第111話 ヨハン辺境伯の自家製ビール
それから、三ヶ月ばかりが過ぎたわ。
ハーベストムーンの前日なの。明日はシオンの誕生日なのだけれど…。
「フランソワ先輩、今日はお花を持ってきたの! 研究も楽しいですけれど、少しは彩りがあると素敵だと思って!」
「フランソワ先輩、コーヒーをお淹れしましたわ。少し休憩いたしましょう」
「フランソワ先輩、依頼された弁を作ってみたんですが、確認お願いします!」
フロリーナが三人いるわけじゃ無いのよ。
気づいたら研究室に出入りする人と、先輩呼びをする人が増えただけで。もちろん先輩呼びを広めたのはフロリーナよ。
新しいメンバーを紹介するわね。
ドロテとサンチェスの二人よ。
特にドロテなんて、回復した直後に大使館を訪れて、泣きながら感謝されて。
そして入り浸るようになったわ。自然哲理に興味があるみたいだから、時折教えたり、実験を手伝ってもらっているのだけど。
それから、サンチェス。彼って鉄工所の息子さんだったのよ。板金、メッキ、鍛造あたりが得意だから、今後に期待しているわ。
それから、私も動物を飼い始めたのよ。
ネズミさんですけどね?
聞かなくてもわかると思うけど、実験動物よ。たまにケルナー先生が来て、細菌とか病原菌をぶち込んで、「ちっ、またダメか」って言って帰っていくわ。
そういえば動物愛護精神の強いエラリーさんですけれど。
「ふふん、ふふーん。あ、そうだ、パールもおめかししよっか。明日一緒にお出かけしましょ!」
パールってのは例の猫ちゃんの名前よ。なんか溺愛してるのよね。当のパールは元野良猫だけあって我関せず、って感じで自由気ままにお散歩してるけれど。エサの時間には絶対に来るわ。私は犬派だなぁ。それにしても、エラリーの浮かれ具合が半端ないような?
◇◇◇
「先輩、ご存知ありませんの?」
フロリーナだったわ。
「明日、ギリアム先輩が来られるんです」
「それは聞いてるわ。無事に卒業できたから、卒業旅行がわりに…ってことよね」
「いえ、そうではなく…いえ、これはプライバシーに関わりますわ。お気になさらず」
「はぁ」
「それより、明日はシオンさんのお誕生日ですわ。盛大にお祝いされますか? 私も先日、誕生日をお祝いいただきましたし」
「考えてはいるのよね…。こういうのはエラリーの方が得意だと思うんだけど」
「拘らなくてもいいのですわ。たまにはお二人でお出かけになられても」
「うーん?」
「身分違い…素敵…」
「ダメよ、ドロテさん。そのお話は避けるように申しましたわ」
「そ、そうでした、フロリーナ先輩! で、でしたら私のお勧めのお店をご紹介いたしましょうか?」
「良いアイディアですわ。フランソワ先輩、いかがでしょう?」
「いい感じのお店? 私は肩肘張らないお店の方が…。シオンもだけど、あの子なら多分BBQの方がいいんじゃないかしら」
「でもでも、正装したシオンさんならきっとお似合いに…」
「ドロテ、焦ってはダメよ。では、ヨハンにお尋ねになられるのは? BBQを得意としていますわ」
「それなら、ヨハン辺境伯に相談してみるわ」
◇◇◇
そうしてフランソワが去った後。
「フロリーナ先輩! これじゃいつまで経っても発展しませんわ! せめて身分違いでお悩みになられるくらいにはなって頂かないと!」
「焦ってはダメよ、ドロテ。人にはそれぞれ、ペースというものがありますから」
「でもでも!」
その時、サンチェスは誓ったという。
絶対この話は人に漏らさないようにしよう、と。
◇◇◇
「おう、フランソワ、良いところに。明日のシオンの誕生日だがな」
「さすがヨハン辺境伯! 私と同じ考えですわ」
大使館の庭にはBBQセットがすでに陳列していたわ。そして兵士たちが一糸乱れぬ動きで薪を運んできているの。その中には圧力鍋もあるわね。あんまりにも美味しかったので購入したのよ。
「ヨハン辺境伯、私もお手伝いを」
マルゴも来てくれたわ。だけどね
「いやいや、マルゴ殿も明日くらいは羽を伸ばされい。伝統あるBBQは男が女性の家事から開放すると言う目的もあるのだ。仔細全て任されい!」
「で、では…お言葉に甘えて。久しぶりにビールでも頂こうかしら」
「良いぞ良いぞ、ビールなら我らが醸造したものがあるでな」
なんで?
「はっ、フェンリル・ベルクの男子たるもの、ビール程度醸造できずに務まりません!」
兵士の一人が言ったわ。
そんな事はないと思う。ビールって衛生管理と温度管理が死ぬほど難しいはずだけど。
「もしかして肉!?」
あら。シオンだわ。
「そうよ、感謝しなさいね。明日の誕生日は私がシオンのお肉を焼いてあげるわ!」
「いや…固いからいい」
「何でよ!」
「はっは、若者は元気があっていいのう!」
ところで辺境伯?
そのジョッキ、ビールですよね? 一日早くないです?
「ちょっと酸味が強いですわね」
マルゴ、それビールを通り過ぎてお酢になってると思うわ。




