第100話 ソーセージ病の恐怖
そんな感じでコンスタン料理の洗礼を受けたわけよ、私ってば。そのうち文化圏による食事の傾向についても研究したいわね。とりあえずコメはあるみたいだから、醬の輸入を真剣に検討するわ。そのうちアリア料理店でも作っちゃおうかしら。
そんな話をしつつ、ウィンドウショッピングよ。まずはなんの店が何処にあるのか把握しておかないと。
「ドレスのセンスが古い気がする〜」
エラリーの言う通りなのよね。なんだか100年前の衣装を見ているような気がするわ。
「ガッチガチのコルセットね」
「わたし嫌いなのよ、苦しいし動きづらいし」
「アリアだと儀式くらいしか使わないしね」
そもそも、あのビアンカよ? ただ動きづらい、呼吸しづらい、走り回れないコルセットを好むと思う?
今のアリアだと、正装以外は着心地の良いテンジク綿を使ったハイウエストタイプが主流なのよ。コルセットは確かに体型が良く見えるのかもしれないけれど、無理に固定していて違和感しかないのよね。人体を無視してると言うか。
「女性用ズボンもないね」
「ホントだ」
私も何回か履いていたのは覚えていただいているかしら。フィヨルド初上陸の時とか、亡命作戦の時とか、とにかく動き重視の時はズボンにしているの。普段はスカートだけどね。
「コンスタンの女性は不満じゃないのかしら?」
色々探してみたら、コルセット無しの服も見つけたのだけれど…。明らかに質が悪いのよね。農夫用だと思うわ。
「ここにアリアの最新ファッションのお店を置いたら楽しくなりそう!」
「そしたら私はアリアの料理店を作るわ。スチーム&モルトのコンスタン支店を作るわよ」
スチーム&モルトはギルテニアにある、新鮮海鮮の居酒屋よ。鯖の箱詰め、もう絶品だったわ。
「わたしは遠慮しとくね?」
「だからどうして生牡蠣は食べられるのよ…」
「なんか臭うな」
唐突にシオンが言ったわ。
「におい?」
潮風しか感じないけど。
「なんか…やな感じ。薬品というか…」
言われてシオンについて行ったら、路地裏にそれはあったわ。薬屋ではなく…民間医局みたい。シオンのお鼻は犬か何かかしら?
「え、何これ…」
エラリーが絶句したの。
「これは…悲惨だな」
セシルお兄様も眉を顰めたわ。
「病人…?」
そっと近づく。
焦点の合わない虚ろな瞳、虹彩に光がなくて、虚空を見つめてて、口元からは涎が垂れていたわ。緑色の。
「嬢ちゃん、何の用だ?」
奥からのそり、と白衣の…白衣というには汚れ切って黒ずんでいるのだけど、ともかく40代くらいのおじさまが顔を出したわ。見ただけでわかるわね。お医者様よ。
「フランと言います、邪魔をする気はなかったの、ごめんなさい。茶化すつもりは無いのだけれど、ひとつお聞かせ願えるかしら?」
「あー、邪魔だ…」
「そうおっしゃると思いましたけれど、これは科学者として尋ねさせて頂きますわ。流行病か何かですの?」
「嬢ちゃんが…科学者? バカ言っちゃいけねぇぜ。最近はちょっと齧っただけで科学者、魔法使い気取りの貴族が多すぎてよ」
「神経系」
「…なんだって?」
「神経系の病気と見受けます。全員同じ症状だわ。目が虚で、呼吸も怪しい。呼吸器系の病気なら視力に問題はないはずですわ。ほら」
患者の一人に、手を振って見せる。僅かに反応があったわ。つまり、『わたしの手のひらは見えている』という事ね。
「目が虚ですが、視力自体は保持しているようですね。となると、視神経か…あるいは」
今度は顎に触れる。今度は無反応ね。
「触れても反応がない…あるいは、『触られた感覚がない』、となると神経への影響と推察いたしました。違いますか?」
「いや…あってる、その通りだ。嬢ちゃん、何者だ?」
「通りすがりの科学者ですわ。少し、お話をお伺いしても?」
「あ、ああ…」
「一旦なんの病気ですの?」
「ソーセージ病だ、間違いない」
「ソーセージ病?」
初めて聞いたわ。
「お、おいおい…お前さん、病名も知らないのに神経病だと当てたのか?」
「あいにく医者ではありませんわ。あと、私正式にはフランソワ・アリエル・ド・シャルロイド、という名前がありますわ」
「お、おい、フランソワ…」
セシルお兄様が慌てたわ。
「大丈夫です、お医者様なのですから…偽名では失礼ですわ。それで、お医者様。お名前をお伺いしても?」
「ケルナーだ。ユスティヌス・ケルナー」
「貴族様?」
「ただの貧乏貴族さ。それは良いだろ?」
「失礼いたしました。ケルナー先生はこのソーセージ病の治療を?」
「したいところだがな。これは厄介な病気だ。一度発症すると回復は絶望的…。やるせないが、ただ死を待つだけだ」
「そんな…」
その時、担架を担いだ男が二人現れたわ。
「ケルナー先生! まただ、またソーセージ病だ!」
「嬢ちゃん、少し待ちな」
患者は若い女性だったわ。多分、私と変わらないくらい…。先生が診断をしてくれたのだけれど、少しして首を横に振ったわ。
「ダメだ、もう死んでる」
「そ、そんな…」
男の一人が崩れ落ちて、慟哭したの。
「リル、リル、こ、この親不孝者が…」
お父様だったのね。思わず彼女に手を合わせたわ。せめて極楽に行けます様に…。
「嬢ちゃん」
ケルナー先生が厳かに言ったわ。
「すまねぇが、急用ができた。この子の葬儀をしなきゃなんねぇ…。また来てくれ」
「承知いたしました、先生。またお伺いしますわ」
ぼんやりと、思考。
その日の夜。ベッドの上。人の死に顔を見るのはいつぶりだろう。お祖母様が亡くなられた時…以来だと思う。あの時はでも、お祖母様、とても安らかなお顔をされていて…。幸せだったと、無言で仰っている様で。
でも、あの子は。
苦しそうに、後悔する様に、生き足りなかった、もっと生きたかったと訴えるようで。
もし、私だったら。
きっと苦しいと思う。悔しいと思う。どうして私なの、って神様を恨んだと思う。
「フェンリル・ベルクでは人の生死を考える余裕はなかったわ」
ぽつり、呟いたわ。
あの時…脱出までの僅かな時間。おそらく100名近い兵士が犠牲になったわ。私たちを逃すため…というよりは、『自分が生きるために命を落とした』の。それに、敵軍の被害はわからないわ。私だって何度もレイピアを突き刺したし…私が手を掛けた人もいたはず。でも、それは仕方ないじゃない。だって、私だって生き残るのに必死だったんだもの。他人の生死を気にしている余裕は無かったわ。
なら、どうして私、彼女のことが…リル、というもうお話もできない女の子のことがこんなにも気になるのかしら。
同世代だったから?
それとも、女の子だから?
それとも。
「理不尽…だからよ」
そう、理不尽。彼女は戦に参加したわけでも、何か罰を受ける様な事をしたわけでもない。
ただ、何かの原因でソーセージ病とやらに罹って…。それで、命を落とした。
「助けなきゃ」
そうよ、これ以上不幸な犠牲者を出したくはないわ。でも、ソーセージ病って何なのかしら。聞いたことはないのだけれど、ケルナー先生がご存知と言うことは記録にもあるはずよね。
今すぐ王立学院の図書院に行ければ良いのに。
やっぱり、アテネア王宮の図書室に行くしかないわ。情報さえあれば、解決のヒントがあるかもしれないもの。
「でも、どうやって…」
そんな感じで、眠れないままに一晩を過ごしたのだけれど…。




