第123話 身分制度と政治制度
基本的にアレクセイって、よほど時間が無い時以外は即アポが基本なのよ。なのでその日の午後には王宮に赴いたわ。以前レセプションの当日開催をかまして私とマルゴは憤慨したのだけど、むしろアレクセイにしてみたら「いつものこと」だったみたいね。コンスタン貴族が平然とレセプションに正装で集まれた理由だわ。
まずは前提条件が漏れていたから解説するわね。
私とケルナー先生、それにリンドバーク先生の三人で話した時に、基礎教育施設について意見交換したじゃない。「小学校」を設立する件なのだけど。
その方針を、ハンスとフロリーナがサンチェスとトマスに実施している、読み書きそろばん教育を基礎にした計画書をアレクセイに具申したのよね。その時は「検討する」という回答だったのだけど。
そのあと反発があったのよ。
もちろん、貴族とルグ教のドルイドから。
曰く、庶民が教育を受けると余計な知識をつけて王権統治に懸念が出るかもしれない、ですって。
流石のアレクセイもごり押しできなくて、保留になっていたんだけど、ひとつだけ妥協点を取ってきてくれたのよ。
「試験運用し、成果があれば全国導入を検討する」
ってね。
それで、エラリーとフロリーナの二人で検討した方法が、「啓蒙活動をしよう」ということだったのだけれど、私が油圧クレーンの製造にかかり切りだったから、話が止まっていたのよね。
◇◇◇
「啓蒙活動?」
「その通りよ。基礎教育の重要性を広めて回るわ。特に領主とドルイドに対してね」
「悪くない案だな」
「それで、地方で成果を出せば、アテネアでも導入せざるを得ない、というルートを考えたのだけど」
最近はお互い口語で話すようになったのよね。そっちの方が話が早いし。
「それでも懸念はあるがね。私の独断で動かせればいいんだが」
「コンスタンには貴族院がないんでしょう? ある意味独断で決定できるのでは?」
「そこがコンスタン政治の未熟なところだ。確かに法令、勅命は簡単に出せるが、実際に運用をする閣僚が素直に指示を聞いて実行するとは限らない。予算を懐に入れる不届者もいる。『成果なし』という報告書と引き換えにね。処罰を強めているが、実際のところはモグラ叩きだ」
「アレクセイ殿下、それは倫理観に頼るべきではなく、仕組みにより改善すべきですわ」
エラリーだったわ。
「ほう、エラリー殿。仕組みとは如何に?」
「そもそも、アレクセイ殿下にご理解いただきたいのは、『人間は基本的に他責主義で、ご都合主義で、自分が一番可愛い』ということです」
「国王としては、臣下を信じたいものだが…」
「信ずべき配下には恵まれていらっしゃると思いますわ。ドロテのお父様、タレーラン外務卿ともお会いしましたけれど、アレクセイ殿下と志を同じくする君子と思いますわ」
「あれでもう少し、女癖が悪くなければな」
「……」
全員沈黙しちゃったじゃない。
余計な話を聞いてしまったわ。
「ともかく、啓蒙活動については承知した。通行証を発行させる。内務局より大使館へ届けよう。それから、フランソワ」
「なにかしら?」
「油圧クレーンの開発はどうだ?」
「ちょうど昨日、試作機第一号の試験を行なったところですのよ。小さな力で重量物を持ち上げる事には成功致しましたわ。ただ、『下ろす』方に懸念がありますの。ご安心を、殿下。必ずや殿下のご期待に添える機器を発明してご覧にいれますわ」
「そういう事ですのね」
フロリーナが納得したわ。どうしたの?
「こうして不正が生まれると…」
「不正?」
「ち、違いますわ、アレクセイ殿下! 開発は極めて順調にございますのよ、お、おほほほほ…」
エラリーがため息をついたわ。
「フランソワ、ポーカーフェイスが下手すぎ」
◇◇◇
「エラリーさん、先ほどの件ついてもう少し吟味したいわ」
王宮を出るなり、フロリーナが言ったの。
「なぁに? フランソワの不正報告の件?」
違うもん! 嘘はついてないもん!
「はい、先輩ですら事実を事実の通りに報告するのが難しいんですもの。それ以下の下級貴族に至っては尚更だわ。何かいい方法があればいいのだけど…」
「参考になるかわからないけれど、シャトーブリアン商会では各支店に定期監査の報告を義務付けているわ。それから罰則もね。金額にもよるけれど、家がひとつ消滅するくらいの重たい罰則よ、賠償金込みでね。
でも、それだけじゃ動かないから、インセンティブも与えているの。『会計監査で一銅貨のズレも無かった場合は、年収相当の臨時ボーナスを支給』という具合だよ」
「飴と鞭ですわね」
「その通り。だからコンスタンにも監査局は必要だと思うのだけど…実は人って『監査するぞ』と言われると余計身構えちゃうのよね。要するに学生の『試験』だよ」
「確かに身構えてしまいますわ」
「なので逆の方がいいはず…なんだよね。確証は無いけど」
「先に褒美を?」
「うん」
「具体的には…?」
「思いつきだけど、出世のルートを明確にする、とか」
「ですが…出世は身分制度と相反するのでは?」
「そうなんだよね〜。今から考えると、アリアの統治体制ってうまくできてるんだよね。アンナみたいに平民でも官僚になれて、出世ルートも明確。一方で政治は貴族が独占しているから、平民がどれだけ頑張って出世しても、主体的に国を動かすことはできない。これが丁度いい塩梅になっていると思うな」
「フィヨルドも統治には失敗しておりますわ。逆に貴族…藩閥の力が強すぎましたの」
「結局、バランスだよねぇ」
そんな事を話しているうちに、港湾部に差し掛かったわ。そういえば。
「クレーンの見学、忘れてたわね」
「そうですわね。予定とは異なりますが、見学されますか?」
フロリーナの言葉にそうね、と頷く。
「なら、その前にお昼にしようよ。お腹空いちゃった!」
「じゃあ、角笛亭に行きましょうか。ここからだと近いわよ」
シオンを連れてくるのを忘れたわね…。
アテネアの治安って結構良いから、一人きりじゃ無ければ護衛もつけてないし。
はぁ、ちゃんとシオンにお野菜を食べさせないと。




