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*****


 この状況を、上の階から眺める者が二人。吹き抜け構造のこの塔は、十階はあろうかという高さ。その最上階に、蓮華とエメはいた。


「れ、蓮華さんっ、さすがにそろそろ……」


「まだだ。せめて、事が起きるまでは待て」


「でも、こんな所にいたら気付かれちゃうんじゃあ」


「リヒトには問題無いが、長は最初から気付いているようだな」


 じろり、長がいる方向を睨む。あまり感情を表さない彼女にしては珍しく、初めて会ったエメにもわかるほどだった。


「……気付いてるのに、私たちのこと放置なんですね」


「害は無いと判断したのだろう。――だが、あのような笑みは虫唾むしずが走る」


 腕を組みながら、蓮華は雅の様子をうかがう。戦っているのは、黒くてカタチのない液体。

 時々、伸ばしてくる蔦のような部分で、雅を捕らえようとしていた。始めこそ雅が速さで勝っていたが、蔦は徐々に速度を増していく、なんとか防いでいるが、このままでは長どころか美咲にすら届かない。そんな心配が二人の脳裏をかすめた。

 ――蔦の動きが鈍くなる。まるで間合いを取るかのような動きは、何か考えがあり動いているのか。それとも――。


「っ! あのバカ」


 走り出す蓮華。出遅れたエメが見たのは、黒い蔦に捕らわれた誰か。急いで下りて行けば、相手はエメが心配した人物ではなく女性。先に下りた蓮華かと思ったが、捕らわれている人物は長い黒髪。


「近寄るな!!」


 強く叫ぶ蓮華。だがエメは、言われなくてもそんな気は起こさなかった。この黒い蔦――球体となっているそれが、自分たちにとってどれだけ害あるモノなのか、心底理解しているのだから。


「リヒトっ、お前はもっと離れろ!」


 だが上条は、なんとか従っている状態。少しでも刺激してしまえば、自分の身が危険になろうと、構わず飛び込んでいきそうな雰囲気だ。

 未だ、自由に動かない美咲の体。だが、視線を動かすことだけは辛うじてできていた。

 誰も来ないと思った。ましてやまた会えるとは。しかも、自分を置き去りにした相手が、今度は取り返す為に戦っている。もしかしたらまた……と考えないわけじゃない。それでも今は――。


「も~ちょいっ! すぐ行くから、ガマンね?」


 置き去りにする前と変わらない。美咲に向ける眼差しは、むしろ以前にも増してやわらかくなっている。どんな意図があろうと、今自分を助け出そうとしているこの姿を、美咲は信じたいと思った。


「懲りずに向かってくるか。だが――」


 ニヤリ、長の口元が緩む。僅かずつでも距離を縮めていた雅だが、ある一定の距離に来ると、それ以上先に進むことが難しくなってきた。


「アレに敵う者は――この場にいない」


 呟くと、美咲の耳元で長は続ける。


「我とて、このまま制御出来るわけではない。アレをどうにかしたいなら――」


 じわり、美咲の足元に冷気が漂う。視線を下に向ければ、黒い液体がまとわりだしていた。


「受け入れろ。そうすれば、アレも大人しくなる」


 自分が取り込まれることにより、全員が助かるかもしれない。上条ですら苦戦している現状を見れば、このままならどうなるか想像ができる。だが、それで本当に助けることができるのか。少なからず、美咲は長の言葉に疑問を抱いていた。


「別に死ぬわけではない。ただ――戻るだけだ」


 微かに、美咲の眉が歪む。それを否定と解釈した長は、深いため息をついた。


「なるほど。見殺しにすると言うわけか」


 鼻で笑うと、長はカツン、と靴を鳴らした。途端、美咲の前に走る赤い線。あまりにも早い動きに、頭は何が起こったのかと処理をするのに手間取っていた。




「ほう、四肢を貫かれても声を上げぬとは」




 走ったそれは光じゃない。とめどなく溢れ出るそれは――。




「次で、何も残らぬだろうな」




 雅の体から流れる――血だった。

 今までの動きは本気じゃない。制御が出来なくなれば、全員が一瞬で殺されてしまうと、美咲は目の前のことに釘付けになっていた。呼吸が乱れていく様子に、長は好機とばかりに畳みかける。


「悔いの無いよう、言葉をかけてやれ」


 美咲の背中に触れ、長は手を取りその場に立たせた。

 体の違和感が消えていく。もしかしたら……いや、きっとこれで会えなくなる。そう考えたら、いくら話せるチャンスだとわかっていても、美咲の思いはまとまってくれなかった。




「……っ、ける」




 発したのは雅。それは痛みから漏れた言葉でなく、美咲に向けた言葉。




「たす、けっ……今度、こそっ!」




 伸ばされる手。それを見た美咲は、胸が熱くなるのを感じた。感覚は鈍っているというのに、はっきりとわかる胸の熱。




「止めたいなら――願え」




 美咲の中で、答えは出ていた。




「わたし、は……っ」




 生きてほしい。その思いが、美咲に言葉を紡がせる。




「――――もど、る」




 それを合図に、じわり、足元から這い上がる黒い液体。先程よりも強い違和感に、視線を動かすのも難しいほど。なんとか雅を見れば、その顔は悲痛に歪み、尚も手を伸ばし続けていた。……もう、美咲にはその手を掴むことも、声を上げることもできない。だがせめてと、美咲は残っている力を集中させ――口元を、微かに緩めた。




「あああぁぁーーー!!」




「だから言ったであろう? 〝お前では届かない〟――と」




 鬼哭きこくめいた叫びに、歓喜の声が告げた。


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