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「鼓動が早いんだよね? それはね、恥ずかしいとか、オレを意識してるってことだよ」


 だから嬉しいと、雅さんは私を抱きしめた。


「ねぇ。するのはやっぱりイヤ?」


 耳元で囁かれる声。一瞬、体がぴくりと反応してしまった。

 特に、嫌だとかそういうのはない。むしろ、このまましない方が申し訳ないというか、複雑な感情が、私の中で渦巻いていた。それを正直に伝えれば、よかった、と安堵の声と共に腕が緩められた。




「それじゃあ――オレを見て」




 片手が頭に添えられ、もう片方は私の左手を握っている。徐々に近づく顔。目を閉じれば――先程と同じ、優しい口付けが落とされた。

 ゆっくり目を開ければ、潤んだ瞳の雅さんが居て。自分からしたというのに、その視線は、どこか泳いでいるように見えた。

 どうしたの? と、右手で雅さんの胸に触れる。すると、私なんかよりもすごくドキドキしていて。再び視線が交わった雅さんは、少し焦っているように見えた。


「雅さんも、緊張していたんですか?」


「そのつもりなかったけど……うん、思ったよりヤバい」


「口付けのせいで、辛いんですか?」


「辛いって言うか……自分でもこんな緊張してると思わなくてさ。一回のつもりだったけど、やっぱまだ欲しいというか」


 苦笑いを浮かべる雅さんは、我慢が苦手だな、と笑っていた。でも、無理強いはしたくないからと私から距離をとり立ち上がった。


「ひとまず、これで契約は完了だから。――他に何か、聞きたいことある?」


 言われて、私は叶夜君のことを聞いてみた。すると、雅さんの顔は曇り、あまり話したくない様子をかもしだしていた。何か思い出しているのか、重いため息をもらしながら話をしてくれた。


「今の状況はわからない。ただ……美咲ちゃんに、酷いことしたかも」


 苦い顔をする雅さん。何が辛いのかと思えば、原因は自分にあると言った。


「エメを取り返す為に、一時的とはいえ交換のために美咲ちゃんを差し出したんだ。あの時は本式が出来ているから手出しできないって鷹をくくってたけど……」


 目の前に膝まずき、私を見る。


「もしかしたら……汚されてるかもしれない」


 その意味がわからなくて、呪いのことなのかと訊ねれば、そうじゃないよと言われてしまった。


「もしされてたら、記憶が無い方がいいかもだけど。――多分、何かしらはされてると思う」


 私の両手を握り、俯く雅さん。まるで懺悔をするように、言葉を続ける。


「オレに力が無いせいで……あの時はホントにごめん。見捨てるような行動をとってしまって」


 途端、頭に過る景色。私が呼びかけても振り向いてくれない背中。そのあと、執事のような人がやってきて、そこで私は――。


「わた、し――」


 私の記憶じゃない。きっとそれは、日向美咲の記憶で。私は自分の体に起きたことを思い出し、両手で自分を抱きしめた。あの時の感覚は……恐怖だ。体に這う舌の感覚。押さえつけられる感覚。そのどちらもが鮮明に思い出され、私の呼吸は速度をあげていった。呼吸が荒くなる私に、雅さんは体を支えてくれる。


「急がなくていいから。ゆっくり、ゆっくりでいい。――ほら、ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いて」


 言われて、早まる呼吸に意識を集中する。ゆっくり、ゆっくりと呼吸を整えていく。その間にも、雅さんは背中をさすってくれて心配をしてくれていた。


「ごめん。オレが余計なこと言ったから。――全部、オレのせいだ」


 違う。私は――日向美咲は恨んでなんていなかった。それにこの体には――。


「違う、から。――もう、大丈夫」


 雅さんの腕から離れる。そして彼が気にしているであろうことを口にした。


「私は――日向美咲の記憶に、犯された記憶はないから」


 途端、間の抜けた声をもらす雅さん。意外だったのか、私の両肩を掴み、本当なのかと確かめる。


「犯される手前というか。最後まではされていません。話によると、私の血を吸血したことで情事には至らなかったと」


「それでもっ! 君に……イヤな思いをさせてしまったことには変わりない」


「そんな顔しないで下さい。確かに思い出した時は恐怖しましたが、もう大丈夫ですから」


「ホントに……恨まないの?」


「えぇ。私は恨んでない。雅さんのことも、叶夜君のことも」


 それを聞いて、なんとも言えない表情をする雅さん。だが次第に、どこか苦しいのか。再び歪む顔に、私は心配で、雅さんの顔に右手で触れていた。


「私よりも……雅さんの方が、痛そうですよ?」


「これは……自分に嫌気がさしただけ」


 私の右手を握りながら答える雅さんは、複雑な表情を浮かべていた。


「オレ以外に触れられたって聞いて……我慢ならない気持ちになってさ」


「我慢ならない?」


「あぁ。自分のせいなのに、他のヤツに触れられたのが堪らず憎い。今すぐにでも――上書きしたいほどにね」


 私が他の人に触れられたのが、それほどまでに憎いというのか。その感覚はわからないけど、同じことをしたいのかと思った私は、今出来る精一杯で答えようと思った。


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