第112話 ギリアム先輩の来訪
翌朝、アリアからの国際定期航路の第一便が到着したわ。
アレクセイは港湾拡張を考えているの。
実際に相談も受けたのだけれど、私だって魔法使いじゃないのよね。実際に魔法は使えないけど。
ではなくて、土木工学は専門外なのよ。改めて振り返ると、私の専門って総合自然哲理学、あるいは哲理学が主体だと思うわ。土木工学が得意な人がいればいいのだけど。今までの知り合いにはいないのよね。
アリア便は…思った以上の巨艦だったわ。三千トンはありそうね。外観は戦列艦にしか見えないのだけど。多分、戦列艦を改装して客船兼輸送船に仕立て上げたんだと思う。
コンスタンの人たちは度肝を抜かれていたわ。今まで五百トンクラスのノイエ・エーテル号ですら、ここでは大型船なんだもの。
◇◇◇
「浮桟橋がうまく機能しておりますな」
立ち会ったジャンドル大使は満足そうだったわ。ここ数ヶ月、浮桟橋が次々に設置されていたの。戦列艦を迎え入れる為だったのね。小舟で往復してたんじゃ、積み荷を下ろすだけで何日かかるやら、想像もつかないもの。
そして、木造クレーンがぎいぎいと響いたわ。
アリアからの輸入品が次々と降ろされていくの。それはそれは多種多様だったわ。
「トマト瓶もあるわ」
瓶詰めよ、フロリーナ考案の。あとで検品しておこうかしら。ソーセージ病事件があったばかりだから、保存食を警戒しているかも知れないし。アリア製は高品質、って知ってもらわないと。
それから、ワイン、ビール、蒸留酒、あら。米酒もあるわね。それから干物、ジャーキーとかお魚とか。
見てたら日が暮れるから、今度解説するわ。
◇◇◇
「ようこそお越しくださった、アキテーヌ卿!」
開港セレモニーにはアレクセイも訪れたの。アリア側はアキテーヌ外務卿よ。
固く握手をして、お互いに抱擁。納品書への調印や貿易事務の管理でコンスタン側の官僚は大忙しみたい。
私は出席を遠慮させて頂いたわ。ジャンドル大使がご出席されるし。
アテネアの街は盆と正月が一度に来たみたいなお祭り騒ぎよ。
そもそも、ハーベストムーンのお祭りの日だしね。
セレモニーの野次馬やら、輸入品を引き取りに来た商売人、客寄せに走る食事処に宿泊施設と、訳がわからない状態なのよ。
そんな中でね。
「あ!」
そう言ってエラリーが駆け出したわ。パールを抱っこしたままで。パール、ちょっと不満そうなんだけど。まぁいいわ。
「ご到着されましたわ」
「そうね」
ギリアム先輩よ。お元気そうで何より…!?
「はい!?」
え、エラリーがギリアム先輩に抱きついたわ!
パールがフギャー、って鳴いたけど。
それはともかく!
「え、はい? あの二人ってあんな関係だったっけ?」
ギリアム先輩も先輩で、なんかいい感じにエラリーを抱き止めているし! はぁ、とフロリーナが首を横に振ったわ。
「衆人の前でなんとはしたない…。この先が思いやられますわ。ええ、その通りですの、フランソワ先輩。エラリーさんはずっとギリアム先輩と文通を続けられてまして。どうも途中から恋文に変わっていたようなのですが」
「そうなの!? 私一通もギリアム先輩から手紙来てないけど!」
あの国外追放の時にもらった堅苦しい文章以外!
「その…お察しくださいませ、フランソワ先輩。それから、私もこのあと予定がございまして」
「予定?」
今度は目玉が飛び出るかと思ったわ。
ハンスじゃない!
「ハンスの成長を確認しなければいけませんの。それでは、ご機嫌よう」
「ドロテさん?」
「なんでしょう、先輩!」
「ま、まさかフロリーナとハンスも?」
「安心してください、フロリーナ先輩『も』鈍感です! ご本人は本気で仕官させる気です、でもですよ、仕官させたいだけなら、自分で旅費を肩代わりしてまで呼びませんよね! ハンスさんってそんなに身分は高くないと聞いてますし!」
「ど、どういうこと…?」
「フランソワ先輩と似たもの、ってことです! あ、余計な事を言っちゃった! あ、あの…私、ハーベストムーンの日は家族と過ごすことにしてますので! そろそろ自宅に戻ります〜!」
あっという間に私とシオンだけになったわ。
お互いに目を合わせる。
「飯、食うか?」
「そうね、そうしましょう! 私たちにはヨハンおじさまのBBQが待ってるわ!」
◇◇◇
その二人が大使館へ戻る背中を、エラリーがはーあ、と盛大なため息をついて眺めていた。
「ダメそうだねぇ」
ギリアムも思わず苦笑する。
「そうなの! ハーベストムーンのお祭りだよ、シオン君の誕生日だよ! 全員いなくなったのに、今日なんていつも付いてくるフェンリル・ベルク兵もいないのに、もう、二人とも無自覚すぎ!」
「はは…明日ゆっくり話してみようかな」
「明日だよ、明日!」
エラリーが右手を伸ばす。その手を、ギリアムがしっかりと繋いだ。
「今日は私だけに時間を使ってね、先輩! もうずっと会いたかったんだから!」
「もちろんだよ、エラリー。今までの時間の埋め合わせをしないとね」
◇◇◇
なんだかまだ、お腹にお肉が残っている気がするわ。
いえね、翌朝なのだけれど。凄いのよフェンリル・ベルクのBBQって。お肉が無限に出てくるんだもの。
あの食いしん坊なシオンがね、
「げ、限界…」
って言ったのよ。信じられないわ。
最後は全員、酔いつぶれて野外で雑魚寝してるし…。遅くに戻ったアキテーヌ外務卿とジャンドル大使が引き攣った笑いをしていたわ。
ちなみにビールは他のビールに変わってました。醸造に失敗したのよね?
そのビールなんだけど。
「何してるの?」
フェンリル・ベルク兵が二人、大きな樽をえっほ、と運んでいたの。
「はっ…! ふ、フランソワ様! こ、これはヨハン辺境伯閣下の特命事項にございまして」
捨てようとしてたのよね?
「カビでも生えたんでしょ」
「は、はいっ…!」
そうね、カビの生えたビールなんて中々手に入らないし。手に入れようとも思わないけれど。
「カビの分類、ってのも面白そうね。捨てるのは待って頂戴、私が実験に使うわ」
「承知いたしました!」
「あと、昨日のお肉だけど…」
「まだ大量に残っております!」
残さないでよ。
「勿体ないわね。いい機会だし、アレを試してみようかしら」
「あれ、でございますか?」
「そ、これ」
お庭に残された圧力鍋を、コンコン、と叩いてみたわ。どちらから手を付けようかしら…。
「お肉はあとどのくらい残っているの?」
「五十キロはあります!」
「は?」
「ヨハン辺境伯より、本日食べきるとの厳命を受けております!」
「食べてもいいけど、五キロは私が貰うわよ」
「はっ! フランソワ様も大食漢であられますな!」
「そんなわけないでしょ!」
◇◇◇
とはいえ、五キロの塊肉を一人で解体するのはしんどいから、マルゴに手伝って貰うことにしたわ。
「昨晩のラム肉ですか」
「そうよ」
豚肉より牛肉に近い味だけど、独特な感じで美味しいお肉だったわね。
「これをスープにしたいのよ」
「では、シチューなどいかがでしょう?」
「いいわね、とにかく酸味は無しで」
「缶詰ですか?」
「実験だもの、板金が間に合わないし、瓶詰にしましょう。開いている瓶は…」
「ジャム瓶ならいくつか」
「ジャム瓶ね…」
そうよね、アリアで作った酢味豚骨スープ真空締めは薬効重視でお野菜だけにしたし、そのお野菜も溶かすくらいまで煮込んだからワイン瓶とコルクで代用できたのだけれど、固形物だとジャム瓶が最適だわ。問題はどう真空締めにするか、なのだけれど。
「ん~」
「おい、フランソワ、ここにいたのか。ちょいとネズミを借りるぞ」
あら。ケルナー先生だわ。
あ。
「膀胱」
「は?」
「いえ、こちらのことですわ。今日は早いですね。いつもの場所にありますわ」
「ああ、恩に着る」
今日は何匹のネズミさんがお亡くなりになるのかしら?
「お嬢様、膀胱とは?」
「皮袋よ。人工呼吸器として使ったけれど、伸縮性が凄いでしょ?それに金属の重しを付ければ、上手くいくんじゃないかって」
「つまり?」
「瓶の上に皮袋を置いて、瓶口に金属の蓋を置くの。あとは真空締めの要領ね。加熱中は蒸気が皮袋を押し上げて逃げていくでしょ? その後冷やせば、今度は中身が真空になって、皮袋ごと金属が瓶口に吸いつく、って寸法よ」
「それだと、開封に手間取るのでは?」
「細めのナイフで皮袋を切れば、空気が入って取り出しやすくなるんじゃないかしら。でもそうね。金属の端に帽子のツバみたいなものをつけておきましょうか。持ち上げやすいはずよ」
「なるほど、それをサンチェスさんに作らせると」
「そういう事ね。となると型が必要だわ。サンチェスが来る前に仕上げておこうかしら」
「では、先に仕込みを済ませておきますわ」
「頼んだわ、マルゴ」




