第110話 コンスタン王国の近代改革
同じ頃、アテネア王宮にて。
「ヘルダー。何か申し開きがあるか?」
アレクセイ皇太子が怒気を孕んだ声で告げた。
ヘルダーは床に伏したまま、ただガタガタと震えるのみ。
「フランソワ『卿』の申す通り、缶詰の喫食を禁じた瞬間に新たな病人は発生しておらぬ。そして彼女は回復者を我に拝謁させると言う。貴様の成果を報告せい」
「そ、それは…、わ、我の力不足にございますば…」
「数字だけを述べよ!」
怒声が飛んだ。ヘルダーが救いを求めるように、同席する閣僚を見上げる。だが。
「儂は跡取りを亡くしましてな」
一人の老貴族が、ずい、と前に出た。
「こうなる事なら、最初からフランソワ卿に頭を下げればよかったと後悔しておる…きっと息子も、ヴァルハラで同じ思いであることだろう」
「ひ、そ、それは…」
「ヘルダーよ、このまま首と身を永遠に別つか、あるいは正確な報告を以て再起を掴むか…。好きな方を選ぶと良い」
アレクセイが感情を殺した声で告げる。
「は、はひっ!」
もやは、ヘルダーの選択肢はただ一つだった。
「ひ、一人を残し、ぜ、全員…死亡いたしました…」
「幸運であったな、ヘルダー。その最後の一人は?」
「私の娘にございます」
モーリス・ド・タレーラン。
アリアとの国交樹立に尽力し、ビアンカ皇王とも面識のある、コンスタンの外務卿である。
「我が娘、ドロテは新規なるものに興味が尽きぬ子でありましてな。自然哲理に並々ならぬ興味を持っておりました。故に、缶詰を見た瞬間の彼女の喜びようといえば! これが未来の食物ですわと、いの一番に食し…このようなことに…」
「ドロテとやらは、まだ耐えておるのか?」
「どうにか…。おそらく、執念にございましょう。幸いに魔力に恵まれましたゆえ、常人よりは耐性があったのかもしれませぬ。ですが、今日にも命の灯火が消えてしまうかもしれませぬ…。陛下、恥を忍んで申し上げます。ドロテこそ我が知性の継承者。我が国改革の旗振り役となる至高の人材にございます。どうか、どうかフランソワ卿の治療を…!」
「あいわかった。どうもフランソワ卿にはケルナーがついているようだ」
「あの、ケルナーが!」
貴族の一人が感嘆した。
「そのケルナーよ、十数年前、国王陛下に異議を申し立てて追放された、な。今となっては惜しいことをしたものだ。ともかく、ヘルダー!」
「は、はっ!」
「貴様はフランソワ卿とケルナーの指示に従い、その古びた脳髄を全て改め、ドロテの回復に全力をあげよ! そして全員に伝える! これよりコンスタンは生まれ変わるのだ! 伝統を保ち、そして新たな思考を手に入れ、ビザンティオンに勝るとも劣らぬ国を作り上げる! いざ、フランソワ卿を迎え入れようぞ!」
「御意に!」
その場にいた、全ての貴族が敬礼した。
これより、歴史上名高いコンスタン王国の近代改革が始まったのである。
◇◇◇
正直、驚いたわ。
アレクセイ皇太子のことだから、また尊大な態度を取るか、硬直するか苦虫噛み潰しているかと思ったのだけれど。
私たちがレセプションホールに入るや否や、満面の笑みで玉座から降りてきて、サンチェスさんの手を取ったの。
皇太子自ら膝を床につけて、よ!
サンチェスさんは車椅子のまま硬直していたわ。
それに対して、閣僚からの異議申し立ては一つも無かったの。なんなら私たちを見る目が期待の眼差し、くらいになっていたのよね。
そこからが大変だったのよ!
ドロテさんを治療して欲しい、から始まって、ケルナー先生が診断したのだけれど、一言目が「ヤバい」だったんだから!
先生曰く、「生きてるのが不思議」な状態だったらしいわ。あの尊大だったヘルダー医師が揉み手おべっかの嵐だったのも気持ち悪いけれど、素直に指示に従ってくれたから助かったわ。
乙女の尊厳に関わるから治療の詳細は省くけれど、それから三日三晩不眠不休で治療。どうにか峠を越して、安定期に入ったのは四日目。
アレクセイ皇太子殿下が医局を訪れたの。
そこでね。
「ケルナー、大義であった。また、王宮医局に戻ってはくれぬか? 医局長の座を用意したい」
なんと皇太子自ら頭を下げたのよ!
三日で元に戻った無精髭姿のケルナー先生に対して!
そもそも、元々王宮医局の方だったのね、ケルナー先生って。
でもね、先生はこう言ったの。
「恐縮至極にございますが、我は庶民に医学を施す方が性にあっているのです」
そう言って、お断りされたわ。




