第198話 ビザン帝国鉄道計画
「風車はわかるんだが…。その、水車の方はどうするんだ?」
ラルフさんよ。工房、実は拡張したの。生産が追いつかなくって。今は五つくらいの工房がフル回転してるわ。リベラライトは相変わらず売れ続けているし、今年の夏はアイスクリームメーカーが爆発的に売れたのよね。
「イメージですけど」
イラストを見せたわ。管で長方形を作って、長辺の一つに魔石を置くの。ここから一方に水が噴き出す仕組みね。管を縦にする事で重力の落下も使えるわけ。落下部に水車を置いて回転。歯車を何個か噛ませて、大動輪を動かすイメージなの。水車を抜けると循環して、魔石に戻るとまた水流が発生する、という具合なの。管いっぱいに水を入れて、循環するようにしたのよ。
「なるほど…なんていうんだ、この機構」
「内水機関…かしら?」
燃やしている訳じゃないしね。
「ちょいやってみるか。接合部からの水漏れが懸念だな…それから錫メッキに…牛皮を噛ませてみるか…もしくはねじ切りで密閉するか…」
「どのくらいでできそう?」
「そうだな…三日くれ」
「ありがとう、ラルフさん。また来るわ」
「あ、それからよ」
「どうしたの?」
「リベラコンロの製造が追いついてねぇ。魔石が不足してやがる。ニコラのおっさんがフィヨルドに持っていくんだと」
「そう、困ったわ…デニスも手一杯なのよ」
「それこそ皇太子サマにツテはないのか?」
「スレイムも手一杯で…人が足りないみたい」
「やれやれ、イスティンブルには何十万と人がいるんだが…」
「簡単じゃないわ。特に魔導士は」
「工房は教育次第でどうにかなるんだがな。魔導士不足は間違いねぇな」
「優秀な人なら尚更ね。ダメ元でスレイムに相談してみるわ」
◇◇◇
その足でユルドゥス宮へ。
正確には住んでいるのだけどね。結婚前の同棲、と言えば聞こえは良いのかもしれないけれど。
ちなみに結婚式は来年の新春祭を予定していたわ。一年くらいは準備に時間がかかっちゃって。他にも色々、やる事は沢山あるのだけど。
「ただいま。あら、久しぶりね、ユンバス」
「これはリベラトリクス様、おひさしゅうございます」
他にもパシャもいたわ。
「大事な話だった?」
「いや、折角だ、聞いていくといい」
スレイムに誘われて、隣に腰を下ろす。ホントは少しいちゃつきたかったのだけど…仕方ないわね。
「コンスタン侵攻ですが…」
ユンバスが口を開いたわ。
「ムラト王子殿下の? 街の噂じゃ勝利間違いなし、と聞いているけれど」
「それが…どうも敗北濃厚のようです」
「え?」
思わずスレイムの顔を見る。ああ、と深刻な表情だったわ。
「どうも事実らしい…。戦況はいまいち分からぬが」
「伝書鳩の速報ゆえ、詳細は想像となりますが」
パシャさんよ。
「カバラ関のコンスタン兵が頑強な抵抗を続け、ムラト王子は遂に破れなかったとの事。敵将はヨハン元辺境伯と」
「ヨハン元辺境伯?」
「あのガストーネ殿に匹敵する、フィヨルド王国の柱だ」
スレイムが補足してくれたわ。
「ガストーネ閣下って…ジギスムント様以上という勇者よね?」
「その通りです」
ユンバスが頷いて、補足してくれたわ。
「こと防衛戦において、ヨハンはガストーネ殿も凌駕するとの噂です。たとえ10倍の兵力差としても、ムラト王子殿下には荷が重いかと」
「更に悪い知らせが、先ほど届きました」
パシャさんが重々しく告げたわ。
「ムラト王子殿下の右腕、ダリアン将軍が戦死されたと」
「うそ」
ダリアン将軍の名は私でも知っているわ。ラウール侯爵と匹敵するのは彼くらいじゃないかしら?
「どうして?」
「水攻めのようですが…ただの水攻めでダリアン将軍が戦死されるとは思えませぬ。何かがあったのかと」
「やはり、見なければわからぬか」
スレイムが言ったわ。
「ユンバス、すまぬが」
「御意に。コンスタンを徹底的に調べ上げて参ります」
ユンバスが場を辞したわ。続けて、パシャさんも。気を遣わせちゃったかしら。
「でも、信じられないわ。コンスタンと言えば、グレキア以下の小国と聞いていたのに」
「で、あるな」
スレイムがコーヒーを一口。私も相伴させてもらったわ。
「コンスタンはアリアと国交を開始して以来、その国力をめきめきと増しているようだ。早めに対処したいが…」
「例の…フランソワ、って聖女?」
ここのところ目立った動きは無いみたいなのだけれど、気にはしているのよ。魔法も使わずに次々と革新的な実績を積み上げているみたいだから。
私は転生者だと思っているけれど、いつか会う機会があるのかしら?
「最近は話を聞かないが…可能性は」
「そうよね。ひとまず、頼まれたものは試作品が出来そうよ」
「鉄道か」
「ええ。レールの方は順調?」
いま、旧国境の街エディルネとグレア(グレキア旧王都)間で鉄道計画を進めているの。イスティンブルは反対が多くてね、スレイムの権限が届くところから着工したのよ。
「カシムがぼやいていたけどな。監督する余裕も無いと」
「ラザール先生も大忙しみたい。人が足りないわ。うちの工房も魔導士が足りなくて」
「ムラト派から何人か、転向者はいるが…。よりにもよってダリアン殿が戦死するとは。武官が足りぬと言うのに…」
スレイムが盛大にため息。続けて。
「何かいい方法はないか?」
「あとは…教育するしか」
「教育か」
「少なくとも読み書きくらい。アリアの発展は識字率と関係していると思うのだけど」
ふむ、とスレイムが頷いたわ。
「検討する余地があるな。王立アカデミアに相談してみるか」
「ええ、それがいいわ。それに、優秀なら平民からでも登用すべきよ。ニーナだってラルフさんだって、平民出身だし」
そっ、と寄り添う。
「頑張ろうね、スレイム」
「ああ…いい国にしよう」
優しく、肩を抱いてくれたわ。




