第125話 フランソワ、第二号作戦にて大戦果を挙げる
その後、ヨハン辺境伯が野営許可を村長から取り付けて、村はずれの空き地に設営を始めたわ。シオンも参加してるけど、ちょっとたどたどしいわね。まぁいいか。とりあえず私は計算の続きをしましょう。計算というか、アイディアなのよね。油圧を…どう使えばいいのかしら。
そもそも、油圧クレーンである必要があるのかしら。例えば、ハンドルを回して…どうなるの?
「小型の試作機で実験する必要があるわよね…」
こーん、という小気味よい音が響いたわ。
ふと顔を上げると、小さな子供が井戸にバケツを放り込んでいたのよ。
コンスタンではまだポンプ式井戸が普及していないのかしら。レバーを上げ下げするだけで、お水がいくらでも出てくるのに。
レバーを上下するだけで。
あれも真空を使っているのよね。レバーを下げると水が出てきて、上げた時にできる空間(真空)めがけて水が登るの。
もちろん、そのままレバーを戻すとお水が井戸に戻るだけだから、ポンプを下げると逆止弁が働く仕組みになるのよ。
イメージはストローよ。
ストローに液体を入れてから飲み口を親指で塞ぐと、コップからストローを離してもこぼれない現象。
原理はアレと一緒なの。
でも、親指を離した瞬間に、下の方からこぼれちゃうじゃない。
そこで、逆止弁の出番なの。
下の口を、指の動きと連動して自動的に塞ぐ、と考えてくれればいいわ。
つまり。
「油だまりを作ればいいのね」
油のプールを作って、ポンプで押す。真空効果で吸い上げられる。上下に…上下!
そうだわ、別に重たいものを持ち上げる必要はないのよ。上下運動は歯車で回転運動に変換できるから、それで麻縄を滑車の原理で引っ張ればいいんだわ。
後は耐久性よね。摩擦計算は…調べないとわからないわ。
あとは下ろす…力を解放する方法よね。一気に解放するとこの前みたいに油が吹き出すだけだから、何か緩やかにするものを…。いいえ、こちらのタイミングで戻せればいいのよね。逆、逆流のポンプは…いいえ、それだと無理だわ。距離が短い分、恐ろしいほど力が必要だもの。
「あー、ダメ、思いつかない!」
そう言って身体を投げ出すと、シオンが不思議そうな顔で見ていたわ。
「どうしたの、シオン」
「いや…飯ができたぞ」
「たべる!」
飛び起きて、焚き火の周りに。着込んでいたつもりだけど、やっぱり師走の夜は冷えるわね。スープをいただいたわ。はぁ、温まる。
「あ、いいにおい!」
「ええ、助かりますわ」
エラリーとフロリーナが来たわ。それにサンチェスとトマスも。
あれ?
「ドロテは?」
「領主館があるそうでして」
「二人とも、領主館でよかったのに」
「私はそっちの方がいいんだけどさー」
「ダメですよ、エラリーさん。不便だからこそ得られるものがあるのです」
フロリーナの方が実戦派だわ。
「あれ、ローランお兄様とアンナさんは?」
「ん? 村の宿に行ったよ」
「エラリーさん!」
「ど、どうしたの!?」
「第一種戦闘配備よ!」
◇◇◇
その頃、ローランとアンナであった。
「ごめんなさい、ローランにいさま。もっと早く帰る予定だったのに…」
すっかり暗くなった夜道を、二人で宿へ歩いていたのだった。
「気にすることはない。それよりも、今日は楽しかった。皆、いい人達だったな」
「はい! みんな勉強熱心で、楽しそうで…えへ、ここの人たちも早くお腹いっぱい食べられるようになるといいなぁ」
「そうだな。早く土の栄養の謎を解いて、皆でお腹いっぱいになろう」
「がんばります! あ、ローランにいさま。宿ってあれですかね?」
見えてきたのは『INN』と書かれただけの、小ぶりな木造の建物だった。だいぶ古ぼけた、けれど清掃は行き届いている宿である。
「これは…随分と小さいな」
「お宿があるだけすごいです! 私の生まれ故郷なんて、宿どころかお店もないんですよ。その代わり、見渡す限りの水田で…秋なんか、まるで黄金が波打っているように見えるんです」
「黄金か…一度見てみたいな」
「はい、ぜひ! その時はまた、一緒に行きましょうね」
「そうだな」
からんころん、と扉を開けるとベルが鳴った。カウンターには宿主が一人。
「一泊したいのだが…」
「ああ、お二人さんで、一泊で銀貨二枚です」
「これで」
「部屋は二階ですよ、ごゆっくり。食事は?」
「済ませてきた」
「それじゃ、鍵はこれです」
カウンターの上に、鍵が一つ置かれた。
「宿主殿、これは…」
「ご夫婦では?」
宿主が妙な顔つきをした。
「いや、その…」
その時ローランは、何故だか否定しがたい、奇妙な気持ちに包まれていた。
「あの、にいさま」
アンナが袖を掴む。
「わたし、その…ローランにいさまに、お任せします…」
「ああ…二階だな、店主」
「一番奥ですよ」
一つの鍵を受け取り、二人で部屋に入る。ダブルベッドが一つ。これは…流石に困ったな。
「アンナ、俺は椅子にでも…」
「い、椅子だと…ローランにいさまが疲れちゃいますよ…」
「だが…」
「わ、わたし…魅力、ないですか?」
「それは…」
◇◇◇
「あの、フランソワ先輩。本来風魔法というものはこういう…痴情を探るものではないのですが…」
と、いいつつフロリーナもお耳が大きくなっていてよ。
何って、盗聴よ盗聴。
以前のフィニ海岸の戦いで、フロリーナが風魔法を拡声器として使ってくれたじゃない。
音声って空気の震えだから、風魔法で拡声ができるって理屈みたいよ。
今日はその逆、風の通り道を作って、数十メートル離れた私たちの所にローラン兄さまとアンナの声を届けてるってわけよ。
「違うわ、フロリーナ。これは王命であり勅命、そしてアリアの存亡をかけた戦いなの」
「趣味わるーい」
と言いつつ、エラリーもずっと耳をそばだてていますけど。
「あの、先輩。今、アンナさんが『魅力ないですか?』と発言されたような」
「言ったわ、間違いなく言ったわね」
「やだ、もうそれ告白の確認じゃん!」
続けて。
『いや、魅力的だよ、アンナ。だからこそ…大事にしたい』
「おうふ」
これはダメージが大きいわね、私の。
「先輩、これって…」
「フロリーナ、静かに」
「は、はい」
『なら、その…一緒に…寝ませんか…』
『わかった、そうしよう』
『えへ、嬉しい…また、お手て、握ってもいいですか?』
『もちろん』
『ローランにいさまのお手て、大きいな…なんだか、安心する…』
『今日は疲れただろう。ゆっくり休みなさい』
『はい…あふ…おやすみ、なさい…』
※推奨BGM:I will always love you(ホイットニー・ヒュース版)
※著者補足:最後まで聞いて頂く事を強く推奨します。例の『アレ』が流れます。
はい、死屍累々です。悶絶してます。フロリーナと私が。エラリー、なんで少し残念そうなの?
「もう一息で既成事実化…」
「そ、そういうのはご結婚されてからでは…」
フロリーナの頬が真っ赤になっていたわ。
「そうよエラリー、あのローランお兄様よ、社交界のザ・堅物ローランお兄様が同じベッドで女性と共に過ごすのよ。それだけでスキャンダルよ、お腹いっぱいよ、あとちょっとマジなやつは流石にNGよ」
「なんで?」
「私が嫌」
「と、ともかく…これでビアンカ姉さまに良い報告が書けるのでは?」
「ええ、完璧だわ! ええと…」
ビアンカ皇王ニ奏上ス
我、第二号作戦ニ置イテ多大ナル戦果ヲ報告ス
ローランハ攻略対象ニ総攻撃ヲ敢行、攻略対象ノ反撃ハ認メラレズ
我、ローランノアンナトノ同床ヲ確認セリ
本丸ノ攻略ニハ至ラヌモ、勝利間近シと判断ス
後日詳報送ル。ビアンカ皇王陛下万歳。
ああもう、この報告書をいますぐ、この場で、ビアンカに送りたいわ!
ついでにリアルタイムの反応が欲しい! 手紙だと明日出しても三週間近くかかっちゃうのよ、結局船便だからね。
何かいい方法、ないのかしら? 数百メートル…。いいえ。
大陸の端と端でも、文字を送れる技術とか?




