表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/214

第107話 人工呼吸器

「どう、フロリーナ?」

 明け方にコーヒーの差し入れを持っていったわ。

 投与してから、しばらくはお馬さんも平然としていたのだけれど、日が変わる頃に足元がふらついて、呼吸が怪しくなったのよ。

 で、ケルナー先生の指導でフロリーナが風魔法を使い始めたの。

 そこから、ずっと風魔法を使い続けているの。

「苦しそうですけれど…頑張ってくれていますわ」

「フロリーナもね。魔力、大丈夫?」

「抑えていますから。ほとんど使っていないようなものですわ」

 とは言いつつ、馬の呼吸に合わせて吸気と呼気を繰り返しているのよ? こんな繊細な魔力の使い方があるなんて、正直信じられないわ。


 その前に、フロリーナの風魔法を自然哲理で解決できないのかしら。人工呼吸器、とでもいえばいいのかしらね。吸気はまだできそうだけれど…吹子のようなもので代用すれば。問題は呼気よね。入れるばっかりじゃ、結局呼吸が成立しないし、下手したら肺が破裂してしまうわ。

 吸う…吸う。

 鼻に吸気を入れて、口から呼気を促す…例えば。排気口を密閉して、一時的な真空状態にするとか。作ってみようかしら。金属製より革製の方が馴染みは良さそうよね。それなら、吸気のところも密閉して…。チューブ、そうね、チューブが欲しいわ。何か良い素材はないかしら?

 こういう時、ニコラスがいてくれたらうまい具合に作ってくれそうなのだけど…。工作、得意じゃないのよね。

 設計図だけでも書いてみようかしら。ケルナー先生のご意見も聞きたいわ。


「フランソワ先輩、それはなんですの?」

 思いついた内容をひたすらスケッチしていたの。フロリーナが不思議そうに尋ねたわ。

「あなたの魔法を科学で再現できないかしら、と思って」

「まぁ、素敵。そうですわ、私一人では見れる限度がありますもの。まさに自然哲理ですわ。この道具ができれば、どなたでも…例えば、大切なご家族の方でも呼吸を補助できる、ということですものね」

「そっか…」

 リルのお父様を思い出したわ。あの時はもう、亡くなられていたけれど…。娘のため、息子のため、ご両親のために、生命を繋ぎ止める方法を生み出せたとしたら…。

「フロリーナって、素敵な人ね」

「ふふ、フランソワ先輩。あんまり褒めると付け上がりましてよ」

「いいと思うわ、そのくらいで…。落ち着いたら、設計手伝ってもらうから」

「ええ、もちろんですわ。先輩」


 やがて薄明が訪れて、日が昇ってきたわ。

 私もフロリーナも、つい、うとうととしてしまったのだけれど…。

「ひひーん!」

 びっくりして飛び起きたわ!

 お馬さんが元気に立ち上がったの。

「おし、初回投与は成功だ!」

 ケルナー先生がガッツポーズをしたわ。

「これで抗体ができたんです?」

 いや、とケルナー先生が首を横に振ったわ。

「種痘…と言うべきなのかは知らないが、まだ未完成のはずだ。今日は様子を見て、明日改めて毒素を打つ」

「何日くらいかかりますの?」

「三回くらいは試しておきたい。となると、一週間くらいは必要か」

「時間がかかりますわね…。その間に、患者様が耐えます?」

「それなんだよな…」


 でしたら、とフロリーナが手を上げたわ。

「昨晩のように、患者様の呼吸を私が補助して差し上げるのは?」

「嬢ちゃん、昨日も徹夜だろ。ここから何日かかるかわからねぇ。しかも患者の数は十名以上だ。一人じゃ無理だぜ」

「それなら、こんなものを考えたのですが」

 さっき描いたスケッチを見せたわ。

「これは?」

「人工呼吸器ですわ。人工的に空気を送り込もうと」

「どういう構造だ?」

「鼻から吸気して、口から排気を促しますの」

「この…鼻のポンプで空気を送るのか。だが、口から吸いだす必要はないな。空気を入れさえすれば、肺の動きで勝手に排気されるはずだ」

「そうなんですの?」

「ホントに医学は素人だな…。まぁいい。それなら、吸気を口にした方がいい。そっちの方が吸いやすいはずだ」

「では、鼻の方は?」

「布で押さえときゃ良いはずだ。多少は空気が抜けるかもしれないが、許容範囲だろう。それより、どうやって作る?」


「それが、素材に悩んでいまして。なにかチューブ状のものがあればいいのですけど」

「そうだな…ソーセージ病の治療なんだ。ソーセージを使うか」

「ソーセージ…つまり、腸をチューブがわりに?」

「そうだ。ポンプ部分は注射器で代用できるんじゃねぇか? 口元は…睾丸、要するに皮袋でも使ってみるか」

「皮袋を口に密着させるんですか?」

「そうだな。ただ、自発排気をどう促すか…」

「本来なら弁を付けて、吸気と脱気を分けたいのですが」

「作れるやつがいるのか?」

「いいえ。いっそ口から離してしまおうかと」

「吸気を送り込んで、その後皮袋を口から離して、自然排気させる。その後、もう一度口元を抑えて吸気させる。ってことだな」

「そんな感じでよろしいかと」

「いけそうだな。よし、ダニエルに作らせよう」

「ダニエル?」

「嬢ちゃんが初めて来た時にいた、リルの親父さんだ。俺から伝える。娘の恨みを晴らせってな。あいつ、老舗の肉屋なんだよ」

「そうでしたの…」


「とはいえ、多少は時間が必要だ。それまでに呼吸が完全に止まったらアウト…。どうするか」

「私の風魔法を使いますわ。いいでしょう、フランソワ先輩?」

 フロリーナよ。

「すごく嬉しいけれど、大丈夫? 無理してない?」

「少しは休みましたわ。それに、私もお役に立ちたいのです。私が風魔法に恵まれたのも、この時のためかもしれませんわ」

「フロリーナとかいう嬢ちゃん、とはいえ人数が多い。危険なやつだけに注力してくれ。危ないのは唇が青くなっているやつだ。酸欠の危険状態だと考えていい。それ以外のやつはギリギリ呼吸ができてるはずだ」

「承知ですのよ」

「それじゃ、しばらく頼む…。行くぞ、フランソワ」

「わかりましたわ」


◇◇◇


「ケルナー先生、家族総出で作ったぜ…! 頼む! もうこれ以上、犠牲者を出さないでくれ…!」

「任せろ、ダニエル…。あと、礼ならこの嬢ちゃんに言ってくれ。俺一人じゃどうしようも無かった」

「嬢ちゃん…!」

「フランソワと申しますわ、ダニエルさん」

「フランソワさんよ、頼む、俺の恨みを晴らしてくれ…!」

 しっかりと両手を握られたわ。

 まるで神に祈るように。

「ダニエルさん…。私、絶対ソーセージ病に勝ってみせますわ」


 後にダニエルは回想したという。

 あれが経典にある、聖女なのだろうか、と。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ