第106話 ここからが本番だ(byフェンリル・ベルク兵)
翌日よ。牛の手配が思ったより難航しちゃって、王宮への通達はジャンドル大使に依頼したの。ひとまず簡潔な内容で、『例の病は缶詰が発生源の可能性高し。喫食を控えるよう』とだけ送っておくわ。医局に乗り込むのは治療法を確立してからにしましょう。
なのだけれど。
「牛、手配できません!」
エラリーが音を上げたわ。どうも牧場がほとんど無いみたいなの。
なので。
「山羊ね」
「本当に効くの?」
「やってみないと…」
効いてほしいんだけどね。そうこうしているうちにケルナー先生が到着したわ。
「噂には聞いていたが…立派な大使館だな?」
「ですよね。私も想定外でしたわ。あと、牛はいませんでした」
「だろうなぁ…。山羊か。とりあえず、やってみるかね」
「ちなみに、どうするんです?」
「缶詰をそのまま食わせると即死するからな。加熱して毒素を弱めたものを用意する」
「それでは意味がないのでは?」
「加熱が甘いと毒素が残るんだ。俺の経験上、無毒化には100℃で五分だ。今回は二分で加熱しよう」
「先生、少しお待ちを。私もアリアで実験しましたけれど、仮に細菌を加熱したとしても、放置したらまた増えますのよ」
「お前さん…ホント執念の塊みたいな女だな。確かに言う通りだ。加熱しても数時間放置したらまた毒素を出しやがる。おそらく、加熱では完全には消滅しないらしい」
「あ、そういうこと?」
エラリーが何かに気づいたわ。
「だから瓶詰にお酢を入れたわけ?」
「そういう事よ。加熱して無毒化した後に酸性にすると、繁殖が抑えられる、と考えているわ」
「そりゃ、いいことを聞いたな。ザワークラウト漬けにでもしてみるか」
「それならまだ食べられそうですね」
「あの、先輩。つまり私が提案した、トマトソースって」
「完璧、ってことよ、フロリーナ」
「嬉しい! 先輩に褒められるなんて!」
「話が脱線してるぞ。ほら、二分経った。注射器寄越せ」
「経口ではなく?」
「胃酸でやられるだろ」
「確かに…ちょっと待ってくださいませ、となるとソーセージ菌自体は酸に弱いけれど、『毒素』自体は酸に強いと?」
だって、胃酸で毒素が消えるなら誰もソーセージ病にならないんですもの。
「あー、そうなるのか? そこまでは研究できてねぇな」
そう言いつつ、山羊さんに注射器で弱毒化した毒素を打ち込んだわ。
手慣れているわね…迷いが無いわ。私にはできない技よ。
それから、十数分過ぎたかしら。
◇◇◇
「め、めぇ…」
山羊さんの辞世の句はそれだったわ! ダメ、すぐに目が虚ろになって、四肢から力が抜けるように崩れて、どしん、と倒れて口から泡を吹いて、恨めしそうに私を見て、最後に「め、めぇ…」って。後味が悪すぎる!
「…ダメでしたね?」
「ちっ、次だ! 他の動物はいねぇのか? 人間とは構造が違うやつ!」
「ど、動物は全部同じでは?」
「じゃあなんで犬は玉ねぎが食えないんだよ!」
「なるほど?」
動物によって毒耐性が違う、と言う事ね。
「な、何かいるかしら?」
そうだな、とヨハン辺境伯よ。
「お前たち、なんでもよいから動物を捕まえてこい」
「御意に!」
五十名の精兵が大使館中に散らばったわ。めちゃくちゃ速いのだけど。
「普段は重装だからな。軽装だと速いのだ」
あれですね。
重りを外して「これからが本番だ」ってやつね?
で、ほんの五分で。
「ネズミです!」
即死よ。
「蛇です!」
これもダメ。
「猫です!」
「だめーーーー!」
え、エラリー、なにするのよ!
「ネコちゃんは可愛いからダメ! 絶対ダメ! 私面倒見るから!」
どっちが猫なのか分からない感じでエラリーに威嚇されたわ…。
「つ、次の動物は?」
「鳩です!」
どうやって捕まえたの!?
「フランソワ?」
「どうしたの、エラリー」
「そろそろバチが当たるよ、死屍累々じゃん!」
「く、供養すれば…供養するから大丈夫よ!」
何が大丈夫なのか分からないけれど。
「神主も司祭もいないんだけど!」
「司祭はムカつくから神主さん、今度神主さん来てもらいましょう!」
「おい、早く鳩を寄越せ。ドルイドで良ければその辺にいるぞ」
「いえ、ちょっと…ルグ教の洗礼を受けておりませんので」
「細かいことを気にするんだな。お?」
「鳩さん、耐えてます?」
「様子を見るか…」
ダメでしたわ。
「でも、一番耐えましたわね!」
「鳥類だな! 他にいないか!?」
「カラスです!」
だからどうやって捕まえたの!!
「カーッ! カーッ!」
カラスって頭もいいし結構強いのよ、割と大型だし!
「元気に飛び去って行きましたわ!」
「飛ばねえやつ! 飛ばねぇやつ!」
「大使館で飼育している鶏がおりましたが…」
「どうしてそれをもっと早く出さないの!」
なのだけれど。
「鶏もダメじゃん!」
「で、では馬が…」
「ヨハン辺境伯?」
流石に尋ねたわよ、馬って貴重だから。馬車にも軍用にもなるのよ?
「やむを得まい」
と仰って頂いたから、恐る恐る毒素を注入したの。
◇◇◇
結論だけ言うわね。
「馬だったな」
「そうですわね」
私もケルナー先生も、羽毛だらけなんだけどね? 鳩とカラスと鶏の。無駄だったけど。
「だが、ここからが本番だ」
羽毛まみれのままでケルナー先生がおっしゃったわ。
「この後、何らかの症状が出るはずだ」
「患者様と同じ…ですか?」
あの、目が虚ろで硬直する感じよね。
「そういう事だ。まずは今晩耐えられるかを見なきゃいけねぇ」
「耐えられなければ?」
「やり直しだな」
「では、私が一晩面倒を見ますわ。何が必要ですの?」
「弱毒化させたとはいえ、ソーセージ病であることは変わらない。呼吸の確保が必要になるが…」
「どうやるんです?」
「どうするかな?」
「では、私の出番ですわね。私の風魔法で呼吸をサポート致します」
フロリーナが言ったわ。
「お嬢さんは風魔導士か。なら丁度いいな。一晩頼む。俺も今日はここに泊まらせて貰うぜ」
ケルナー先生がそう仰ったわ。




