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第187話 アテネアの大工事

 7月中旬。

 アテネア港。

「にいさま、なんだかすごい機械があります!」

 まさかこの短期間に二回もコンスタンに来ることになるとは。ローランにすれば感慨深い。どうもコンスタンとは浅からぬ縁がありそうだ、などと感傷に耽る間もなく、ローランはその奇妙な機械にど肝を抜かされたのである。

 見た目は普通の港湾クレーンに近い。違うのはその動力であった。クレーンは当然シャルルに何基もあるから見慣れたものだが、巨大なハンドルを大男らがギシギシと回すものでは無かったか。

 それがなんと、いかにも可憐そうな女性が奇妙なレバーをガシャガシャと押し込むだけで、100キロはありそうな積荷を軽々と持ち上げているではないか!

「ど、どういうことだ!?」

「すごいすごい! エドワルドのおじさまがくれた種芋、200キロはあるんですよ! 簡単に荷揚げされちゃいました!」

 アンナが手を叩いた。

 そう、彼ら…というよりアンナへの指示はコンスタンでの農業指導である。経済封鎖への対抗策であった。

「あら、お兄様、それからお義姉様。お待ちしてましたわ。ご婚約おめでとうございます」

 出迎えてくれたのはフランソワであった。

「ふ、フランソワ。あのクレーンは一体…」

 そこでふふん、とフランソワが鼻を鳴らした。

「あれこそ新発明品、油圧クレーンですわ!」



◇◇◇


「つまり、油圧で動くクレーンだと?」

 ローランお兄様とアンナさんを王宮に案内しながら説明したわ。今、アテネア港では三台稼働してるの。他にも色々使う予定があるから、アテネアのそこら中で大増産中なのよ。

「そういうこと! レバーを押し込むと油がシリンダーに入って、歯車を押すわけ。それが滑車を伝って、10センチくらい持ち上げるのよ。それを繰り返すとあんな感じで数メートル持ち上がるわけ! 女の子でもクレーンが使えるのよ」

 ちなみに手持ち無沙汰になった男手は別の現場に回しているわ。とにかく人が足りないのよね…。資材はどうにか鉱山から最優先で回してもらっているのだけど。


 王宮に案内して、アレクセイと面談。

「聞いていると思うが、現在我が国はビザン帝国と断絶状態にある」

 アレクセイの一言目よ。

「貴国からの支援を受けてはいるが、特に穀物生産が不安定でな…。そこでアンナ殿の知見を活かして頂きたいのだ」

「分かりました! ところでアレクセイ陛下、骨がたーくさん、必要なんですけど」

「聞いておる。アテネア中に触れを出したら相当数集まってな。それから、糞尿が必要とか」

「そうです! 回収システムはありますか?」

 アンナも専門家だからね。アレクセイとの話が早い早い。

「あいにく下水道でな。ただ、下水処理施設を最近作ったのだ。グレキアで発生したコレラとやらは、どうも下水が発生源になるらしいのでな」

 最近ケルナー先生が病原菌、つまりコレラ菌を特定したのよ。単身でグレキアに渡っていたらしいわ。とんでもない人よね…。

「どういう仕組みですか?」

「構造は単純だ。ため池を作って沈殿させ、上澄みを石灰と貝類で浄化している」

「沈殿場所、いい栄養がありそうです! 上手く汲めるかなぁ」

「クレーンを設置した。例の油圧式だ。人力よりはマシなはずだ」

「それならなんとかなるかも…。あと、藁が必要です」

「藁は…小麦でも良いか?」

「大丈夫です!」

「なら、昨年のものが多少あると思うが…」

「ススキとか、ねこじゃらしでも大丈夫です」

「であれば、河原に腐るほど生えておる」

「分かりました! あとは人手を頂ければ、いくらでもサツマイモを作っちゃいますよ~」

「期待している」

 ローランお兄様とアンナが離席したわ。私は残れ、だって。

「ここだけの話だが、国境付近でビザン帝国が演習を開始したようだ」

 アレクセイが重々しく告げたわ。

「私、軍事には詳しくないけど。侵攻が近いの?」

「ああ。恐らく秋ごろになるだろう。今なら安全にアリアに退避できるが…」

「それ、ドロテにも言った?」

 アレクセイが肩を竦めたわ。

「あいつが言う事を聞くと思うか?」

「なら」

 私もアレクセイの真似をしてみたわ。

「私も残るわ、当然」



◇◇◇


 王宮を出て、その足で郊外に向かったの。今、アテネアは大工事中なのよ。

 ドロテが元気に指揮をしていたわ。

「そこ、レールが合ってない! 左に1センチ修正して! いい、1センチのズレでも脱線に繋がるんだよ、絶対に正確に作ること!」

 ちなみに彼女につわりとかそういう概念はないらしいわ。一日も休んでないもの。妊婦ってそんなもんだっけ?(違うと思うけど)

 ドロテのアイディアを元に、ヨハンさんとカメンスキー将軍が立案した防衛陣地の構築よ。鉱山のトロッコとかで使うレールがあるでしょ? 今はそれをひたすら敷設しているの。幸い、エガレ村の教育が進んでいたから、成績優秀者を10名ほど職長として登用したの。図面と数字が分からないと組み立てもできないしね。

 ちなみにエガレ村の生徒は倍増してるみたいよ。ドロテが見込みのありそうな子を順次送り込んでるんだって。エラリーが悲鳴をあげてたわ。知らないけど。

「調子はどう?」

 ドロテに声をかける。あ、とドロテが振り向いたわ。

「ギリギリですよぉ、先輩。フロリーナ先輩もエラリー先輩もいませんし」

 エラリーは教育中だけど、フロリーナはヨハンさんとシオンと一緒に偵察に行ってるわ。迎撃場所の選定を進めるんだって。アテネア以外にも攻められそうなポイントがいくつかあるらしいの。こっちは工事が間に合わないから、従来のゲリラ戦で対応するみたい。


 それにしても。

 建設が進む構造物を見て、つい思うわ。

 昔みたいな、騎士同士が槍を交わし合うような戦争は、もう時代遅れなのかもしれない、って。

「アスファルトの敷設、手伝ってくるね」

「ありがとうございます! 今日中に1キロ分は敷設したいので」

 そ、蒸留の時に出たアスファルト。

 フロリーナのアイディアで舗装してみたら、舗装材として完璧だったのよ。

 レールって地面を平らにして、雨風で土が抜けないように砂利で固める必要があるのだけど、アスファルトなら熱いうちに舗装しちゃえばあとは放置するだけだから簡単で。レール敷設の速度が倍になったみたい。

 このレール敷設が終わるまで、無事に過ごせると良いのだけれど。

 つい、そう思ったわ。


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