第121話 貴族は騒がしい人ばかりです。
「んー」
アリア大使館にはなんとお風呂があるんですよ、お風呂。蒸し風呂だけど。本当は湯船の方が好きなんだけれど、汚れを落とすにはこっちの方が良くてね。特に油汚れには蒸し風呂でじっくり、汗をかくまで温まって毛穴という毛穴を開かせて、米糠で洗う!
これが一番効くのよね。
麻袋に入れた米糠をお湯で溶かして、絞ったら出てくる白い液体を使って洗うの。特に髪の汚れに良いのよ。仕上げに椿油を塗れば完璧、なのだけど…。
「もっと簡単に洗えないのかしら?」
オリーブオイルを固めた石鹸もあるのだけど、どうも汚れの落ち方が悪いのよね。米糠と何が違うのかしら。
そもそも油と水って相性が悪いじゃない。弾いちゃうし。多分米糠と油が化合することで水に溶けやすい、あるいは流しやすい成分に変わると思うのだけど。となると、もっと効率的に化合できれば蒸し風呂に入らなくてもお湯だけで流せるようになるんじゃないかしら。そしたら、さっとお湯で洗ってゆっくり湯船に浸かることだって…。
◇◇◇
「シャンプー用石鹸ですか」
フロリーナが言ったわ。
「身体用でもいいけど、髪ってすぐごわごわしちゃうじゃない」
「米糠の効能には私も驚きましたわ。フィヨルドでは米文化が無いので」
「アリア独自よね、アレ」
何してるのかって?
フロリーナに髪を乾かしてもらっているのよ。風魔法を上手く使うと髪の乾きが早いんだって。フロリーナは子供の頃から自分の髪は自分で乾かしているみたいなの。冬場だと凍えるから、暖炉のすぐ側で乾かすのがコツらしいわ。あと、髪の毛一本一本に風を通す感じにするのがポイントなんだって。
「これ、何か機械を作れないかしら」
「乾かす機械…ですか?」
「そうよ、そしたら誰でもすぐに髪を乾かせるじゃない」
「そうですねぇ」
と、フロリーナ。
「風を起こす機械と…熱源があれば、多分」
「団扇だと弱いわよね」
「弱いですわ。もう少し強い風でないと」
「ん~。今後の課題ね」
なんて話しているうちに髪が乾いたわ。椿油でしっかりコーティング。
うん、いい感じね。では。
「ローランお兄様の口上を聞きにいきましょうか」
「ええ、そういたしましょう。男女二人きりで長旅など、本来ありえませんわ!」
◇◇◇
って思ったのだけれど。
「あれ、マルゴ。ローランお兄様と…アンナさんは?」
「いえ、それが…窓を眺めていらっしゃったアンナさんが唐突に飛び出しまして…。ローラン様もご一緒に…」
「ろ、ローランお兄様が平民に振り回されている…ですって…!」
「あら、フランソワ先輩。どうしてアンナさんが平民だと?」
「アリアって平民に苗字がないのよ」
「なるほど」
「それよりも! どこに行ったのよ、二人とも!」
「あちらでは?」
マルゴが窓の外を指差したわ。
「ふ、フランソワ先輩! お気を確かに!」
膝から崩れ落ちかけた私をフロリーナが支えてくれたの。
「ろ、ローランお兄様が…アンナとかいう小娘と…土いじりを…」
あの!
堅物の!
アリア内務省法務卿補佐官たる!
ローランお兄様が!
アンナと一緒にスコップを持ってその真っ白なシャツを汚しているのよ!!
「あれ、フランソワ先輩」
ドロテが何でもないように言ったわ。
「掘ってるところ、『お墓』じゃないですか?」
お墓、はい、私とケルナー先生の犠牲になったネズミとか蛇さんとか鳩さんとかを処…埋め…ちがうわ、埋葬したところ!
「ま、まずいわ! エラリーに見つかる前に止めないと!」
◇◇◇
「ちょっと、あなたたち、なにしてるの! そこはお墓なんだよ!」
遅かったです!
「ふ、フロリーナ、エラリーを止めて!」
「い、いえ、遠慮させて頂きますわ」
「ど、ドロテ…はいないし! サンチェスとトマスは!?」
「研究室ですわ、フランソワ先輩」
私しかいないじゃん!
「ち、違うんだ、その…アンナが、この場所が怪しいと…」
「怪しくはないよ! ここはね、フランソワとケルナー先生の犠牲になった動物たちのお墓なの! ちゃんとお花も植えて供養しているんだから! 掘り返すなんてありえないよ! バチが当たるよ、バチが! というかあなた達何者!?」
「あ、あの…エラリーさん?」
「なによ、フランソワ!」
「い、一応…その人、私のお兄様で…ローランと言うのだけど…」
「は?」
いやマジで怖いですエラリーさん。
「エラリー様、ご多忙とは存じますが」
あら、マルゴだわ。
「忙しいわ、見てわかるでしょ!」
「実は先ほど、ギリアム様からのお手紙が届きまして。季節の贈り物も付いておりますわ」
「! フランソワ、とにかくちゃんとしてよね! 私用事ができたから部屋に戻るけど、ちゃんと埋葬して、お花を埋めなおして、お祈りすること!」
「はいわかりました! エラリーさん!」
マルゴからそれはそれは、とても大切そうに、慈しむように手紙とプレゼントを受け取って、エラリーが上機嫌に戻っていったわ。
「フロリーナさん、これは一体?」
「フランソワ先輩、古代よりこう申しますわ。『恋は盲目』と」
「そうね」
なんかまだ土掘ってる二人も似た波動を感じますけどね?
◇◇◇
「これです、これが怪しいです!」
アンナが白くて細かな物体を取り上げたわ。
「これは…骨か? どうしてこんな大量に…」
私が沢山埋めたからね。ケルナー先生、処分してくれないし。
「あと、これも怪しいですけど」
「こ、これは…ネズミ…か? 腐っているようだが…」
「たい肥に近いのかもです。たい肥の原料って便なんですけど、便をそのまま土に混ぜると逆に土を悪くしちゃうんです。なので、発酵させてから使うんですけれど…。この腐りかけた感じが良いのかもしれません。あの、フランソワ様」
「はーい」
もう面倒くさくなって、お庭のテーブルでフロリーナとお茶してたのよ。
「顕微鏡、見せてください!」
「研究室にあるわ。マルゴ、案内してあげて~」
「よろしいので?」
「いいわ、私もう少しフロリーナとお茶してる。あ、ドロテも呼んであげて」
「承知いたしました。それではアンナ様、ローラン様、こちらへどうぞ」
「流石ですわね、マルゴさん」
「そうね、力関係を一瞬で見抜いたわね」
マルゴが名を呼ぶ順番を間違えるはずがないもの。
つまり、身分はさておき、アンナの方が立場が上、と判断したって事よ。
「ローランお兄様…ああいう小娘がタイプだったのね…」
「私にはフランソワ先輩に似た雰囲気を感じますけれど」
「どういうこと?」
「いえ…こちらの話ですわ。さ、フランソワ先輩。今日のお茶菓子は絶品ですわ」
「そうね、私には糖分が足りないわ。休憩したら油圧クレーンの改善案を考えましょう」
「それもそうですが、一度ご見学にいかれては? 港湾に」
「いいアイディアだわ。明日、皆でいきましょうか。角笛亭にも顔を出したいし。あ、それならシオンも誘いましょう。あの子の苦手なトマト、角笛煮にしたら食べられるのよ」
フロリーナは大人として言わなかった。
シオンに対する母性は高いんですけれど…いつ恋に発展するのかしら、と。
◇◇◇
「すごいすごい! これが真・顕微鏡なんですね! なんでも見えちゃいます!」
「そんなに凄いのか?」
「そうですよ! ローランにいさまも見てください!」
ローランが覗きこむ。先ほどスコップで採取した土であった。所々に、宝石のように輝く結晶のようなものが見える。
「ほう、これが『小さな世界』なのか」
「そうです、そうです! このキラキラしたのはなんだろう…? あと、忘れてました、草木灰と比較したかったんです!」
「それこそ、フランソワなら知ってるんじゃないか?」
「そうですね、聞いてみましょう! あとあと、お庭で草木灰を作ってもいいですか?」
「ああ、俺から聞いておこう」
「よかった、やっぱりローランにいさまと一緒で良かったです! それじゃ、行きましょう!」
ドタバタと入ってきて、バタバタと出て行った二人を見て、サンチェスとトマスは顔を見合わせた。
「ご貴族さまって、騒がしい人が多いのかな?」
「そうかもしれねぇ、フランソワ先輩もフロリーナ先輩も、ドロテも…落ち着いてないし」
「だよなぁ」
◇◇◇
「フランソワ様、キラキラした、綺麗な鉱物についてご存じですか!?」
戻ってきたわ。なんで。
「き、キラキラした鉱物…? 見てみないと分からないけれど…」
「では、お願いします! あとあと…」
「フランソワ、ちょっと焚き火してもいいか?」
ローランお兄様よ。
「はぁ…構いませんが。丁度掘り起こした雑草がありますし」
ローランお兄様とアンナが掘っていた所ね。
なぜか知らないけれど、お墓の周りだけ雑草がすぐ生えるのよ。冬場なのにめちゃくちゃ元気でね。動物を埋めまくったし、なんか栄養高そうだな~。くらいは思っていたのだけれど。
「あ、もしかして、アンナさんが掘り起こしたのって、土の栄養を見る為ですか?」
「その通りです! えっと…」
「ドロテと申しますわ、アンナさん」
「ドロテさん、その通りです! お庭が綺麗に整備されていたのに、あそこだけ雑草とお花が元気に咲いていたので、土が違うのかもって!」
なるほど。というか凄いわねドロテ。良く気付いたわ。
「で、どうしてローランお兄様が?」
「いや、ビアンカ皇王の特認で、アリアの農業生産高を倍にしろ、と言われていてな。私は補助員として同行したまで」
「お兄様が補助員?」
「わ、すごい! アンナさんって凄い人なんですか?」
ドロテが目を輝かせたわ。
「ちょっと土と農業に詳しいだけです、一応内務省勤めなので!」
役人でしたね。ただの小娘じゃなかったわ。
「それでですね、土を見させてもらったんですけど、キラキラした鉱物があって。それが栄養なのかなぁ、って!」
「アンナさん、それなら他の土と比較しないと」
「はっ! フランソワ様、流石です! そうですよね、比較しないと分からないですよね!」
「ついでに、いくつかサンプリングしてみればいいんじゃないかしら。こういうの、ヨナスさんの方が得意なんだけど…」
「ヨナス?」
ローランお兄様が首を傾げたわ。
「ノイエ・エーテル号の乗組員で、鉱物と海洋調査の専門家ですの。あいにく、いつ来るか分かりませんけれど」
「セシル様のご動向でしたら、ジャンドル大使がご存じのはずですが…」
マルゴが言ったわ。
「そうなの?」
マルゴが言うには、セシルお兄様は新設される第四艦隊に配属が確定しているから、定期的にアテネアに寄港する手筈になっているらしいの。
だからたまーに顔を出して、三日くらい逗留してまた出ていくのね。
「ジャンドル大使は今?」
「あいにく外出中ですわ」
「今度聞いておきましょう。とりあえずできることをしましょうか。えっと…ドロテ、手伝ってあげて」
「はい、わかりました! それなら農園の土もあったほうがいいですよね?」
「そうね、あると比較しやすいわ」
「では! お庭のあの部分と、別の箇所と、農園で比較してみます! ローランにいさま、いいですか?」
「ああ、手伝おう」
ローランお兄様が腕を捲ったわ。
なんかさー。
なんだかさー。
「人って簡単に変わるのね」
という言葉でお茶会を締めたいと思うわ。




