↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
214/228

第206話 エドの美人、世界の美人

 宿としてラベルが紹介してくれたのは、商店が広がるアキツバシという場所から徒歩で一時間ほど離れた、アサクサという場所だった。

「ひゃあ、賑やかだねぇ。こりゃ飽きなそうだ」

「だろ? んじゃオレは商売があるからよ、しばらく外すぜ。三番勝負には戻ってくらぁ」

 ジュザブロー曰く、準備に一週間ほどかかるらしい。

「ああ、ありがとな。あたいも絵描きの魂が震えるってもんだ! ちゃんと準備しておかないとな」

 ラベルが部屋を出ていき、画材を準備。

 そ、と左乳房に手を添える。

 何となく、少し前から違和感があったのだ。

「ま、旅の疲れだろうよ。それよりデッサンだ、デッサン! ここのとこ、海と男ばっか描いてたからな」

 意気揚々と宿を出る。小ぶりながら清掃が行き届いていて、居心地の良い場所であった。アリアの安宿じゃこうはいかないね、と満足しつつ。ふらりふらり。アキツバシは上品そうな夫人に恰幅のいい旦那、それに『サムライ』とかいう騎士階層が羽振りをきかせていたが、こっちは庶民の街、って感じだね。着崩した商売女やら昼間から酒を煽る爺さん、威勢よく駆け足で通り過ぎる職人ら。

 活きてる街だ。


 スケッチブックを取り出して、地べたに座り込んで筆を走らせる。

 すると。

「あんた、南蛮かい?」

 ナンバン、というのはエドで外国人を指す言葉だ、とはラベルから聞いていた。見上げると、まだ幼さが残る、整った顔立ちの女子がいた。

「そうだよ、アリアから来た」

「邪魔なんだよねぇ。店、開けられないだろ」

 振り返る。真後ろで木戸を開けているところだった。

「こいつはすまないね。場所を変えるよ」

「あんた、絵描き?」

「ああ、そうだ」

「なら、座ってきなよ。お茶代いただけりゃ、使っていいからさ」

「そりゃありがたい。ちょいと腰が痛かったんだ」

「そりゃそうだろ。十文だよ」

 十文、って言うと…。ラベルが両替した銅銭を取り出す。

「二枚だよな」

「毎度」

 少女が銭を受け取り、奥に引っ込んだ。長椅子に腰掛ける。しばらくして、少女が緑色の茶を置いた。アリアの茶より鮮烈な爽やかさが鼻腔をくすぐる。テーブルは無いみたいで、少女が置いたのはテオが腰掛ける長椅子の脇だった。団子がひと串。

 そのまま無言でスケッチ。風景ごと街ゆく人をキャンパスに閉じ込める。

 小一時間ほどで下絵が終わった。

「へぇ、いい絵だね」

 少女が覗き込んだ。

「まぁね。おかげで集中できた。また来ていいかい?」

「いいよ、好きにしなよ。あたしはおタツって言うんだ」

「あたいはテオだ。じゃ、また」

 昼飯を挟んで、午後は川べりで。夕方に宿に戻って、行灯で清書。なんとなく気に入ったから、翌日以降もおタツの店に顔を出して、それからアサクサ中をデッサンし続けた。

 そして、三番勝負の当日を迎える。


◇◇◇


「さぁさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 世紀の大勝負が始まるよ! なんと美人絵師同士の絵描き対決だ! これを見逃してエドっ子は名乗れないね! さぁさ、さぁさ!」

 威勢の良い呼び込みが続く。ジュザブローが手配した興行師らである。エド中に広告を打っておいたから、反応はすこぶる良い。

 火事と喧嘩が大好物、見世物興行どんと来い、のエドっ子らが続々と集合したのである。

 舞台はセンソウジ。

 アサクサの一角を占める、広々とした寺院である。秘仏ご開帳に匹敵する人の入りに、坊主らもほくほく顔であった。当然場所代は坊主らの懐に入るわけである。

「みんなよく集まってくれた! この世紀の大一番、今日は映えある初日だ! 早速勝負について説明するぜ。まずは我らが江戸美人画の代表、オウイ!」

 オウイが手を挙げた。歓声。

「おめえの春画には世話になってるぞー!」

 下世話な声には鼻で笑う。


「そして南蛮からの挑戦者だ! 海の反対側、アリアから訪れた自称アリア一の絵描き、テオだ!」

 なんだか面食らうね。

 テオは思った。こんな大衆に囲まれるなんて初めてだ。聖女フランソワさまもこんな気分だったんだろうか。

「誰だー」

「いいケツしてるぞー」

「別嬪だー」

 助平しかいないのかい、アキツってのは。

 思わず呆れた。

「そして審査員は画狂卍の爺さんだ!」

「ほっほー」

 あの爺さん、本当はすごいやつなんじゃ?

 テオが首を傾げた。

「それじゃ、お題を発表するぞ。一番目は…」

 勿体ぶって、卍が間を開けた。

「美人画じゃ!」

 おお、と歓声。

「悪いね、テオ」

 ニヤリ、とオウイが笑った。

「あたしが一番得意なお題だ」

「バカ言っちゃいけねぇよ」

 テオも言い返す。

「あたいは世界で一番、聖女フランソワさまを描いてきたんだ、負けるわけにはいかないね」


◇◇◇


 期限は一週間。モデルの交渉も含めた時間である。期限の五日前に元絵(下書き絵らしい)を蔦屋に渡せば、完成した浮世絵としてセンソウジで発売されるらしい。

 その売れ行きと、画狂卍の総合判断で勝負が決まる、という塩梅だ。

 美人に制限はないが、一つだけ指定が出た。つまり、「実際に見て描く事」である。つまり、テオが描き慣れた聖女フランソワ像は使えないのだ。

 となると、思いつくのは一人しかいない。なにしろ執筆に使えるのはたったの二日だ。

「あたいに描かせてくれねぇかい?」

 茶屋の娘、おタツである。

「あたし?」

 おタツが首を傾げた。

「あんまり、美人じゃ無いと思うけど」

「何言ってるんだい、そのくりくりとした愛らしい瞳、少し日焼けしてるのも健康的でいいじゃ無いか! 自然な髪のウェーブもいいね!」

「テオって、変な人だね。全部器量なしの条件じゃんか。気にしてるのに」

「どういう事だい?」

「きつね目に白粉みたいな白い肌、髪は真っ直ぐ艶やかに。これが美人の条件だよ」

「それはエドの話かい?」

「そうだけど」

「なら安心しな。あたいは世界の話をしているからね。さぁさ、描かせておくれ」

「変な人だねぇ。でも、わかった。どうすればいい?」

「そこに座って…いや、違うなぁ」

「見返りでもしてみるかい?」

「いや、そのままで」

「そのまま?」

「ああ、普通に接客しててくれねぇかい?」

「本当に変な人だねぇ、テオって」


◇◇◇

 

 一方、オウイである。

「また、描かせてもらうよ」

 オウイが訪れたのは浪速屋という。センソウジの二天門脇、馬道通りに面した一角に店を構える茶屋であった。

「嬉しいねぇ、たんと美人に描いておくれよ」

 茶屋には、多くの男性客がいた。誰も彼も、彼女を目当てに訪れたのだ。

 名を、おキタという。

 エド三大美人の一角にして筆頭と言われる美女であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。