第124話 フランソワ、第一号作戦に失敗す
翌朝、サンチェスとトマスが出仕してから、簡単に打ち合わせをしたわ。
ローランお兄様とアンナも早朝から出かけているみたい。
「今日は隣村くらいまでは行けるんじゃないかな?」
エラリーが言ったわ。
「なんかえらい大部隊だけど」
「はっは、少年少女だけで遠征させるわけにはいかぬからのう。安心せい、我らの誇りにかけて野宿はさせぬよ」
ヨハン辺境伯とフェンリル・ベルク兵二十名が歩荷として同行する事になったのよね。
「シオンよ、これは遊びでは無いぞ。実戦だと思い行動する事じゃ」
「うす、頑張ります」
うん、いい傾向だわ。ちゃんと勉強しているみたいね。
「今日は隣の村にいくよ。だいたい二時間くらいかな? 昨日のうちに早馬を出したから、大丈夫だと思うけど、万が一拒否されても気にしないでね。その時はヨハンおじさまが野営してくれるから」
「まぁ、それなら安心ですわ。私もフィヨルドから亡命する時、野宿を経験しましたけれど、宿営地がある方が快適ですもの。ところで、フランソワ先輩?」
「んー?」
フロリーナの言葉に曖昧に応えたわ。
私いま計算中なのよね。
昨日改めて港湾クレーンを見学させてもらって、港湾労働者の方から話をお伺いしたの。ここでも「聖女が来た」って騒がれたけれど。
クレーンって「勹」みたいな形をしているのよ。
短い方が荷物を引き上げる方で、長い方が土台になるわ。
仕組みとしては簡単なの。数人がかりでハンドルを回すと麻縄が引っ張られるのよね。それを滑車の理論で持ち上げるの。
その後、別のハンドルに移って、天辺を回転させるのよ。これは歯車で調整していたわ。
陸地に移ったら、最初のハンドルに戻って、逆回転させるの。そうすると荷物が降りてきて、無事に陸揚げとなるのだけれど。
そもそも、滑車を使っているなら油圧クレーンじゃなくても滑車の数を増やす事で解決できるんじゃ無いかしら?
そう思ったのよ。
ちなみに滑車の理論はこういう計算式が成り立つわ。
持ち上げたい重さ=加える力×動かす距離
『加える力』は滑車の数を増やすことで減らすことができるわ。
滑車の数をn個とすると、こういう計算式になるの。
加える力=n分の1 ×持ち上げたい重さ
だから、滑車を増やすことで、理論上は無限に人の力を小さくできるの。
もちろん、そんな単純な話じゃないけどね。この数式は滑車の摩擦を無視しているから。
滑車って、力を半分にしたら、距離は倍になるのよ。
だから、理論上は「無限に伸びる麻縄」と、「摩擦ゼロの滑車」があれば、理屈では私の力でも一トンあるような荷物を持ち上げることが可能よ。
一メートル持ち上げるのに、五百メートルくらい引っ張る必要があるけれど。
この距離のロスを、油圧でカバーできないかなぁ。
そう思ったのよね。
ただ。
「んー、私の計算力じゃ限界があるわ。マルタに依頼しようかしら」
その前に、油圧理論も完成させないといけないのよね。
でも、ヒントは得られたわ。
試作機第一号のように、「下から持ち上げても意味がない」って事ね。
となると、油圧で動かすべきは動力の部分、つまり『ハンドル』になるはずなのだけれど。
「フランソワ先輩、このイラスト…水車ですか?」
フロリーナに聞かれたわ。ハンドル部分の考察イラストよ。
水車? というより。
「油圧車?」
油圧車、そうね、油圧車だとどうかしら。
「サンチェス、トマス、ちょっと…」
「フランソワ、いいところ悪いんだけどさ」
エラリーが言ったわ。馬車が止まっていたの。
「着いたよ」
「あ、うん、ちょっとだけ」
メモだけ走り書きしておいたわ。
水車みたいな感じで油圧車を検討、ただし流しっぱなしにはできない!
ってね。
「ここがエガレ村なんだけど…村長宅はどこだろ?」
エラリーが周囲を見渡したわ。
「なんだか、人通りがなくない?」
「そうだよね?」
エラリーと首を傾げて、洗濯をしていたお婆さまに声をかけたのよね。
「みんな畑の方に行ってるって…王都からお偉いさんが来たとか…」
なんだろう。
私、すごく嫌な予感がするわ。
「ともかく、行ってみましょ」
私の予感ってだいたい当たるのよ。
◇◇◇
畑には人だかりができていたわ。
「嬢ちゃんよぉ、そしたら大豆と芋と麦を順番に植えればいいんかな?」
「そうですそうですっ。土壌が改善されるんですよ!」
「嬢ちゃん、どこで学んだんだ、そんな知識」
「わたし、計算ができたので、毎年の収穫高を記録していたら気付きました!」
「はー、やっぱ都会の人は違うねぇ」
「そんな事ないです、私も田舎の出身なんですよ、家は代々零細農家なので! 冬場にひもじいの、辛いじゃないですか! お腹いっぱい食べたくて、たくさん勉強しました!」
「学って大事なんだなぁ。なぁ長様、俺も学をつけてぇよ」
「俺も!」
「俺もだ!」
「とは言ってものぉ…教えるやつがおらんが…」
もちろん後ろには上機嫌でニコニコしている裸眼のローランお兄様がいたわ。そもそも二人っきりにする作戦だったのに、外出先で合流したら意味がないのよね。
とりあえず、ビアンカへの報告の第一号は決まったわね。
我、第一号作戦ニ失敗セリ
◇◇◇
「フランソワ先輩、どうしてエガレ村に?」
ドロテだったわ。
「啓蒙活動よ。お兄様がいるのは予想外だったけど」
「ここ、お父様の領地なんです。アンナさんが農村を見たい、とおっしゃるのでお連れしました」
「なるほど、タレーラン卿の領地、って事だよね。フロリーナ、これは乗るしかないと思う!」
エラリーが言ったわ。
「エラリーさんもそう思われます?」
フロリーナも頷いたの。
「うん、エガレ村を教育特区にするのよ。ちょっと参加してくる!」
「エラリーさん、わたくしも」
エラリーとフロリーナがアンナに合流したわ。何事かを話して、そのうちにエラリーが村長とがっちり握手。話がまとまったみたい。
「フランソワ、私たちは模擬授業してくるね。フランソワはどうする?」
「サンチェスとトマスは?」
「もちろん授業に参加で!」
「はーい、そしたらもう少し油圧器の計算をしているわ」
「了解、後で合流するね!」




