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第197話 クアイズ撤退

 翌朝、フリスポリ。

 フリスポリにはメスタという急流が流れている。

 

 4万近い兵を駐屯させ、ムラト王子はダリアンの吉報を今か今かと待ち構えていたのだ。

 それにしても、傭兵団の情けないことよ。たかだか数千の敵兵を殲滅することすらできないとは。これでは無駄金もいいところ…。高い金を払う以上、相当の戦果を引っ提げるべきでは無いか。やはり、傭兵制度などは我の代で廃止すべきである。

 そう、考えていた時である。

 天幕の外で、兵士らが騒いでいることに気がついた。

 尋常ではない騒ぎである。

「何事だ、騒がしい」

 あまりの喧騒に自ら天幕を出て、騒ぎ声の方へと向かったのだ。

「む、ムラト王子殿下!」

 士官がぶるぶると震える指先を、メスタ川の河原に向けた。

 そこには。

 数え切れないほどの、ビザン帝国兵の遺体が打ち上がっていた。

「ど、どういう事だ!」

 兵らをかき分け、河原へと赴く。

 数え切れぬほどの遺体。

 途切れる事なく、上流から流れてくる。

「さ、昨晩大水があり…」

 士官が震えながら告げた。

「お、おそらく…敵の水攻めかと…」

「な、なんだと!」

 メスタ川は北部より流れている。

 確認するまでも無い。

 ダリアン軍である。遺体は益々増えていった。

 一体の遺骸が、まるで導かれるように、呆然と立ち尽くすムラトへと近づき、そして、恨むような瞳でムラトを見上げた。

「ひっ…う、うげっ…うっぷ…」

 ムラトが唐突に吐いた。

 頭が真っ白で、何も考えられなかった。

 ただ嫌悪感なのか、恐怖なのか、わからぬままにムラトはうずくまった。

「お、おお」

 もはや、叫ぶ他なかった。

「おおおおおおお!」

 その遺骸こそ、変わり果てたダリアンの姿だった。



◇◇◇


「なんだと…」

 部下より第一報を受けたクアイズは流石に絶句した。

「へぇ、間違いねぇ。あれはダリアンの旦那だ。コンスタンの野郎にやられたみてぇだ」

「王子サマは、どうしてんだ。弔い合戦ってか?」

「いや、寝込んでるってよ」

「タマ付いてんのか?」

「ついてねぇんじゃね?」

 とはいえ、幸運でもある。これでヤケになっての弔い合戦となればこちらも都合が悪い。正直に言って、気合いでどうにかなる相手では無いのだ。


 カバラ関とは睨み合いが続いていた。悪口を言い合う程度である。気になるといえば、相手さんが散々に落としてきた糞尿残飯の悪臭が耐え切れなくなりつつある程度であった。たまに風魔法と水魔法が飛んでくるのは臭い消しと洗い流しが目的…らしい。(あまり効果はないが)

 それはともかく。

「潮時だな」

「ええ、俺らまだ略奪の一つもしてねぇぜ?」

「バカやろ、ダリアンの旦那まで失って、この軍が保つかよ。散々女遊びができただろ」

「若ぇのくれよ、ババァばっかでさ」

「文句言うな。良いから撤退だ。全軍でフリスポリへ。清算だ。文句言われたら意気消沈の王子サマを殺して逃げるだけよ。ペルシアあたりなら高く買ってくれるんじゃねぇか?」

「ちげぇねぇ、ホントにタマついてるのか確かめてやろうぜ」

 かかか、と部下がいやらしく笑った。

 傭兵団の撤退が始まった。

 無論、クアイズにも計算がある。

 ヨハンという名将、寡兵で追撃するほど軽い相手じゃない。

 そう判断したのだった。

 そして、事態は予想より遥かに悪化していた。

 わずか一晩で頬がげっそりとこけたムラトは、クアイズらを見るなり、勝手にせよ、とあっさりと撤退と精算を認めたのである。




◇◇◇


 10月上旬。

 ビザン帝国、リベラ工房。


「んー。上手くいかないわ…」

 聖女リベラことリベラトリクスが背もたれに身を投げ出した。

「リベラ様、少しご休憩されては」

 ニーナがお茶を用意してくれる。そうね、と手を止めたわ。

 ここの所数ヶ月、ずーっと悩んでいるのよね。

 グレキア併合、それにスレイムとの婚約発表と立て続けにイベントがあって、さらにビザン帝国の成立とスレイムの立太子があって。

 その後はグレキアにとんぼ返り。グレア河の浄化を再開して、下水道計画を立案したわ。下水道自体は古代からあるのだけど、老朽化に市街地の拡大と、完全にキャパオーバーしていたの。

 コレラについては詳しくないけど、ふらりと訪れた旅のお医者様、ケルナー先生が『発生源は汚物』ということを特定して頂いたの。なので浄水槽を設置して、魔石を沈めて徹底的に浄化してから河に戻すシステムを作ったのよ。


 これだけで半年が飛んだわ。今度イスティンブルでも導入する予定なのだけど、その前にね。

「陸上輸送の効率化ができないか?」

 ってスレイムに言われて。

 なら電車よね、と思って研究しているのだけど…。

「電磁コイルだと上手く回転しないわ」

 鉄芯に銅線を巻くだけじゃん、って小学生の(しかも記憶のうすーい)知識で対応したのが間違いだったわ。

 磁石にはなるの、磁石には。

 雷魔石と銅線で作ったコイルでね。でも、当たり前だけど生銅線だと感電漏電するのよ。火事になりかけたし。考えてみればゴムっぽい何かで電線って覆われてるものね。あいにくゴムが無いのだけど。

 他に代用品は、って試してみたわ。革とかシルクとか蜜蝋とか。でもねぇ。

「漏電を防ぎきれないし」

 ちなみにここ三ヶ月で10回は小火があったわ。私が五大属性持ちで良かった。水なり土魔法で覆うなりで、大事には至らなかったから。

「いっそ発想を変えてみませんか?」

 ニーナが言ったわ。

「というと?」

「ともかく回転させれば良いんですよね。なら、風車とか水車の原理を使えないかなぁと」

「なるほど?」

 回転させて、歯車を噛ませれば回転方向は自由自在に変えられるわね。この辺の理屈やギミックは私じゃなくて、マスルーク工房のラルフさんの方が適任だけど。

「ひとまず、作ってみましょうか」

 そうよね、そもそも電車…電気にこだわる必要は無かったのよね。文系女子にはこの辺が限界だわ…。

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