どうしたい?」

「そ、その…ぺにしりん、とやらは、膿に効くのですか?」

「らしいよ。顕微鏡でみせてもらったんだよ。なんだかさ、ブドウみたいなちっこいやつが、そのペニシリンを加えると逃げだすっていうか…ああ、絵で描こうか」

「い、いや…でも、手術の後で…」

「右手が空いてるからね。おタツ、紙を押さえてくれないか?」

「いいよ」

 筆を取る。少し描きづらいが、できなくはない。

「こんな感じ…だったかな。丸が三つ合わさったみたいな菌で…聖女様はブドウ球菌とか言ってたっけ。で、ペニシリンが入るとこの丸いのがばらばらになってくんだ」

「こ、これは…う、噂では聞いたことがあります。顕微鏡なる、目に見えぬものを見通す器具があると。あ、アリアにはそれがあるのですか? そ、そして…そのぺにしりん、とやらは膿に効くと…」

「ああ、そうだよ。聖女様が言うんだから間違いないね」

「な、なんと…」

 リョウアンは絶句した。そして、何かを考え出す。

「あのさ」

 おタツが言った。

「まずはテオに、薬じゃないのかい? あたしも手伝おうか?」

「あ、そ、そうでした! とんだ失礼を…で、では、お手伝いいただけますか?」

「うん。何をすればいい?」

「え、ええ。漢方を二つ、調合を…」


◇◇◇


「はい、これで良いかい?」

 調薬室でリョウアンは再び驚いた。おタツが瞬時に三日分の漢方を調合してしまったのだ。

 薬草は人参、甘草、桂皮をはじめ、十種類に及ぶのだ。無論、必要な分量は薬草によって違う。それを瞬時に取り分けて、適量を計算してしまったのだ。それも、暗算で。リョウアンですら、帳面をつけながら仕分けをすると言うのに。

「おタツ殿はどこかで調薬を?」

「調薬は初めてだけどさ、お茶の道具に似てたからね。あとは四則演算をしただけさ」

「そんなに簡単では無いはずですが…」

「さあて、山王さまのご利益かねぇ。算額は昔からやってるからさ。で、これを煎じれば良いのかい?」

「はい、水は杓で二杯、それを半量まで煮詰めます」

「はいよ」

 手慣れた様子でおタツが煎じはじめた。

 やがて、こぽこぽと煮立ってくる。

 リョウアンは別の漢方を石臼ですっていた。


「ねぇ、リョウアン先生」

「どうしました?」

「あたし、アリアに興味があるよ。聖女さまに会ってみたい」

「それを言うなら、私も。ぺにしりんとやら、確かめてみたい。それに、顕微鏡も」

「何か良い手は無いかねぇ。女ってだけで、関所も越えられないんだもんね」

「手は…」

 リョウアンが、石臼の手を止める。

「一つだけ、あるかも知れません。セイシュウ先生のお力が必要ですが…」

「そうかい」

 おタツは、視線を湯に置いたままだった。

「本気の覚悟ですか?」

「そうだねぇ、少なくとも親との縁が切れるだろうねぇ」

 でもさ、とおタツが顔を上げて、リョウアンの瞳をじっ、と見た。

「冗談なら、こんなことは言わないよ。あたしは、アリアに行きたい。あたしの算額が通用するのか、試してみたい。それに」

 ふふ、とおタツが笑った。

「アリアじゃ、あたしは別嬪さんらしいからね」

「わかりました」

 リョウアンが頷いた。

「手を、尽くします」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。