第108話 当時は点滴はありません。なので〇〇から。〇〇。
「おい、嬢ちゃん」
「はい、なんですの?」
ダニエルさんから最高級の羊腸を預かって、革用品店に立ち寄って皮袋(山羊の睾丸袋よ)を手に入れたところよ。
私、羊腸って初めて見たけれど、塩漬けにしたものなのね。塩の結晶がキラキラしていて、なんだかとってもお洒落だわ。触った感じは生々しい…ぶよぶよした触り心地よ。
色はピンク色だと思っていたんだけど、真っ白なの。余計な脂とか肉をぜーんぶ削ぎ取ったらこんな色になるらしいわ。これを塩落としすると、透明で丈夫なチューブになるらしいの。
「ソーセージ、作れるか?」
「いいえ。でも、メイドのマルゴなら作れると思いますわ」
「ちょっと呼んでくれねぇか? 扱いに慣れた奴の方がいいだろ」
「では…ちょっとマルゴを呼んでいただけます?」
「はい、フランソワ様!」
護衛のフェンリル・ベルク兵の一人が駆け出して行ったわ。常に五人から十人くらい、私の周りに付いてくるのよね。もう少し少なくしてもらおうかしら。結構気を遣うのよ。
◇◇◇
マルゴとはケルナー先生の医局で待ち合わせて、作業を開始したわ。
フロリーナは引き続き、風魔法で呼吸の補助よ。
流石のフロリーナも船を漕ぎ始めたから、早く作ってあげないと。
「ケルナー先生、皮袋との接合は裁縫の要領でよろしいですか?」
流石マルゴね。呑み込みが早い早い。
「結び目から空気が漏れねぇか? 皮袋を上に被せて縛り付けるのは?」
「羊腸が柔らかいので、いい塩梅で内腔を確保するのが難しく。接合部分だけでも、固めのジョイントがあれば良いのですが」
「と、言ってもなぁ…」
「あのぉ…」
フロリーナが眠そうに言ったわ。
「フルートなどは…?」
半分寝ぼけてそうだけど、悪くないアイディアね。フルートだと高すぎるけど。
「先生、竹はありますか?」
「探せばあると思うが…笛なら葦笛はどうだ? その辺の雑貨屋で安く売ってるぞ」
「あの…」
「承知しました!」
フェンリル・ベルク兵ってば訓練されすぎじゃないかしら。
三分で帰ってきたわ。なんで息一つ切らしてないの? やっぱり軽いから?
「音孔が邪魔じゃねぇか?」
葦笛を見て、ケルナー先生が言ったわ。要するにリコーダーよ。
空洞があって、指で押さえる音孔があるの。
「数センチで充分ですわ。音孔のない部分を切り取りましょう。葦笛の両端に羊腸と皮袋を被せて、麻糸で縛れば密封できるかと」
「それで頼む」
するするとマルゴが加工したの。手際が良いわ。注射器の部分も麻糸で縛り付けたら完成よ。
一時間もしないうちに、患者さん全員分の人工呼吸器が完成したわ。
◇◇◇
「よし、試してみるぞ」
「分かりました」
人工呼吸器を手にして、配置についたわ。
「呼吸のタイミングを合わせるんだ。いち、に、で吸気、さん、し、で呼気だ」
いち、に、で注射器を押す。患者さんの胸が膨らんだわ。
さん、し、で口元から皮袋を外すと、自然に凹んだの。
「成功だ! あとはこれを回復するまでひたすら、だな」
「先生」
「なんだよ」
「自分で作っておいてなんですけど、これをずっとやるのは苦行ですわね?」
「そうだな」
「はい」
「…人、集めるか」
「お願いしますわ」
「我々もお手伝いいたします!」
フェンリル・ベルク兵も意気揚々だわ。
「お願いしますね。でも、パワーはいらないから。あなた達が全力出したら肺が潰れるわ」
「そんじゃ、次の手だな」
「次の手ですか?」
「そうだ。と言っても、これはいつもやってるんだがな」
ケルナー先生がそう言って、別のチューブを取り出したわ。こっちは使い込んでいる感じね。同じ羊腸みたいだけれど。
「ほら」
患者さんのズボンを一気に下ろしたの!
「はい!?」
「あらまぁ」
マルゴ、なんでそんなに平然としてるの!
「殿方様の陰部くらいで動揺していたらメイドは務まりませんわ」
そんなことないと思う!
「せ、先生、一体何を!?」
「栄養補給だよ」
そう言って…これ見るのも嫌なんだけど、チューブをアレに突き刺したわ!
あの、排せつ物を出す方に!
「食塩水だ」
「食塩水だ、ではないですわ!」
「バカ、栄養補給しないと死ぬだろ」
「り、理屈は分かりますが…! ど、どうしてその…出口の方に!?」
「普通にケツって言えばいいだろ」
「そんなはしたない事できませんわよ!!」
「アレだよ、直腸から吸収させるんだよ」
「げ、原理は分かりますけど! で、でも先生、それだと栄養が無いのでは!?」
「どういうことだよ」
「し、食塩水は分からなくも無いのですが、カロリーが足りません!」
「俺もそう思ってよ、昔はスープをぶち込んでいたんだが」
「スープ!?」
「ブイヨン」
「なんで!」
「油と肉が普通に垂れてきて意味が無かった」
「当たり前ですわ! 栄養素の吸収は小腸で行いますのよ、大腸と直腸は水分を吸収するんですよね、だからお腹を下した時にあの…水っぽいのが出るらしいです!」
「下痢って言えばいいだろ」
「ですからはしたないと!」
「フランソワ先輩…あの…私…」
あら。フロリーナが真っ赤になっているわ。
その割には陰部をガン見してるわね。
「その…男の人の…初めてで…も、もうお嫁に行けませんわ…」
「フロリーナ様!」
「気を確かに!」
「お気になさらず! 我ら全員ついております!」
どっちが?
「フランソワのお嬢ちゃんよ、つまり食塩水だと栄養価が足りないってことか? 確かにカロリーが無い気はしてたんだが」
「さ、砂糖水はどうですの?」
「砂糖か…確かに、タダの水だと吸収が悪いんだよ。そのまま出てくるからよ。砂糖水は試したことがねぇぞ」
「生々しすぎますわ」
「で、食塩水にしたら上手く行った。比率はだいたい1%だな」
「ケルナー先生、昔耳にしたことがあるのですが、極度に疲労した時は食塩水と蜂蜜水が効くと」
「マルゴさんよ、それ、行けるかもしれねぇ。食塩+砂糖なら上手く行くかもな!」
と言う事で食塩砂糖水をさっ、と作ったの、先生が。
蜂蜜が手元に無かったからね。砂糖で代用、ってこと。
「よし、やるぞ。マルゴさんよ、手伝ってくれ」
「分かりましたわ。挿せばよろしいので?」
「その通りだ」
マルゴってばどうしてためらいもなくその…菊のお穴にチューブを挿せるのかしら!
「よし、行くぞ。こんなもんか。よし、次」
マルゴとケルナー先生はあっという間に(男女関係なく!)お尻から栄養をぶち込こんでいったわ。フロリーナは魂が口から抜けていたわね。
ちなみに補足しておくけれど、直腸投与、って言って、一応…治療行為なの、一応…。
※作者註:点滴が普及する以前、直腸から水分や栄養を投与する治療は実際に行われていました。あくまで治療です。あくまで。




