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第118話 農林水産局のアンナ

「ビアンカ陛下、人が足りませんな」

「わかってるわよ…」

 アリアの枢密院、閣僚全員集合での会議中であった。

「フランソワが発明した、圧力鍋加熱の瓶詰めと缶詰は好評だけど…とにかく生産が追いついてないのよね。原材料も限りがあるし、アキテーヌ、何かいい方法はないの?」

 アキテーヌ内務卿がふうむ、と嘆息。

「農業生産高を劇的に上げられれば良いのだがの」

「そりゃわかってるわよ。農作が効率化したら、余剰人材を王都に回せる、ってことでしょ? やり方がわかんないの」

「一人、目処はあるのじゃが…。何分田舎娘でしてな」

「田舎娘とか、この際関係なくない?」

「命じてみますかの。アンナという娘なんじゃが」

「えっと…フィヨルド入植地の農業指導員だっけ?」

「その通りじゃ。土を触らせたら右に出るものはいないぞ。何かいい方法を考えさせようかのぉ」


◇◇◇


 それから、数日後。

「うーん、うーん?」

 アンナは一人で唸っていた。

「なぁ、クリストフ」

「なんだ、ガストン」

「今日のアンナ、おかしくねぇ?」

「で、あるな…」

 今年の収穫を終えて、一息ついた頃である。冬場のフィヨルド亡命軍はアリア皇国軍との共同軍事演習やら、未開拓エリアの開墾などに勤しんでいるのだが。

「どうした、二人とも」

「これは国王陛下。いえ、アンナ殿がずっと唸っておりまして」

「ふむ?」

「なぁ王さまよぉ。気になって明日の演習に行けねぇぜ」

「これ、ガストン…」

「それは一大事じゃの。どれ、おじさまが話を聞いてやろうかの」

「なぁ、クリストフ」

「どうした、ガストン」

「王さまよ、おじさま呼びをだいぶ気に入ってるよな」

「そうであるな…」


「どれ、何か悩み事かの?」

 アンナの隣にエドワルド王が腰を下ろした。もちろん土の上だ。

「あ、おじさま。そうなんです、今朝、上司から仕事をもらったんですけど」

「ほう、良いことではないか。仕事を与えられる…つまり、アンナ殿の働きぶりが評価されたということじゃ」

「そうなんでしょうか? 相変わらず敬語とか儀式とか苦手だし、ちょっと不安になっちゃって」

「安心せい、アンナ殿。何かあればおじさまからアリアの王宮に申し入れよう。アンナ殿はよく頑張っておる、とな」

「あは、ありがとうございます」

「それで、どんな仕事なのじゃ?」

「なんでもいいから、アリアの農業生産を倍にしてくれ、って」

「それは難問じゃのお」

「そうなんです。どこから手をつけたらいいのかなぁ」

「意外とな、ヒントは手元にあったりするものじゃ」

「手元に?」

「たとえば、草木灰じゃの。どうして灰を撒くと生育が良くなるのかな?」

「それは、草木にある成分が…あ」

「ほっほ、何かに気づいたかの」

「はい! 確かに、私の手元にあったかもしれません! おじさま、わたし今日は失礼させていただきますね!」

「良いぞ、良いぞ。また悩んだときはここにくると良い。冬の間は暇にしているからな」

「はい、ありがとうございます!」


◇◇◇


「あの、顕微鏡? ってのを見たいです!」

 アンナは内務省の農林水産局に戻るや否や、上司のブライアンに詰め寄った。

「顕微鏡なら、備品があっただろ」

「違います、フランソワ様が持っているらしい、真・顕微鏡ですっ!」

「どこにあるんだ…?」

「わかりません!」

 はぁ、とブライアンがため息。いくらアキテーヌ内務卿の直々の指示とはいえ、アンナに任せるのは無茶ではないか、とも思うのだけど。

「法務局に、ローラン様がいるだろ」

「えっと…フランソワ様のお兄様ですよね?」

「ローラン様に聞いてみるのはどうだ? あいにく次男のセシル様はほとんど航海しているし」

「そうですね、そうします!」

 アンナが駆け出して、ブライアンがもう一つため息をつくと、あの! とアンナが戻ってきた。

「法務局って広いんですけど!」

「法務卿補佐室だ」

「ありがとうございます!」

 そう言って、アンナがドタバタと駆け出していった。

 はぁ、ともう一つため息。

 もういい年なんだから、少しは落ち着けばいいのに。つい、そう思った。


◇◇◇


「たのもー!」

 突然扉がばたん、と開かれて、懸案の法案作成に唸っていたローランはびくり、と肩を震わせた。

「な、何用かな? ここは子供のくるところじゃ…」

 他にも官吏が何人か。突然に現れた小柄な…どうみても未成年にしか見えない童顔の少女が現れたのである。

「成人してます! なんなら官僚です! 私、内務省農林水産局のアンナと言います! ローラン様はいらっしゃいますか!」

「ローランなら私だが…」

「良かった! 相談があります!」

「そ、相談?」

 ちら、と奥にいたカタルーニャ法務卿を見る。

「行ってきていいよ。例の件だろう」

「は…は?」

「ありがとうございます、お借りします! お部屋借りれますか?」

「お好きにどうぞ、アンナ殿」

 カタルーニャ法務卿が言うなら何か用事があるのだろう。ローランは首を傾げながらも納得して、席を立った。

 二人がいなくなって、法務卿がポツリと呟く。

「こっちにきたか〜」

 アキテーヌ内務卿は扱いにくそうな感じで『田舎娘』と表現していたけれど。

 あれは別の次元じゃないのかな?


◇◇◇


「ローラン様って、フランソワ様のお兄様なんですよね?」

 以前ローランとフランソワが『セシルの海賊疑惑』で面談した、やや薄暗い殺風景な部屋である。お茶も出していないが、アンナは気にせずに捲し立てた。

「そ、そうだが…?」

「いま、わたし、顕微鏡が欲しいんですっ!」

「け、顕微鏡…? それは管轄外だが」

「違います、フランソワ様がお持ちという、真・顕微鏡です! タブロイドで読んだんですよ、なんでも見れる魔法の顕微鏡だって!」

「た、確かに高性能であると聞いたことがあるが…。どうしてそれを?」

「収穫を倍にしたいんです」

「はい?」

「ですから、収穫です。あの、いま私、アリアの農業生産高を倍にしろ、って言われていて」

「そ、それはだいぶ無茶じゃないのか?」

「ですよね! 意地悪なんですよ、ブライアンさんって! あ、私の上司ですけど! でも、好きにしていいって言われたので、あの、今私、フィヨルド入植地の農業指導してるんですけど!」

「あ、ああ…あの特定貸付地だな」

「とくてい…なんですか?」

「簡単に言うと、あの土地だけはフィヨルド王国のものだから好きに使っていい、という場所だ」

「なるほど! だから勝手に開発していいんですね! 気づいたらお家とか集会所とかお店ができてまして!」

「知らなかったのか…」

「もちろんです! ローラン様ってお詳しいんですね」

「いや、むしろそれが仕事…」

「え、そしたら、おじさまの土地を管理してるのはローラン様なんですか?」

「管理…そうだな、一応法制局として管理対象ではあるが…」

「じゃあ話は早いです! 手始めにフィヨルド入植地の生産を倍にしたくて! で、おじさまからヒントをもらったんです! 草木灰を撒くとなんでよく実るのかって! 多分、草木灰の『何か』が、植物の栄養になってるんだと思います!」

「つ、つまり…栄養を増やしたい、と?」

「そうです! なので顕微鏡が必要なんです、なんでも見れる真・顕微鏡が!」


 よ、よくわからないが、真・顕微鏡とやらがあればいいのか?

 ローランはそう考えて、まさか自分の人生を変えるとも思っていなかった一言を放ったのだ。

「真・顕微鏡なら、フランソワがコンスタン王国に持っていったらしいが…」

「コンスタンですね! わかりました! 出張許可、もらってきますね!」

「あ、ああ…気をつけて…」

 

 それから、数日後。

「はい、ローラン様。コンスタンの出張許可がおりましたよ」

 女性事務員の言葉に、ローランは絶句したのである。

「な、なぜ!?」

「なぜって…農林水産局から回ってきたんですけど…なんだか、ビアンカ陛下の特認みたいです」

 出張許可証をよく見直す。

 確かに、ビアンカ陛下の玉印であった。同行者は…。

「あ、アンナ殿と同行!?」

 絶叫するローランを眺めて、カタルーニャ法務卿がそっ、とため息をついた。


「長兄のローランがいつまでも結婚しないから引退できない、ってシャルロイド公爵が嘆いていたのよね〜。この際平民でもいい、って言っていたから、サインしといたわ。私の見立てだと、あのタイプは貴族のお嬢様よりアンナの方が合うと見たわ! なにしろフランソワのお兄様だしね! ということでカタルーニャ法務卿、ローランの業務はよろしくね!」

 そう、事前にビアンカに言われていたのである。


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