第204話 大量殺戮兵器
最初。
何が起きたのか、ムラトにはわからなかった。
戦況は極めて有利であった。
早ければ、本日中に防御陣を突破できるとの報告が来ていたのだ。
カリファス関は突破間近。メソゲイア関も、明日には突破できる。
3ポンド砲の連射という奇想天外な手段で、想定外の被害が出た事は事実だが許容範囲内。
コンスタンは、間違いなく我の手に墜ちる。
そう、確信した時である。
メソゲイア関から、何かが光った。
それはまるで、見たこともない光だった。
次の瞬間に、それは展開していた兵らを瞬時に肉塊と変え、大地に突き刺さった。
直後に。
キィイイイン、という耳鳴りにも似た音が響いた。まるで、音が後から来たような…。
突如、地面が爆発した。
まるで、前触れもなく噴火したように。
フランソワとドロテが埋めたのは、大量のナフサだった。
油圧機を作る上で、どうしても大量のナフサが余ったのだ。それが静電気程度で暴発することは、以前フランソワ自ら経験した通りである。
触れるのも危険、瓶詰めにしても太陽光で自然発火する、日陰に等間隔に置いて、暴発してもいいように人里離れた原野に保管するしかない。完全な厄介者であった。
そのナフサの地雷化を考えたのはドロテだった。
フランソワはそこから、敵砲弾を受けても容易に誤爆しない方法を思考し、そしてコンスタン側だけが持つ起爆方式を検討したのである。
だから、彼女も正確には理解しきれていなかった。
自らが、地獄の蓋を開いた事に。
風が、陸風に変わる。
すなわち、炎がビザン帝国軍側に吹き続けるということだ。
ナフサ地雷は一つが爆発すると、連鎖的に反応するように、互いに近距離かつ等距離に置いていた。
真上にいたビザン兵が、跡形もなく消し飛んだ。
少し離れた場所にいたビザン兵は、瞬時に炎に包まれ、のたうちまわりながら力尽きた。
遠くにいたビザン兵は、その暴風に吹き飛んできた木片にその腹を食い破られた。
そして、ムラトは。
奇跡的に、爆風を避ける位置にいた。
否。護衛の近衛らが犠牲になったのだ。
目の前で、近衛らがマッチ棒のように燃えていた。
まるで、自分の周りだけ時が止まったかのように、ムラトは感じた。
「お逃げくだされ!」
老将が叫んだ。
その声で、我に返る。
「う、うむ!」
野営の準備中であった事が不幸だった。
テントというテントに着火し、見渡す限りが業火に包まれている。
「海だ、海に退避せよ!」
僅かに生き残った供を連れ、ただ駆ける。船からは小舟が救援を寄越していた。それに飛び乗り、海岸を離れる。
「な、なんという…なんということだ!」
陸は、どこもかしこも全て、火に包まれていた。
「こ、これは魔法なのか…或いは、悪魔の所業なのか…」
う、と腹の底がひっくり返るような感覚を覚えた。
吐いた。
胃の中のものを、全部吐いた。
じわじわと、恐怖が心を冷やす。
全滅だ。
全滅した。
我が兵らを全て失った!
「おおおおおおおおお!」
天に慟哭し、ムラトが叫んだ。
「なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ!」
なぜだ!!!!!
◇◇◇
これは。
火、なのかしら。
私は呆然と、その景色を眺めることしかできなかったわ。
ただ、火だけが燃え盛っているの。
他には、何も見えないわ。
ただ、一面の、火、火、火。
ついさっきまで果敢に攻め寄せていたビザン帝国兵らも、誰も彼も呆然として…。
からん、からん、と武器を落とす音が響いたの。
腰を抜かす人。
膝をついて、唖然とする人。
知り合いなのか…家族なのか。炎に向けて叫ぶ人。
これは、火なの?
それとも、人が手を出してはいけないものだったの?
私は…禁忌に触れてしまったの?
科学の発展に…。
こんな犠牲が、本当に必要だったの?
◇◇◇
なんでだ。
シオンは思った。
ここまで、悲鳴と絶叫が聞こえてくるようだった。
昼間よりも明るい炎に照らされて。
シオンはつい、口元を緩めていた。
違う。
こんなの、楽しくなんかない。
ないのに…。
どうして俺は、この地獄を。
楽しい、と思っているんだ…。
第九部へ続く




