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抱えられた私をじっくり眺めると、長は椅子から立ち上った。最初に会った時は感じなかったのに、今ではこの人の目を見るだけで全身がすくむ……。まるで毒だ。じわじわと浸透するそれは、確実に私の感覚を鈍らせていく。
「――辿り着いたか」
告げると、長は後ろに視線を向けた。すると、少年は私を台座に寝かせると姿を消してしまった。
「さぁ――楽しもう」
それが合図だったのか。隣に叶夜君が来たと思ったら、急に顎を上げられて――口付けと共に、何かを飲まされた。体中に浸透していくそれは、僅かに残った体の自由を完全に奪い去った。呼吸をするとか。瞬きをするとか。そんな最低限のことでしか、体は動いてくれない。声もそう。出せたとしても、また言葉にならない擦れたものでしか、口から紡がれることはなかった。
「箱を――子宮の位置に置け」
言われて、叶夜君が箱を持ってくる。血だらけの手で運ぶと、もう片方の手には短剣が握られている。
「そのまま――箱ごと貫け」
一瞬、叶夜君の肩が揺れる。抗っているのか、唇を噛みしめているのが見てわかる。でも、やっぱり逆らうことは出来ないみたいで。
頭上に短剣を掲げ――勢いよく、箱めがけて私ごと貫いた。
ぎぎぎ、と扉が開いた後に足音が二つ。それは、私に選択(終わり)の時を知らせる音だった。
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この先の通路から、淀んだ空気を感じる……。そこに美咲ちゃんがいるだろと進めば、大きな扉が見えてきた。警戒してリヒトさんが触れたけど、なんてことない。門の時と同じで、ここを護るような気配は全くない。おまけにあっさり開くもんだから、拍子抜けしそうになったけど――中を見ればビンゴ。美咲ちゃんだけじゃなく、そこには長とキョーヤ、そして女がいた。多分、あの人がエメの話にあった美咲ちゃんの母親なんだろうけど……なんか、想像してたのと違う。目がやけに虚ろだし、おまけに髪の色が黒だなんて。ホントに赤の命華だとしたら、少なくとも美咲ちゃんみたいに茶髪じゃなきゃおかしい。伝承が間違ってなければ、赤の命華だけじゃなく、命華に黒髪がいたなんて記述はどこにもないはずだ。
「あの女の人って――ホントに、赤の命華?」
「…………」
反応がない。リヒトさんにしては珍しく、なにかに釘付けになってる。視線の先は――美咲ちゃんの隣の女。
「…………よくも」
リヒトさんの雰囲気が変わる。あまりにあきらかな敵意。強過ぎるそれは、この場にいる全員を敵だとみなしているように思えてしまうほど。今のリヒトさんからは、神々しい始祖とは思えないほど負の力を感じた。
「何故怒る。むしろ、この再会に感謝してほしいものだ」
「このような事態を引き起こしておきながら、よくもそんな口をっ」
「ははっ、お前が自分を抑制出来ないなど珍しいな。――〝また〟、同じことを繰り返すつもりか?」
「繰り返しているのはアナタです」
長と話してるって言うのに、視線は女に向けたまま。あんまり見てるから、美咲ちゃんのことより、あの人の方を最優先するんじゃないかって思えてしまう。
ってか、繰り返すってなに。まさか呪いの話とか? もし、リヒトさんも関わってるなら当てにできない。エメたちがいない今、最悪、オレ一人で美咲ちゃんを連れ出さないと。
「自身を強化するのは構いません。長としては当然でしょうからね。――ですが、他者を使うことに感心はできない」
「ほう、言葉が悪くなったな?」
「私でも、我慢の限界というものは存在する」
「始祖であるお前が暴れては、我より余程危険ではないか」
「ご安心を。アナタのように欲望に従うことは致しませんので」
「ふっ、抗う方がどうかしている。――お前とて、今はそれに従おうとしているではないか」
長が、女のいる方を振り向く。手を差し伸べると、それを支えに女が立ち上がり――。
「せっかくの再開だ。互いに楽しめ」
突如、目の前に女が迫っていた。たった一蹴り。それだけで数十メートルあったはずの距離を詰められてしまった。オレは反応することができず立ったまま。間一髪、リヒトさんが防いでくれたからよかったけど、二人はまだ、互いに刃物をガッチリ組み合わせている。
「っ、……何をしているのです!」
叱咤する声。一瞬驚いたけど、これは怒りからくる言葉じゃない。
「取り返しなさいっ!」
体は、オレが動かそうと思うよりも早く動いた。なんかこう、本能に従ってるって感じ。リヒトさんに言われたからなのか。それとも、薬の大量摂取でハイになったのか。普通に考えたら、長に仕掛けるなんてバカげてる。力じゃ敵わないってわかってるはずなのに――。
「その子――返してくれない?」
今なら、コイツを殺せる核心が持てる。
「これだから雑華は困る。まともに約束も出来ぬ無礼な輩が」
「アンタだって似たようなもんだろう? それにさ――オレ、邪魔しないなんて約束してないし」
「ついに自分の言葉まで忘れたか。執事に応えたと言うのに、呆れた口を叩くものだな」
「あぁ~アレね。邪魔するなって話を聞きましたよ、ってことで返事をしたんだけど?」
この一言で、長は完全に雰囲気を変えた。ま、さすがに今のはかなりイラッとくるわな。
「お前も始祖も――我には届かぬ」
足元が揺らぐ。思わず下を向けば、床に丸みが帯びていて――。
「せいぜい、足掻くといい」
下から突き上がって来るなにかに、オレは急いで後退した。瞳を本格的に色づかせ、体勢を整えながらソレを観察する。真っ黒な色をしたソレは、時々見かける影に似てるけど、いつも見るソレとは違い。やけに粘着質を帯びた表面をしてて――っ!?
「惜しいな。もう少しで足を抉れたものを」
二階の手すりにぶら下がりながら、オレは冷汗をかいていた。どーやら、アレは自分の表面積を広げて、蔓のような部位で狙ってくるらしい。こーなると、床に下りるのは危険だ。空中戦は得意じゃないけど……なんとか仕掛けてみるか。




