第103話 中世までの医学は呪術とあまり変わりません
レセプションホールから場所を変えて、案内されたのは王立の医局だったわ。ヘルダーとかいう宮廷医師は困り果てた…様子はなくて、むしろ憮然としていたわ。
「アレクセイ皇太子殿下、この様な女子に神聖なる医局へ足を踏み入れさせるなど…」
「よい、ヘルダー。ちょっとした余興よ。フランソワ殿、好きに診断すると良い」
「診断の必要はありませんわ」
「ほう、匙を投げるか」
「いいえ。一目で分かりますわ。ソーセージ病です」
だから本末転倒なんだってば!
ソーセージ病を調べたくて図書室に入りたいの! わたしは!
なのだけど。
「ははははは! これはこれは、何だねその珍妙な病名は。ソーセージが毒を撒き散らすというのか! これはどう見ても魔力欠乏症である。体内の魔力が不足し、心身を衰弱させておるのだ!」
ヘルダーがもっともらしいことを言ったわ。医学と呪術を混同されているのかしら?
「それで聖水を四方に置き、むせかえる様な香料を炊いているのですね?」
「ほう、多少は見るところがある様だ。その通り、魔力の外部補給を行なっておる」
「では、回復された方はいらっしゃるの?」
「お、おるぞ。まだ1名だが、そのうちここにいる全員が魔力を取り戻すだろう!」
むしろその一名の話を聞いてみたいわね。ともかく。
「アレクセイ皇太子殿下、この病を解決すればよろしいのですね?」
「その通りよ。目処があるのか?」
「ありませんわ」
「なんだと…?」
「これから探しますのよ、自然哲理学の方法で」
「で、息巻いて出てきたはいいけどさ」
マルゴの馬車に戻って作戦会議よ。
「…飯は?」
「シオン、あとで何か作るから」
「フランソワって料理できたっけ?」
「包丁で切って焼けばいいのよね?」
「そんな訳ないでしょ!」
「お嬢様、シオン殿の料理は私めが…いえ」
マルゴが意味深な笑みを見せたわ。
「領事館に戻りましたら、簡単なレシピをお教え差し上げますわ」
「ふーん?」
なんでエラリーまでニヤついてるのよ。
「シオン…」
「ど、どうしたんすか、セシルさん」
「妹に手を出したら…わかってるな?」
お兄様?
「それで、どうしよう。誤算だったよ、昨日の病気がこんなに広がってるなんて」
「そうね…まずは原因の特定かしら。ソーセージ病に罹った人の追跡調査…なんてどうかしら?」
「そもそも、なんで感染るの?」
「伝染病なら、感染経路はだいたい決まっているわ。空気か飛沫か経口よ」
「どれ?」
「今の段階ではなんとも。明日は朝一でケルナー先生のところに行かなきゃ」
「ヘルダーとかいうおっさんじゃなくて?」
「あの石頭が協力すると思う?」
「思わな〜い」
なんて話していたら、領事館に戻っていたわ。
「それでは、早速」
マルゴと一緒に台所に。エラリーも興味津々という様子でついてきたわ。
台所は初めてではないのよ。包丁くらいは握ったことがあるわ。
…主に実験のためだけど。
「サンドウィッチにいたしましょう」
マルゴがパンと葉野菜、それにハムを用意してくれたの。
「挟むだけじゃないの?」
「いいえ、お嬢様。料理とは心なのです、相手を思いやる愛情なのです。さ、シオン殿のために、丹精込めて作りましょう」
「はーい」
なんだか不恰好になったけれど、どうにかサンドウィッチらしきものができたわ。
「はい、シオン」
「うまい」
「シオンは良い子よね、なんでも美味しく食べられて」
そこでエラリーさんが盛大にため息をついたわ。
「愛情の方向がペットなのよね…。時間かかりそう」
「まったくにございます、エラリー様」
エラリーさん、それにマルゴ。二人で首を横に振っているけれど…なんのことかしら?
「…最近の若いのは下着で出歩くのか?」
「失礼ですわね! こちらはアリアの最新ファッションですのよ、テンジク綿の最高級品ですわ」
はい、ケルナー先生のところです。病人の数は一昨日よりも増えているみたい。若い子が多いような?
「年寄りは全員死んだよ」
そんなあっさりと…。
「体力の問題ですの?」
「ああ、嬢ちゃんの見立ての通り、この病気は神経に作用する。呼吸系統もな」
「解剖データなどは?」
「嬢ちゃん、アリアの出身か?」
「ええ」
「向こうじゃ医学も何もかも進んでいるそうだな、一度この目で見てみたいものだぜ…。コンスタンでは、というか東側では解剖は難しいな。死者への冒涜となり、天罰が降ると信じていやがる。ビザンティオンでは刑罰もあるくらいだ」
「違反すると?」
「殺人と同じ扱いだ」
死刑、ということかしら。
「では、統計学的アプローチはいかがでしょう? ソーセージ病と言うくらいですもの、発症源はソーセージ…例えば、古くなったソーセージが毒素を出すのでは?」
「ソーセージ病の診断としては間違いないな。補足すると、『未加熱』がトリガーだ。同じソーセージでも、ちゃんと焼けばソーセージ病にはならない」
「となると、経口感染…。でも、おかしくありませんの? ソーセージを焼けば解決なのでしょう?」
「そこだよ、困ってるのは」
「原因はソーセージではない…と?」
「ああ」
「では、最後に何を食べたのかを尋ねるのは…」
「この状態でか?」
「そうですわね…」
なにしろ全員の目が虚で、話すどころか呼吸をすることすら困難という有様なのよ。ヒヤリングなんてとても無理だわ。
「ソーセージ病は昔からありますの?」
「ある。が、ここまで蔓延したのは初めてだ」
「いつからでしょう?」
「さて…ここ2、3ヶ月か」
「その時…何かが入ってきた…?」
「フランソワ、ここは私の出番じゃない?」
エラリー、ええ、そうね。
「物流網を調べてみるよ。バルトロメさん借りるね」
「任せたわ。私は他のアプローチを検討してみる」
「嬢ちゃんら」
ケルナー先生が呆れたわ。
「ホント、何者なんだ?」
「前も申し上げましたわ」
軽くウインクしてみる。
「科学者ですのよ」




