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この状況を、上の階から眺める者が二人。吹き抜け構造のこの塔は、十階はあろうかという高さ。その最上階に、蓮華とエメはいた。
「れ、蓮華さんっ、さすがにそろそろ……」
「まだだ。せめて、事が起きるまでは待て」
「でも、こんな所にいたら気付かれちゃうんじゃあ」
「リヒトには問題無いが、長は最初から気付いているようだな」
じろり、長がいる方向を睨む。あまり感情を表さない彼女にしては珍しく、初めて会ったエメにもわかるほどだった。
「……気付いてるのに、私たちのこと放置なんですね」
「害は無いと判断したのだろう。――だが、あのような笑みは虫唾が走る」
腕を組みながら、蓮華は雅の様子をうかがう。戦っているのは、黒くてカタチのない液体。
時々、伸ばしてくる蔦のような部分で、雅を捕らえようとしていた。始めこそ雅が速さで勝っていたが、蔦は徐々に速度を増していく、なんとか防いでいるが、このままでは長どころか美咲にすら届かない。そんな心配が二人の脳裏をかすめた。
――蔦の動きが鈍くなる。まるで間合いを取るかのような動きは、何か考えがあり動いているのか。それとも――。
「っ! あのバカ」
走り出す蓮華。出遅れたエメが見たのは、黒い蔦に捕らわれた誰か。急いで下りて行けば、相手はエメが心配した人物ではなく女性。先に下りた蓮華かと思ったが、捕らわれている人物は長い黒髪。
「近寄るな!!」
強く叫ぶ蓮華。だがエメは、言われなくてもそんな気は起こさなかった。この黒い蔦――球体となっているそれが、自分たちにとってどれだけ害あるモノなのか、心底理解しているのだから。
「リヒトっ、お前はもっと離れろ!」
だが上条は、なんとか従っている状態。少しでも刺激してしまえば、自分の身が危険になろうと、構わず飛び込んでいきそうな雰囲気だ。
未だ、自由に動かない美咲の体。だが、視線を動かすことだけは辛うじてできていた。
誰も来ないと思った。ましてやまた会えるとは。しかも、自分を置き去りにした相手が、今度は取り返す為に戦っている。もしかしたらまた……と考えないわけじゃない。それでも今は――。
「も~ちょいっ! すぐ行くから、ガマンね?」
置き去りにする前と変わらない。美咲に向ける眼差しは、むしろ以前にも増してやわらかくなっている。どんな意図があろうと、今自分を助け出そうとしているこの姿を、美咲は信じたいと思った。
「懲りずに向かってくるか。だが――」
ニヤリ、長の口元が緩む。僅かずつでも距離を縮めていた雅だが、ある一定の距離に来ると、それ以上先に進むことが難しくなってきた。
「アレに敵う者は――この場にいない」
呟くと、美咲の耳元で長は続ける。
「我とて、このまま制御出来るわけではない。アレをどうにかしたいなら――」
じわり、美咲の足元に冷気が漂う。視線を下に向ければ、黒い液体がまとわりだしていた。
「受け入れろ。そうすれば、アレも大人しくなる」
自分が取り込まれることにより、全員が助かるかもしれない。上条ですら苦戦している現状を見れば、このままならどうなるか想像ができる。だが、それで本当に助けることができるのか。少なからず、美咲は長の言葉に疑問を抱いていた。
「別に死ぬわけではない。ただ――戻るだけだ」
微かに、美咲の眉が歪む。それを否定と解釈した長は、深いため息をついた。
「なるほど。見殺しにすると言うわけか」
鼻で笑うと、長はカツン、と靴を鳴らした。途端、美咲の前に走る赤い線。あまりにも早い動きに、頭は何が起こったのかと処理をするのに手間取っていた。
「ほう、四肢を貫かれても声を上げぬとは」
走ったそれは光じゃない。とめどなく溢れ出るそれは――。
「次で、何も残らぬだろうな」
雅の体から流れる――血だった。
今までの動きは本気じゃない。制御が出来なくなれば、全員が一瞬で殺されてしまうと、美咲は目の前のことに釘付けになっていた。呼吸が乱れていく様子に、長は好機とばかりに畳みかける。
「悔いの無いよう、言葉をかけてやれ」
美咲の背中に触れ、長は手を取りその場に立たせた。
体の違和感が消えていく。もしかしたら……いや、きっとこれで会えなくなる。そう考えたら、いくら話せるチャンスだとわかっていても、美咲の思いはまとまってくれなかった。
「……っ、ける」
発したのは雅。それは痛みから漏れた言葉でなく、美咲に向けた言葉。
「たす、けっ……今度、こそっ!」
伸ばされる手。それを見た美咲は、胸が熱くなるのを感じた。感覚は鈍っているというのに、はっきりとわかる胸の熱。
「止めたいなら――願え」
美咲の中で、答えは出ていた。
「わたし、は……っ」
生きてほしい。その思いが、美咲に言葉を紡がせる。
「――――もど、る」
それを合図に、じわり、足元から這い上がる黒い液体。先程よりも強い違和感に、視線を動かすのも難しいほど。なんとか雅を見れば、その顔は悲痛に歪み、尚も手を伸ばし続けていた。……もう、美咲にはその手を掴むことも、声を上げることもできない。だがせめてと、美咲は残っている力を集中させ――口元を、微かに緩めた。
「あああぁぁーーー!!」
「だから言ったであろう? 〝お前では届かない〟――と」
鬼哭めいた叫びに、歓喜の声が告げた。




