第194話 難攻不落
三日後、9月26日。
ビザン帝国、カバラ攻撃軍。
おかしい。
傭兵団を率いるクアイズは、流石に不審を覚え始めていた。
当初の読みとは異なり、カバラの防衛は衰えるどころか益々盛んとなっていたのである。関門にいるのは二千と少しのはず。防衛軍は有利と言われるが、それは物資と兵力が豊富な時に限るのだ。みるみる倉庫が空になっていく恐怖、そして尽きることのない敵の攻撃。徐々に散発的になる反撃。そして最後には心が折れ、士気が崩れる。
これが防衛戦である。彼我の戦力差が少なければ、或いは援軍を期待できる状況であれば我武者羅な抵抗も理解ができるのだが、当然そんな状況ではないだろう。
むしろ、奴らはどうも『物資の心配』をしていない様に見えてならない。
第一、12ポンド砲が鳴りやまない。製造に時間と手間のかかる砲弾類は真っ先に尽きるはずなのだが…。
「補給があるんだろうが…にしても」
それにしても、贅沢な使い方である。糞尿の類は確かに嫌がらせとして一級品であるし、疫病を引き起こすものだから、攻撃に使いたい気持ちは理解できる。できるが。
通常、肥溜めというのは下部にあるのだ。それに、ガラス瓶や残飯、骨類の類まで飛んでくる。これも通常は下部にあるものだ。わざわざ戦闘中の関の上で調理する必然性はないのだから。
ならば、どのようにその重量物を関の上に持ち上げているというのか。
「バケツリレーでもしてやがるのか?」
考えても分からない。だが、そろそろ次の手が必要だ。死者は三千を超えた。損害が一割を超えると士気の維持に関わる。
さて、どうしたもんか。
カバラ関を迂回するのが手っ取り早い。カバラ関に向かって左手は鬱蒼とした小山、右手は木々が点在し、見通しは良さそうだが果ての見えない山地が広がっている。
「兵を出す他ないか…」
ダリアンには報告しておくか。軍規違反など言われたら目も当てられない。
◇◇◇
「ヨハン閣下! 追加物資です!」
「うむ、早速落とせ!」
「は、火薬類も補充いたします!」
「仔細任せる、一歩も近づけるでないぞ!」
一方、カバラ関である。
ヨハン旗下の1000名の士気は益々盛んであった。
そう、2500ではなく1000である。残りの1500名は別行動を行っていた。更に2500名は別の場所に配備している。
がこん、と積み荷が引き上げられた。
物資の補充は潤沢である。何しろ、油圧クレーンが三基も稼働しているのだ。
「ふふ、これがフランソワの理よ。ビザンには想像もできまいて」
当然、ヨハンは知っている。
防衛戦は物資が尽きた瞬間に難攻不落の要塞も無用の長物と化すことを。
そして、仮に物資があったとしても、小兵力では輸送が行き届かず、戦線が崩壊することを。そのアリの一穴が全ての決壊に繋がることを。
だが、油圧クレーンのお陰で留まることなく物資が運ばれてくる。なんなら少し余るくらいであった。
戦闘糧食、武器、弾薬、それから落とせるものなんでも(糞尿類や残飯類も)、とにかく上に上にと瞬時に引き上げられるのだ。力の弱い文官はもちろん、女子でも十分に活躍できるのだ。(流石に女子はいなかったが)
無論、カバラの街からの補給も潤沢である。留まることなく馬車が訪れるのだ。ありったけの武器弾薬と食料品を乗せた輜重隊である。改めて述べるが、カバラは海に面した港町である。アリア第四艦隊が本国から順次輸送をしているのだ。その輸送も、油圧クレーンのお陰で瞬時に陸揚げが可能。
人力時代と比較して、およそ2倍の速度で輸送が完結するのである。
だが、ヨハンも当然気付いている。
そろそろ、ビザンが別の動きを取るだろう、という事に。
「伝令!」
「はっ!」
「ガストンとユルゲンに伝えよ。待たせたな、と」
「承知いたしました!」
◇◇◇
ユルゲンはフェンリル・ベルク氷結重装歩兵団の副官である。
カバラ関にて陣頭指揮を執るヨハンの代わりに、北部山地のある場所に陣を構築していたのだ。
「シオンよ」
「はい」
「そろそろ、敵さんが動き出す頃だ。数千くらいは来るかな」
「わかりました」
「怖くないか?」
「ガストーネ軍の方が、よっぽど」
かか、とユルゲンが笑った。
「違いない。我がフィヨルドの精兵に比べたら」
ユルゲンが眼下を眺めた。
「ビザンの傭兵程度、赤子のようなものよな」
翌日、9月27日。
ビザン傭兵団が、山越えを開始した。
◇◇◇
同じく、9月27日。
南部の小山にて。
「てめぇら、死にたくなきゃさっさと帰るんだな!」
ガストンの大剣が振り下ろされた。薄暗い森の中をおっかなびっくり登っていた傭兵団の一人が頭蓋から血しぶきをあげる。そして。
「おおおおおお!」
コンスタン山岳兵らが、まるで猿のようにビザン傭兵団に襲い掛かった。数は500程度であるが、森と山を知り尽くした彼らに容赦はない。一気に混乱し、パニックに陥った傭兵団は我先へと逃げ出した。
だが。
「山ってのはよ」
ガストンが背後から突き下ろす。
「がけ地ってのがあるんだよ」
小山の標高はたかだか100メートルと少しである。その山でも、急斜面は存在する。
傭兵団の一人が、足を踏み外した。
「ああああああ!」
悲鳴を上げて滑落し、ぐしゃ、と首を折ってぴくりとも動かなくなる。
その様子が、上部で滑落を逃れた傭兵団からは良く見えたのだ。
「て、撤退、撤退!」
「待ちやがれ、逃がすと思うか!」
ガストンらが追うに追う。鮮血と悲鳴、そして滑落者が相次いだ…。
同じく、北部山地でも。
「こんな山には大砲は持ってこれぬ! そして傭兵団らは魔法が使えぬはずだ! 全員抜刀!」
ユルゲンの指示で、フェンリルベルク氷結重装歩兵団がフルアーマーで迎え撃つ。
ところでご記憶があるだろうか。
つい先日、フランソワの油圧式クレーン試作機第2号を『パワー』の一言で粉砕した(ついでにフランソワが油まみれになった)、ジャンという男を。
彼は特段に力に優れた男ではない。
一般兵である。
ただし、フェンリル・ベルク氷結重装歩兵団の中では、という註釈が入るが。
「パワー!」
二千はいるだろう傭兵団の攻撃を、大楯と全身のアーマーで受け止め、突き落とす。
あのガストーネ率いる黒鋼疾風騎士団ですら破れぬ氷結重装歩兵団である。
軽装備の傭兵団では、当然ながら抵抗する術も無かったのだ。
さらに。
「はっ!」
シオンが魔法を唱えた。
改めて述べるが、シオンの魔法特性は『デリート』である。
やろうと思えば傭兵団を瞬時に『消し去る』こともできる。できるが、彼はいつも手加減をしていた。
虐殺は、戦いじゃないから。
だから、彼は空気を消す。
敵軍の空気を消滅させ、酸欠に追い込み、気絶させる。
それがシオンの得意魔法だった。
「が、っ…」
のど元を押さえて苦しむ敵兵らを、氷結重装歩兵団がさらに押す。
「て、撤退…!」
武器を放り出して、傭兵団らは這う這うの体で逃げ出したのであった。




