*****
王華の長の元に向かう三つの影。その中の一つ――琥珀は、強い虚脱感に襲われていた。力が入らず、心臓は、バクバクと激しく高鳴るばかり。
壊れる、そう頭に過るほど。言い知れぬ感覚に悶える琥珀に、エメと雅はなす術が無かった。
「琥珀の発作って、こんな酷いわけ!?」
「そんなはずは……だいいち、琥珀にそんなもの」
あるはずない。出生を知っているエメは、雅が心配する考えを否定した。
「琥珀には……長の血があるから」
「はっ!? アイツの子どもってこと!?」
「そんないいもんじゃないわよ! あの子と同じで……実験過程で、生まれたから」
「だからって!……敵にならない保障なんてっ」
「っ、こは……だいじょう、ぶっ」
背中で大きく息をしながら、擦れたような声で続ける。
「僕は……不良品だからっ。しるし、とか……その前に。抜け出し、たし」
目を伏せるエメ。罰が悪くなり、雅は二人に背を向けた。
「――とにかく、琥珀が敵になることなんてないわ。色々される前に逃げちゃったし、私と会ってからは、そういった可能性も排除してきたつもりよ」
「…………今の発作に、そーいった可能性がないって言える?」
本当に〝逃げ切れた〟のか?
本当は〝逃がされた〟のか?
それによっては、この場に琥珀を置いて行くだけじゃない。始末をするという選択も視野に入れる必要が出てくる。
「――――言っただろう?」
落ちついてきたのか、琥珀の言葉がしっかりとしたものになってきた。
「アイツらは……無駄なこと、しないっ。不良品の僕よりも、他の素材の……相手に、使う方がいいから――でも。特化してることが、一つだけある」
大きく息を吸う。何を言うのかと聞き入れば、
「これは――長が、何かする前触れだよ」
嫌なことを、琥珀は告げた。
/////
長の屋敷が近付くなり、淀んだ空気が増えてきた。警備の連中がいないだけマシだけど、これはこれで不吉だ。
〝長が――何かする前触れだよ〟
琥珀が言ったあの言葉。ホントに感覚が――長に対する察知が鋭敏なら、アイツは確実に、美咲ちゃんを手に入れようとしてるってことだ。なにかしらの儀式をするなら、オレが集めた血だけじゃない。オレたち種族の血も幾らか必要になってくる。万が一を考え、琥珀はここから一番近い集落へ向かってもらった。
「他のとこにも、知らせが届くかなぁ……」
「あの村には若い人が多いから、早く動いてくれると思うわ」
王華と違って、こっちではまともに動ける人材は貴重だから、少しでも生き延びてくれればいいけど。
「――――伏せて!」
叫ぶなり、エメが背後から覆いかぶさってくる。途端、地面に走る衝撃。這いつくばりながらも前を見れば――。
「お会いできてよかった」
冷笑を浮かべたリヒトさんが、目の前に現れていた。
っ……声が、出ない。
恐ろしいほど整った顔と、冷汗が出るほど穏やかな口調。今まで戦ってる姿は見たことあるのに、今ほど、この人に逆らえないと思ったことはない。きっと、これがオレたちにある本能――始祖に対する敬意と、深層意識に刻まれた畏怖なんだと思う。
「日向さんは――どちらに?」
答えたくても、こっちはそれどころじゃない。呼吸が止まってしまうんじゃないか。陽炎のように揺れるその紫の瞳で見られたら、自分からなにかをするってことができなくなってしまう。
「だから、それでは相手が話せぬだろうが」
ため息交じりの声。誰かと思えば、声の主はリヒトさんの隣に現れた。
「見ろ。息をするのでさえ辛そうだ」
「自業自得です。それに、一度高ぶった感情は、簡単には治められません」
当然だろうけど、オレを見るリヒトさんの目は冷めてた。これでまた笑顔なんだから更に怖い。隣の女の人が来なかったら、とっくに殺されてたんじゃないかって思う。
「ならば後ろでも向いていろ。話は私がする」
リヒトさんに後ろを向かせると、改まって女の人はオレたちを見た。
「簡潔に聞く。少年、美咲の居場所を知っているか?」
この人もこの人で、目の奥に鋭いものを感じた。本能的にはリヒトさんの方が成す術がないって感じだけど、ヘタに動いたら殺されるって点では、どっちも似てる気がする。
「…………長の、屋敷に」
「そうか。お前が美咲をさらい、長に献上した――ということで間違いないか?」
じろり、オレに向ける視線が鋭くなる。あまりの気迫にまた声が出なくなり、頷くだけで返事をするのがやっとだった。
「やはりか。お前にも言い分はあるだろうが、今は事が事だ。美咲を助ける意思があるかないか――それだけ聞いてやる」
「っ……そん、なの」
助けるって言わなきゃ、オレたちは確実に殺される。
「意思がなくとも、邪魔をせぬなら見逃してやる」
女の人はそうでも、リヒトさんはそうじゃないっぽいけどね。背中からでも、敵意むき出しなのがバンバン伝わってくるし。
「答えろ。お前は――何がしたい」
そんなに脅さないでよ。オレだって、このまま放っておこうだなんて思ってない。
「約束――したから」
次は護るって、ずっと昔に誓った。だから――。
「言われなくても、取り返してやる」
立ち上がり、リヒトさんに向けて言葉を振り絞った。




