第102話 コンスタン公式レセプション
「お、俺でいいのか?」
「そっちの方がいいよ! 兄妹での登場もいいけれど、主賓が謎の少年にエスコートされている方がインパクトあるじゃない? と言う事でセシルさん、私のエスコート、お願いしてもいいですか?」
エラリーの指示にセシルお兄様が若干項垂れたわ。
「シオン…」
「な、なんすか…」
「羨ましい…」
「う、うす」
なんなの、この空間。空間というか、馬車の中なのだけれど。
「間もなくですわ」
御者のマルゴが振り返る。よし、ここから気合いを入れなきゃ。手鏡で最終チェック。お花の位置はばっちりね。化粧も紅も完璧だわ。エラリーと頷き合う。
やがて、馬車が止まったわ。恭しく、マルゴが扉を開ける。
「それじゃあ、セシルさん…いいえ、セシル様」
エラリーが一気に令嬢モードに入ったわ。
「僭越ながらエラリー殿、お手伝いいたしましょう」
セシルお兄様も流石ね。さっきまで羨ましいとか言っていた人と同じとは思えないわ。
扉の外が早速ざわつく。エラリーにかしら、それともセシルお兄様?
次は私たちの番ね。
「俺、エスコートとか初めてだけど…」
「先に馬車から降りて、左手の掌を私に差し出してくれる? あとは上手くやるわ」
「わかった」
ぎこちない感じで差し出された彼の左手に、右手を差し出す。
「そのまま…」
あえて緩やかに、おしとやかに、態度だけは公爵令嬢らしく馬車から降りる。
「お嬢様、何かありましたら」
「ええ、すぐに知らせるわ」
マルゴは外で待機になるの。万が一があれば乱入してくると思うけどね。
「シオン、左腕を貸して」
「こ、こうか?」
「そうよ」
右腕と左腕を絡める。シオン、緊張してるわ。考えてみたらこんなに近づくの、初めてよね。なんだろ、少し安心する。
「行きましょう、シオン。エラリー達についていけばいいわ」
「わかった」
ゆっくりと、私に歩調を合わせるように、シオンはゆったりと歩いてくれたわ。
心地いいな。
ふと、そう思ったの。私が異端審問にかけられた時も、シオンは手を差し出してくれたわ。その時の温かさ。それがどれだけ勇気になったことか。今もこうして…一緒にコンスタン王国まで来てくれた。
どうしてかな。
いつか、聞いてみたい気もする…。
そんな小さな幸せの時間はすぐに終わってしまったけれどね。
衛兵が屹立する中、扉の奥へと進む。
ダンスホール。コンスタン王国らしい、ドーム状のもの。天井は遥か彼方。燭台はロウソク特有の甘い香り。むせかえりそうね。換気して欲しいわ。
そして、どよめきと戸惑い。
「なんて破廉恥な…」
どこかの淑女の声が届いたわ。掴みはオッケー、と言うところかしら。
上座にはアレクセイ殿下。
そっ、とエスコートの手を離して、一団の先頭へ。
「星辰の導きと、コンスタン王国の偉大なる慈悲に浴し、今宵この栄えある列席の末席に名を連ねまする幸甚、言葉に尽くせぬほどにございます。
我はアリア皇国が北辰、シャルロイド公爵家が嫡流——フランソワ・アリエル・ド・シャルロイド。皇国の威信と、両国の永劫なる友誼を背負い、ここに謹んで拝謁の口上を述べさせていただきますわ」
そこでスカートの両端を摘んで、僅かに持ち上げる。当たり前だけれど、スカートをつまむと『丈が上がる』のよね。サービスよ、よーくご覧になって。うら若き乙女の生足なんて滅多に見られないんだから。結局、膝下くらいまで持ち上げる格好になりながら、最敬礼。右足を前に出して膝を少し曲げることも忘れないわ。
自分で言うのもなんだけど、完璧な最敬礼のはずよ、姿勢はね。
斜め後ろでエラリーも最敬礼。彼女はスカートを摘まず、両手を前に置いたまま。…悔しいけど、胸元のアピールには最高じゃないかしら、アピールには!
そして、緩やかに顔を上げて、アレクセイ殿下を真正面に。
あら。硬直してるわ。
「な、なんと破廉恥な! お、踊り子の様な格好をされるなど…アリアではその様な破廉恥な格好が許されるのですか!?」
右手側、アレクセイから見て左側のマダムが叫んだわ。わ、わぁ…スカートがとても長いわ、一人じゃ歩けなさそうな感じ。侍女が控えているから、二人がかりでスカートを持ち上げて歩くのね。帽子は羽付きのオシャレなやつ。
どう返そうかしら。
そう思った時、先に動いたのはエラリーだったわ。
「その通りにございます、マダム。アリアの最新ファッションですわ。私どもがこの衣装を選んだのはただ一つ、可憐さをお見せしたかったから。どうかご覧になって。初夏に合わせたお花を髪飾りにいたしましたの」
「かわいい…」
あら。10歳くらいかしら。窮屈そうに顔を顰めていた女の子が目をキラキラさせているわ。軽く手を振ってあげる。わあ、って振り返してくれたわ。
「お、おやめなさい…!」
その子のお母様かしら。焦るように止めていたわ。
その子にウインクしてあげて、エラリーが口上を続けたわ。
「アリアでは女子にも自由な思考が許されておりますの。これこそアリアの真髄…。我が皇国が世界に冠たる自然哲理学を発展させた理由に他なりませんわ。自然哲理学とは則ち、『興味の学問』にございます。そちらのお嬢様の様な、純粋な思いですわ。Kawaii、いい言葉だと思いますわ。それも一つの興味…。このファッションも自然哲理にございますの。
…申し遅れましたが、シャトーブリアン男爵家のエラリー・ド・シャトーブリアンと申します。こちらは真夏にも着やすい、テンジク綿を使用しておりますの。上質なシルクの着心地は確かに肌触りが良く、高級品であることは間違いございませんが、夏の汗ばむ時期は、汗の吸収が早く、すぐに乾いてサラサラとした着心地を維持できるテンジク綿こそ最適。
アリアが誇る貿易ネットワークと、製綿技術、それに数多のファッションデザイナーの力が為せるものですわ。可愛さと機能性を両立させる…これこそ科学、これこそ自然哲理にございます」
「…あいわかった」
アレクセイ殿下が重々しく宣ったわ。飲まれない様に、威厳を損ねない様に…あえて重々しい感じに仕立てたわね。
「単刀直入に尋ねよう、フランソワ殿。我らに不足するものは何か?」
「不足ではなく、余計なのですわ」
そこでわざとらしく、にこやかに笑って見せたわ。
「余計、とは?」
「伝統と常識ですわ」
「ぶ、無礼な!」
今度は左手側…アレクセイから見て右側の男性から。さっきから気になっていたのだけれど、アレクセイの右側に男性陣、左側に女性陣を固めているのよね。確か…男女が同じ場所でパーティーをする文化ってアリア特有の風習だった気がする。
つまり、ガワだけ真似てみたというところかしら。
「我らコンスタンの伝統を侮辱するか!」
すっ、とお兄様とシオンが前に出て、軍刀の柄に手を添える。やだ、ちょっとシオンってば黙ってたら格好いいじゃない。お顔はお腹すいた、って言ってるけど。
「名乗りの遅延をお詫び申し上げる。我はセシル・アリエル・ド・シャルロイド。同じくシャルロイド公爵家の嫡流である。右に控えるのはシオンと申す者。卑賤の出ではあるが、一騎当千の武者である。
さて。
貴国では神聖なるレセプションの場において怒声をあげ、客人を威圧するが礼儀と申すか? であれば、それ相応の応対を行うまで」
「控えい、ロイド。少し風に当たってくると良い」
「あ、アレクセイ皇太子殿下、しかし…!」
「くどい!」
「は…はっ、御心のままに」
ロイドと呼ばれた、怒声をあげた将校がきっ、とこちらをひと睨みしてから退室したわ。コンスタン王国も一枚岩ではなさそうね。
「部下が失礼をした…。伝統が余計とは如何に?」
「アレクセイ皇太子殿下が先進的な思考をお持ちであること、充分に推察いたしますわ。本心はアリア風の男女混合のレセプションを開催したい…とお考えだったのでは?
ですが、伝統が邪魔をするのです。折衷案として、『同じ部屋に男女を置く、ただし場所を分ける』そうお考えになられたのでしょう?」
アレクセイが嫌そうな顔をしたわ。割とポーカーフェイスが苦手なのかしら。
「…何をすべきと考える?」
「フランソワ様。今一度、発言の許可を」
エラリーだったわ。
「許可をします。皇太子殿下もよろしくて?」
「許可しよう」
「恐れながらアレクセイ皇太子殿下。直訴の栄誉を賜りましたこと、天に感謝申し上げますわ。けだし、伝統を捨てろと申し上げている訳ではございませんの。それは皇太子殿下のお立場を悪くされる事となりましょう。何分、人とは元来保守であるのです。であれば、その意識を緩やかに変えることが肝要にございます。具体的に申し上げても?」
「よい、申すが良い」
「知識の解放にございます。聞くところによると、このアテネア王宮には四海を覆わんばかりの蔵書を封じた図書室があるとか…。その知識を広く解禁するのです」
あらやだエラリーさんってば。さりげなく本論に切り込んでくれたわ。さっすがこういう交渉力は右に出るものがいないわね。
「……」
アレクセイが黙り込んじゃった。それこそ『伝統』の為せる技ね。
「無論、無償での解放を求めている訳ではございませんわ。何かアレクセイ皇太子殿下の御心を惑わす事態を、我らが自然哲理の力で一つ、解決せしめてご覧に入れましょう。あまねく平民にまで解放するのはリスクもございますわ。まずは褒美として、我々に入室の許可をいただきたく」
「で、あれば」
アレクセイがにやり、と口元を緩めたわ。なんだか嫌な予感がするわね?
「王都に奇妙な病気が蔓延しておる。それを解決せしめた際は、そなたらに図書室への入室許可を与えよう」
はい、本当に嫌な予感がするわ。
まぁ、当たるんですけどね!




