第201話 決戦前夜
アテネア要塞、第一防衛陣。
海風が吹いて、私のブロンドの髪をハタハタと揺らしたわ。アテネアの東側にある海岸よ。東に海、そこから砂浜が広がって、だだっ広い平地。本当は幾つかの農村と漁村があるのだけれど、今は全員王都へ避難してもらっているの。
その先にはアテネアへと続く道があるわ。砂浜から見上げると扇状の丘陵になっていてね。そこに防衛陣を築いたのよ。ぐるりと、海岸から上陸してくるビザン兵を取り囲むようにね。
私は今、丘陵の下にいるわ。
最後の仕掛けを構築しているの。
所々に、サツマイモを掘り起こした跡があるの。これを再利用するのよ。
「ねぇ、ドロテ」
兵士らが木箱に入ったそれを慎重に下ろして、土を被せたわ。なにしろ、超が付く危険物だからね。掘り立てのおかげで土が柔らかいみたい。作業は順調だわ。
「本当に、使うの?」
指揮をしていたドロテが顔を上げたわ。
彼女のお腹、もうすっかり大きくなっていて。
誰が見ても妊婦さん、ってわかるくらいに。
「ええ、フランソワ先輩。使えるものはなんでも使わないと」
「そうだけど…」
コレは、あまりにも危険すぎるわ。
何が起こるのか、想像もできない。
それにね。
「使える時間も限られるわ。少なくとも、日中は使えない」
昼間は海から陸に向かって風が吹くの。つまり、この兵器が味方に牙を向く可能性があるわけ。
「分かっています。使えるのは夕刻、ですよね」
「そうよ。じゃないと、味方に被害が出る可能性があるから。それまで…」
埋めた土をトントンと蹴ってみる。大丈夫そう。今のところは、だけれど。
「途中で暴発するかも。ビザンの流れ弾とか」
「その時はその時、ですよ」
ドロテも視線を大地に落としたわ。
「フランソワ先輩の指示通り、統一木箱に五本ずつ、羊毛で包んで緩衝材にしました。それに厚い鉄板で補強しています。起爆まで、きっと保ってくれます」
「そう…だよね」
どうしてだろう。
私、なんだか落ち着かない。
なんだか、もう…。
戦いが、戦いじゃなくなる予感がするの。
◇◇◇
「よ、よぉ…フランソワ。ま、間に合った…」
翌日、へろへろになったシオンが到着したわ。
「おつかれさま」
水に濡らしたタオルを渡してあげる。顔とか腕を拭いて…。タオルが一瞬で埃だらけになったわね。お気に入りのやつなんだけど…。仕方ないか。
ドロテは王宮に戻ったわ。例の木箱を埋めたら彼女の仕事は終わり。あとは王宮、つまり最終防衛ラインで督戦してもらうことになるの。なにしろ大事な世継ぎを孕んでいる身だからね。
シオンとフロリーナより早く到着したフェンリル・ベルク兵は既に防衛準備に入ったわ。セシルお兄様の定時報告によると、今日の夜にはビザン帝国軍が到達するみたい。
今は平和で、11月の凪に包まれた、ただキラキラと輝く平和そのものの海なのだけれど。
反対側、王都側を振り返る。
縦横無尽に敷かれたレール。そして、無数の油圧機。更に数えきれないほどの三ポンド砲。豆大砲でも、これだけの数があれば壮観だわ。
「シオン」
ぶる、と思わず震えたの。
「手、握ってもらえない?」
「ああ」
そう言って、優しく手を取ってくれたの。
相変わらず、優しくて、温かい。
「怖い…のかしら」
「そりゃ、大軍だしな」
「そうじゃなくて…ううん、それもあるけれど」
でも、まだ結果はわからないわ。
「守ってくれるよね、シオン」
シオンが優しく笑ったわ。
「当然」
◇◇◇
夕方になると、レールを登るトロッコが現れたわ。アレクセイとカメンスキー伯爵、それに護衛の近衛兵らよ。最終軍議が終わったのね。
油圧クレーンよ。第一要塞は丘陵の上にあるからね。レールだけは更に先、15キロほど離れた第二要塞まで繋がっているの。レールにさえ乗せてしまえば、3ポンド砲程度なら一晩で撤退させることができるから。
その第二要塞には、1000人ほどの駐屯兵がいるわ。
王宮に残した1000と、第二要塞の1000、そしてカバラを守る4000を除いた総兵力、フェンリル・ベルク兵を入れて5000の兵が第一防衛陣に配備されているの。
「ドロテと一緒じゃなくていいの?」
トロッコを降りたアレクセイに尋ねると、ふん、と鼻を鳴らしたわ。
「世継ぎは心配していない。ドロテがいるからな」
「そっか」
続いて、ケルナー先生。マルゴも一緒よ。
「怪我人は第二防衛陣で治療に入る。トロッコで回してくれ」
そう言い残して、トロッコへ。すぐに夕闇に紛れてしまったわ。負傷者は同じくトロッコに乗せて、レールで一気に輸送するの。一台でも30人以上運べる計算よ。
エラリーはドロテと一緒に王宮にいるわ。ドロテのサポートね。
やがて。
海上に、ポツポツと灯りが灯り出したわ。
「来た…」
灯りの数がどんどん増えていく。
海の闇を覆い尽くすように、真っ赤に染まる。
ビザン帝国軍、35000名の大軍が現れたわ。
「敵ビザン帝国軍は夜明けとともに上陸を開始すると思われる」
アレクセイの演説よ。私はいつもの戦闘スタイルにしたわ。胸当てと鉄板入りの羽根つきキャスケット帽、それにレイピアよ。隣にはシオン。一応、私の護衛だから。
「夜明けまでは各自ゆっくりと休むと良い。明日は夕刻まで耐え、その後必殺兵器にて敵を殲滅する。諸君らの力戦奮闘を期待する。以上」
おう、と反応。こっちは消灯しているから、月明かりで薄ぼんやりとしか見えないわ。
ちゃんとした寝室の用意がある訳でもないから、ほとんどの兵士は毛布一枚だけを被って雑魚寝。私はシオンを布団代わりに寄り添ったの。温かかったわ。
そして、薄明。
デーデーポッポー、って、鳩の鳴き声で目が覚めたの。
朝の清涼な空気を思い切り吸い込む。これにコーヒーでもあれば、きっと最高の目覚めなのだろうけれど。
「総員戦闘配備!」
鐘と銅鑼が鳴り響いたわ。飛び起きて、シオンと二人で城壁へ。ビザン帝国軍が次々と小舟を下ろしていたわ。
ぎゅ、と拳を握る。
「大勢でお越しですわ」
フロリーナが言ったわ。
「しっかり、おもてなしをして差し上げないと」
「そうね」
生き残らないと。私。
レイピアの柄を、しっかりと握ったの。




