第109話 アテネア大通りのパレード
二十四時間後
二名、亡くなられてしまったわ。高齢の方と、三日前に入院された方よ。
ご家族が嘆き悲しむ姿をしっかりと受け止めたわ。
あと、十名。これ以上、亡くなる姿は見たくない。
「先生、お馬さんは…?」
早く、治療薬が欲しいわ。
「さっき、二回目を投与した。明日、もう一度様子をみる」
四十八時間後
「人工呼吸器、効いてるな」
「そうですの?」
相変わらず、患者さん達はぴくりとも動きませんけれど…。
「死人がゼロになった」
「これまでは?」
「もって三日だ」
「改めて、恐ろしい病気ですのね」
私たちの他に、ご家族やご友人の方々がお手伝いに来てくれているの。
二十四時間体制で呼吸を補助して、その…出る方から栄養を入れているのよ。
お馬さんは二回目も耐えたみたい。
明後日、三回目を試すらしいわ。
三日後
変化なし。ご家族の疲労がたまり始めているわ。何か栄養を…あ。
四日後
「山羊ならいい感じに熟成しとるぞ」
流石ヨハン辺境伯。解体して冷暗所に保管してくれていたのよ。
「ちょい、カビが生えてきたがの。このまま生ハムにでもするか?」
「いえ、ソーセージ菌を打ち込んだので、加熱したほうが無難ですわ」
「では、ステーキにでもするか」
「ええ、ご家族の皆さんに振舞いたいわ」
一方、ケルナー先生がお馬さんに三回目の投与をしたわ。
これが成功したら、抗体ができた…ってことになるみたい。
五日目
「山羊さんごめんね、ちゃんと食べて供養するからね…」
エラリーさんってばもしかして信心深いタイプかしら。
一応補足しておくと、犠牲になったネズミさんと蛇さんと鳩さんは大使館のお庭に埋め…埋葬しました。ちゃんと。猫さんはエラリーが飼ってます。
ところで。
「かたい」
あ、あのシオンが「うまい」以外の感想を述べるなんて!
確かにめちゃくちゃ固いんだけどね。
「嬢ちゃん、火を通しすぎじゃねぇか?」
ケルナー先生が言ったわ。
「ですが先生、この子ソーセージ病で亡くなられたのですし、加熱はしっかりしないと」
ソーセージ菌の毒素をぶち込んだのは私たちだけど。
「あの、フランソワ先輩」
ちなみにフロリーナってば最近は普通に砂糖食塩水を出口にぶち込むようになったわ。私もだけど。人って何でも慣れるのね。恐ろしいわ。
「圧力鍋を使えば柔らかくなるのでは?」
「アレは…爆発のリスクがあるのよね」
「なんだよ、アリアじゃ旧式の圧力鍋を使ってるのか?」
ダニエルさんだったわ。お肉屋さんの。お手伝いに来ていただいたの。リルさんの仇討ちだ、って。
「旧式?」
「コンスタンの圧力鍋は爆発しねぇぞ。何しろダマスカス鋼を使ってるからな」
ダニエルさんが一度ご自宅に戻られて、圧力鍋を持ってきてくれたわ。
「これがダマスカス鋼?」
「そうだぜ。待ってろ」
調理に一時間ほど。
「うまい!」
シオンが絶賛したわ。私も一口。
めちゃくちゃ柔らかいわ!
そういえば、圧力鍋って100℃以上の高温になるのよね、確か。
100℃以上…以上。
「試す価値、あるかも」
とりあえず今は山羊さんを頂きましょう。供養ですから、供養。
六日目
「試すぞ」
ケルナー先生がお馬さんから抜いた血を持ってきて頂いたわ。
牛痘と同じやり方を試してみたの。患者さんの腕に傷をつけて、お馬さんの血を直接塗り込むのよ。
「お願い、効いて…」
つい、お祈りしたわ。
七日目
変化が無いわ。
ケルナー先生が渋い顔をしたの。
「効き目が弱いのか…。抗体はできているはずなんだが…」
「追加で投与します? あるいは、量を増やすなど」
「何とも言いがたいな…。血の相性って知っているか?」
「えっと…相性の悪い血液同士だと固まるんでしたっけ?」
「それだ。馬の血をこのまま増やすのは怖ぇ。抗体だけをぶち込めればいいんだが」
「抗体だけ…」
そもそも、抗体ってどの部分にあるのかしら。
お馬さんの血はビーカーに保管しているの。悪くなるといけないから、ありったけの氷で冷やしているのよ。
「ん?」
「どうした、フランソワ」
「なんか、血液が分離してません?」
下に赤黒い塊ができていたの。その上に黄色っぽい、透明な液体が溜まっていたわ。
「ああ、血清だな」
「これが血清ですの?」
解剖学の本で読んだことはあるけれど、実物を見るのは初めてよ。
「これ、打ち込んでみるのは?」
「は?」
ケルナー先生が変な顔をしたわ。私も変なことを言ってる自覚はあるけれど。
そしたら、ダニエルさんがこう言ったの。
「ああ、それ。血を置いとくと出るやつだろ。血入りソーセージを作る時に出てくるんだよな。店によっちゃ混ぜるし、捨てるところもある」
「…やってみるか?」
ケルナー先生が注射器を用意したわ。
比較したかったから、ご家族のご承諾を得て、先に五名だけ。
血清を注射器で投与。
八日目
変化なし。ひとまず、血清を打ち込んですぐに状態が悪くなる、ということは無かったわ。一安心ね。
九日目
奇跡が起きたわ!
一人、一番若い方が瞬きをしたの!
それも、血清を打った方よ!
まだお話はできる状態ではないけれど…これって回復している、ってことよね!
十日目
二人目、今度は指が僅かに動いたわ!
こちらも血清を打った方!
一番若い方は、苦しそうだけど言葉を出したの! まだ、あ、う、くらいだけれど!
「決まりだな」
ケルナー先生がそう言って、残りの五名にも血清を投与したわ。
これで、きっと…!
十一日目
一番若い方はとうとう自発呼吸を始めたわ!
嬉しい、本当に…回復までもう少しだわ!
十二日目
一番若い方をケルナー先生が診断したわ。
「喉、動かせるか?」
「あー、うー」
「よしよし、喉の機能が回復しつつあるな…。無理しなくていい、ゆっくり休め」
ちなみにまだお尻から砂糖食塩水よ。
「ちゃんと会話できるようになるまで、経口摂取は厳禁だ。喉が動いていねぇってことだからよ」
確かに嚥下障害を起こすわね。ここで肺に液体が入ったりしたら元の木阿弥だし。
追加で血清を打った方も、次々と反応を見せているわ。
もう少し…もう少しのはずよ!
十三日目
「み、みず…」
若い方がとうとう単語を話したの!
「よし、一口言ってみるか。砂糖水ばっかで飽きただろ。奮発して蜂蜜を入れたぞ。まずはスプーン一杯だ」
ゆっくりと、啜るように、大事そうにそれを口に含んだわ。
「う、うまい」
「そうだろ、そうだろう…。今日はこれだけにしておけ。この調子なら、明日にはもう少し飲めるはずだ」
十四日目
「あ、ありがとう…ございます…ほ、ほんとうに…なんていえば…」
若い方はもう、完全に言葉を取り戻したわ! フロリーナ、泣かないで。私だって目頭が熱いんだから!
「よく頑張ったな、お前さん。もう大丈夫だろう。コップに蜂蜜水を用意したぞ。ゆっくりだ…ゆっくりだぞ。むせるからな」
「ん…ん…う、うまい…い、生きてて良かった…」
「ああ、そうだ、その通りだ。生きてるってのは最高だよな。少しずつ食事に慣らしていくぞ」
「は、はい…先生、ありがとう…!」
十五日目
ほとんどの人が何らかの反応を示してくれたわ!
一番若い方の他にも、言葉を発する方が現れたの!
若い方はミルク粥をゆっくり、慎重に食べたわ。これで例のアレからも卒業ね!
「胃が弱ってるからな。急ぐんじゃねぇぞ」
そうだったわ。極度の空腹の中で食料を入れると胃が持たないのよね。
ゆっくり、慎重にならなきゃいけないわ。
そして、十八日目。
◇◇◇
「こういうのってさ、インパクトが大事なんだよ。流石に兵装は刺激が強すぎるけれど、全員軍服で整列!」
「承知しました、エラリー様!」
「はっは、エラリー殿も中々の将器だの!」
いえその…肩にも首にも胸元にもじゃらじゃら徽章を付けたヨハン辺境伯に言われても説得力が無いと言いますか。
何してるのかって?
今から王宮へ乗り込むのよ。ソーセージ病の治療法が確立したって報告。
「楽しみですわね、フランソワ先輩!」
フロリーナが楽しそうだわ。彼女は水色の最新ファッションよ。私やエラリーと同じく美脚をお見せしているわ。
「なぁ、俺も行かねぇとダメか?」
ケルナー先生、テールコート姿がとても…似合ってないわね…。おひげの剃り跡も生々しいわ。普段は無精ひげそのままだし。
「そんなことをおっしゃらず! 今日は私のエスコート、お願いしますね。フランソワはシオン、フロリーナはヨハン辺境伯、この組み合わせでいくわ!」
エラリーさんがとっても元気なの。この前のレセプションがよっぽど楽しかったのかしら。
◇◇◇
前回は正式なレセプションだったし、少人数だったから馬車で行ったけれど、今回はお披露目が目的だから、歩いて行くことにしたの。
アリア大使館を出発して、アテネアの大通りを行進して、最後に王宮、って流れよ。先頭のフェンリル・ベルク兵には国旗を掲げていただいたわ。アリアとフィヨルド、そしてコンスタンの三本よ。続けて、儀式用の軍装を着込んだ兵が二十名。
その次にヨハン辺境伯、ケルナー先生、そしてシオンの男性陣。続いて、私たち女性陣、その後ろにはね。
「無理しないでくださいね?」
「大丈夫です、車椅子ですし…。皇太子様に会うのは緊張するけど…」
一番に回復した、一番若い方よ。サンチェスさんと言うの。
まだ歩くのは難しいから、車椅子だけれどね。
車椅子を押すのはマルゴにお願いしたわ。マルゴも大活躍だったからね。
そのあと、残りの全員…三十名の儀装兵が続くのよ。
派手すぎじゃない?
「このくらいがちょうどいいんだよ。ソーセージ病、あるいは缶詰病を解決した英雄だよ、コンスタンに私たちの噂をばら撒かないと! あと、アリアからも記者が来るからね」
「なんで?」
「そりゃ、気になるでしょ、聖女が今何やってるのか、って」
その聖女様、今日もお尻にチューブを突き刺してましたけど。
「でも、アリアから簡単には来られなくない?」
「だから三日待ってもらったの。昨日、アリアからの直行便が到着したんだよ。まだ臨時便だけど」
「よくそんな情報を…」
「街の人はみんな知ってるけどね。フランソワがずっと医局にこもってたから」
そうね。
「それじゃ、パレード開始! ほんとは音楽隊も欲しいけれど、贅沢は言ってられないよね。進軍ラッパで我慢しましょう!」
先頭の兵が、誇らしく進軍ラッパを吹き鳴らしたわ。わらわらと沿道に人が出てきたの。
「ありがとう!」
「聖女様万歳!」
「アリア万歳!」
「コンスタン万歳!」
「あそこはどこだ…?」
「バカ、フィヨルドだよ!」
「ふ、フィヨルドばんざーい!」




