第191話 侵攻間近
8月上旬
コンスタン王国、アテネア王宮。
「久しぶり、ベアトリス。元気にしてた?」
ベアトリスを迎えたのはフランソワだった。
「絶好調よ。それから、今は結婚してベアトリス・ラッセルになったわ」
「そうなんだ、おめでとう! なら、ラッセル卿夫人の方がいい?」
「まさか。今まで通りベアトリス、と呼んで頂戴」
「わかった。お兄様もお久しぶり。今日はヨナスさんも同席するのね」
「ああ。コンスタンは鉱物が大量に産出するのだろう? これまで機会が無かったが、この機会に、と思ってね」
ヨナスの本業は海洋・地質研究員よ。
「ヨナスさんの知見には恐れ入ったわ。ニコラスが合金を探していたから、ヒントになるんじゃ無いかと思って」
「合金?」
「素材を均一にしたいんだって。純鉄を作りたいらしいのだけれど」
「ああ、なるほど。それで石油を使うのね? 石炭では出しきれない超高温を目指す…ってところかしら?」
「よくわかったわね」
「そりゃね、ニコラスとも付き合いが長いし。ともかく、話はアレクセイを交えてしましょ。色々準備が足りなくて」
アレクセイの指定は謁見の間ではなく、少し広めの研究室だったわ。
アレクセイ、ドロテに加えて、ヨハンさんとカメンスキー将軍、それにタレーラン外務卿が同席するから、いつもの応接室では足りなくて。
ちなみにアレクセイは式典でもない限り謁見の間、要するにレセプション・ホールを使わないの。あっちは広すぎて、会談には使いづらいのよね。
「アレクセイ、敬称は略していいな」
セシルお兄様よ。アレクセイはどうもシャルロイド公爵家を配下だと思っている節があるわよね。アンナ経由とはいえローランお兄様まで投入したし。考えてみれば変な話。シャルロイドの兄妹がアテネアに全員集合しているわ。
「当然だ。依頼した件は?」
「3ポンド砲については問題ない。100門程度提供できそうだ。軍は出せないが、別に義勇兵を提供する。こちらが」
「フィヨルドのガストンだ、よろしく。俺も敬語が苦手でね」
「構わぬ。ヨハン卿から話は聞いている」
ふふ、とヨハンさんが笑みを漏らしたわ。大剣を振り回して敵を薙ぎ倒していくガストンさんは大きな戦力になるわ。
「義勇兵はフェンリルベルク兵を中心に500名。セシルの船には取り急ぎ100を連れてきた。足りるか?」
「充分だ、ガストン」
ヨハンが言った。
「準備でき次第、北部戦線へ向かえ。ゲリラ戦だ、得意であろう?」
「山岳地帯だってな。俺は森林戦の方が得意だが、いいぜ。クリストフより向いてるだろ」
クリストフは騎士であり、歩兵戦闘も可能だが専門は馬上での槍術である。歩兵で大剣を得意とするガストンが任命されたのはそれが理由であった。
「ありがとうございます、ガストン大佐。食料はまもなく、大量にお届けできる予定です。北部の村々にサツマイモの大増産を指示していますので」
ドロテよ。アンナとローラン兄様が真っ先に向かったの。そろそろ収穫できる時期ね。
「サツマイモか、ありがたい。俺もアンナに言われて散々作ったからな。あと、エドワルドの王様の厳命でアンナを早く避難させろと」
「承知している」
アレクセイが頷いた。
「あと、ローランは置いてきていいそうだ」
「お、いいなそれ。兄貴でも多少は戦力になるんじゃないか?」
セシルお兄様がからからと笑ったわ。
「ま、冗談はさておきアンナとローラン、そしてここにいるベアトリスと、帰国希望者がいればノイエ・エーテル号に乗せて帰国する。仮に海が包囲されたとしても俺の無抵抗航行なら突破可能だ。開戦は秋頃と聞いたが」
「来月にも侵攻が始まると見ております」
タレーラン外務卿よ。
「間諜の報告によると、北部国境での演習が本格化しているとのこと。既に住民の避難勧告を発令しております。一方で、現時点では船舶の用意は無いとのこと」
「王都襲撃は無いか?」
アレクセイが問うたわ。おそらく、とカメンスキー将軍が回答。
「初期侵攻では無いと思われます。ですが、ヨハン辺境伯の遅滞戦術に業を煮やすことは間違いありません。いずれは王都侵攻を決意するものと」
「それまでに、陣を構築する必要がありますね」
ドロテが頷く。
「工事は概ね目処がつきました。今は手持ちの砲で試験中です。アリアからの支援はいつ?」
「そろそろ貴族院の承認が下りるはずだ。そのあと第四艦隊が輸送任務に就く。フィヨルド義勇兵の後発隊400の方が先に到着する見込みだ」
「その400が到達後、すぐに北部戦線へ発とう。開戦までには間に合うはずだ」
と、ヨハンさん。
「アリア海軍はどのような動きを?」
続いて、カメンスキー将軍が尋ねたわ。
「第四艦隊の全艦隊が哨戒偵察任務に就く。と言っても、フリゲート10隻だが。旗艦のノーブル・ラプソディが再来週寄港予定だ。詳細はその時に」
「承知した、セシル殿」
◇◇◇
8月中旬に台風が一つ来て工事が中断してしまったのだけれど、懸念していた土砂の流出もなく、被害は極めて軽微だったわ。いくつか洪水と浸水があったみたいだけれど、アスファルトは予想以上の頑丈さで!
ヨハンさんは台風が過ぎた後に、フィヨルド王国軍の後続部隊とシオン、それにフロリーナを連れて北部戦線へ向かったの。
9月上旬にアリアからの支援物資、3ポンド砲や食料が届いたわ。
そして、アンナとローラン兄さまが戻って来たの。
「たーくさん、収穫できました!」
北部ではサツマイモの大豊作だったみたい。兵士たちも参加して焼き芋大会をしたんですって。楽しそう。
「これで来年まで糧食は足りるはずだ」
と、お兄さま。
「瓶詰めも缶詰もあるしね」
これはアリアからの輸入品と支援物資よ。一年は余裕で戦えそうね。
「ビザンにしたら、計算違いも良いところです。ふふ」
ドロテが楽しそうね。確かに悪手だったわ。コンスタンがビザンの庇護無しで成立する事が証明されたんだもの。
それから、ベアトリスさんも。
「戦後にまた来るわ。それまで頑張って」
「ええ、ありがとう。ニコラスとマルタにも宜しくね」
「伝えとくわ」
「このあとはしばらくアリア?」
私がそう尋ねるといいえ、と首を横に振ったわ。
「新大陸に行く予定よ。ヨナスさんを連れてね。新素材を探しに行くの!」
ベアトリスさんがそこで目を輝かせたわ。
そして、9月2日。
ノイエ・エーテル号が最後の避難者を乗せて出港したわ。なのだけど。
「戻らなくて良かったの?」
エラリーよ。彼女、戦闘訓練を受けている訳じゃないし、私と違って国外追放処分されているわけでもないから、いつでも帰国できるのだけど…。
「帰らないよ。だってダサいじゃん。『先生』が生徒を置いて逃げるとかさ」
そっか。
エラリーも大人になったんだなぁと、その時は思ってました。
数日後。
ノーブル・ラプソディ号が寄港したのだけど。
「ギリアムせんぱーい!」
そ、ギリアム先輩。ノーブル・ラプソディ号に配属になったらしいわ。
「はは、エラリー。元気そうだね」
「全然元気じゃない! 先輩が全然足りないもん!」
…別の意味でエラリーは大人になっていたわ。
運命の日、9月10日。
ビザン帝国軍、国境を越える。




