第120話 油圧式クレーン試作機第一号
十二月下旬、コンスタン王国アリア大使館にて
「ふふふ…! できたわよ、油圧式クレーン試作機第一号が!」
大使館の庭で、おおー、とフロリーナとドロテが拍手してくれたわ。
「これもサンチェスとトマスのおかげよ! サンチェスの板金技術とトマスの逆流防止弁がうまくかみ合ったわね!」
へへ、と二人がグーでハイタッチ。二人とも試作を重ねたせいで、指先から作業用エプロンまで黒ずんでいるわ。
「その黒ずみこそが技術者の証ね! 私ももっと精進しないと!」
でも、私の指先、なぜか汚れないのよね。なんでかしら。実験と工作は私もそれなりにやっているつもりなんだけど。まぁ、いいわよね。
「先輩、これってどう動かすんですか?」
作成したのはU字タイプの基本形よ。ただし、管の途中で逆流防止弁をつけたの。ケルナー先生の真・人工呼吸器を真似した、ボール球を加工したものよ。
「まずはU字の大きい口に重りを置くわ。よろしく、ジャック!」
フェンリル・ベルク兵よ。
「御意に!」
用意したのは百キロの鉄製おもりなの。このくらいじゃないとインパクトがないからね!
まぁ、それを一人で持ち上げるフェンリル・ベルク兵の方が化物な気がするけれど。
本当は二人声をかけたのだけど、「その程度は一人で十分です!」って断られたのよね。実際、石ころみたいに持ち上げているわ。
ずん、と重りを油圧クレーンに。逆流防止弁が効いてるわ。逆流は一切なし!
「そして、細い方のピストンを押し込み…お、重いわね!」
「では、私めが!」
「ジャックがやったら吹っ飛ばすでしょ。サンチェス、やってみて。あくまで一般人が持ち上げられないと意味がないの」
ジャックがしゅん、としたわ。別に貴方の筋肉を否定した訳じゃないのよ。
「はい、先輩! …たしかにちょっと重いですけど、いけます!」
ぐい、と一押し。びみょーに、百キロの重りが持ち上がったわ。
「サンチェス、ピストンを戻してみて」
「はい!」
ピストンを戻したけれど、重りは戻らないわ!
逆流防止弁が完全に機能してるわね。
「素晴らしいですわ、フランソワ先輩。これを繰り返せばいいのですね」
フロリーナが手を叩いたわ。
「そういうこと! 徐々に持ち上がるはずよ!」
「先輩、でも~。ピストンを入れた、ってことは、細い方には油が入ってない、ってことですよね?」
「ドロテ、いい視点だわ。なので、ここで石油を追加します」
石油って真っ黒でどろどろした液体なのよね。火気厳禁よ、火気厳禁。炎上しちゃうからね。
細い方の管にある給油穴から油を補充するの。
「今度はトマス、やってみる?」
「はい、先輩!」
ちなみにトマスには聖女呼びを辞めさせたわ。ホントは先輩もいらないのだけれど、フロリーナが譲らなくってね。
トマスが押し込むと、更にもう少し、持ち上がったわ。
「これを繰り返せば、好きな高さまで持ち上がるはずよ!」
「え、でも先輩?」
ドロテが首を傾げたわ。
「それなら、油が無限に必要になりません?」
ん?
「だって、好きな高さまで持ち上がるまで、油を入れ続けるってことですよね」
「たしかに?」
「それに、港のクレーンって何十メートルもあるじゃないですかぁ。このペースなら人の方が早いような…」
「そうね!?」
「あとあと~」
今日のドロテは容赦がないわ、私は結構ショックを受けてるんだけど!
「これ、どうやって降ろすんです?」
「ふ、ふふん! ドロテ、それなら考案済みよ! 逆流防止弁の近くにビスを打っているでしょ?」
「あれですか?」
「その通りよ。これを抜くと、油が抜けて落ちるという仕組みね。油がもったいないから、バケツで回収するけど!」
ちゃんとバケツも用意してるのよ。はい、設置完了。
「いいかしら? 見ていなさい、油を抜くわよ」
「あの、先輩?」
フロリーナの疑問が、ちょーっと遅かったのよね。
「それだと…百キロ分の重りが一気に飛び出す…きゃあ!」
「おうふっ!」
「ふ、フランソワ先輩~!」
…解説は必要かしら。
いらないわよね。いらないと言って。
百キロ分の重しがある状態で一気に落ちたら…。
油が噴き出して、私が油まみれになる訳よ。
「実験は失敗だわ!」
「あ、あの…お嬢様…」
「どうしたの、マルゴ。とりあえずお風呂に入ってもいいかしら?」
顔を上げたらね。
「あ」
ローランお兄様と目が合ったわ。
というか、ローランお兄様が素顔だわ!
「ほ、本体がありませんわ!」
「眼鏡が本体じゃない!」
「いえいえ、ジョークですわ、ジョーク! ど、どうしてコンスタンに…!?」
「ああ、出張でな」
「この人がフランソワ様ですか?」
ローランお兄様の後ろから、私より若く見える少女がひょい、と顔を出したわ。
あれ? ローランお兄様が女の子連れ?
「ああ…恥ずかしながら…。その真っ黒な子がフランソワだ…」
「初めまして! フランソワ様! 面白いお化粧ですね? ローランにいさまにはいつもお世話になっています! 私、アンナと言います!」
「ろ、ローランにいさま!?」
わたしこんな…妹?? いた記憶ないけれど!
「お、お父様がこの短時間で仕込んで…」
なにを仕込んだのよ。自分でツッコんでしまったわ。
「成人してますっ! 子供じゃないです!」
アンナとやらが憤慨したわ。ということは私より年上なの?
「で、ではフランソワ先輩のお姉さま…ですか? ふ、フランソワ先輩? お兄様しかいらっしゃらないとばかり…ご存知でしたの?」
フロリーナが混乱し始めたわ。
「わ、わたし知らない~!」
「お、おちつけ、フランソワ」
ローランお兄様が慌てたのだけれど。
「もしかしてシャルロイド公爵のご落胤!?」
ドロテまで乱入したわ。
「そ、そんな…お父様の不潔っ!」
「だ、だから違うんだ、まずは話を聞け、フランソワ!」
「はい! そこまで!」
マルゴがぱんっ、と手を叩いたわ。
「お嬢様はお風呂に入ってくださいませ! ローラン様、アンナ様はお部屋に案内致します、その他は全員片付け!」
「は、はいっ!」
「わかりましたわ!」
なぜか私もフロリーナも背筋を伸ばして返事していたわ。
マルゴって怒ると怖いのよ…。




