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*****


 王華の長の元に向かう三つの影。その中の一つ――琥珀は、強い虚脱感に襲われていた。力が入らず、心臓は、バクバクと激しく高鳴るばかり。

 壊れる、そう頭に過るほど。言い知れぬ感覚に悶える琥珀に、エメと雅はなす術が無かった。


「琥珀の発作って、こんな酷いわけ!?」


「そんなはずは……だいいち、琥珀にそんなもの」


 あるはずない。出生を知っているエメは、雅が心配する考えを否定した。


「琥珀には……長の血があるから」


「はっ!? アイツの子どもってこと!?」


「そんないいもんじゃないわよ! あの子と同じで……実験過程で、生まれたから」


「だからって!……敵にならない保障なんてっ」


「っ、こは……だいじょう、ぶっ」


 背中で大きく息をしながら、擦れたような声で続ける。


「僕は……不良品だからっ。しるし、とか……その前に。抜け出し、たし」


 目を伏せるエメ。罰が悪くなり、雅は二人に背を向けた。


「――とにかく、琥珀が敵になることなんてないわ。色々される前に逃げちゃったし、私と会ってからは、そういった可能性も排除してきたつもりよ」


「…………今の発作に、そーいった可能性がないって言える?」


 本当に〝逃げ切れた〟のか?

 本当は〝逃がされた〟のか?

 それによっては、この場に琥珀を置いて行くだけじゃない。始末をするという選択も視野に入れる必要が出てくる。




「――――言っただろう?」




 落ちついてきたのか、琥珀の言葉がしっかりとしたものになってきた。


「アイツらは……無駄なこと、しないっ。不良品の僕よりも、他の素材の……相手に、使う方がいいから――でも。特化してることが、一つだけある」


 大きく息を吸う。何を言うのかと聞き入れば、


「これは――長が、何かする前触れだよ」


 嫌なことを、琥珀は告げた。


 /////


 長の屋敷が近付くなり、淀んだ空気が増えてきた。警備の連中がいないだけマシだけど、これはこれで不吉だ。

〝長が――何かする前触れだよ〟

 琥珀が言ったあの言葉。ホントに感覚が――長に対する察知が鋭敏なら、アイツは確実に、美咲ちゃんを手に入れようとしてるってことだ。なにかしらの儀式をするなら、オレが集めた血だけじゃない。オレたち種族の血も幾らか必要になってくる。万が一を考え、琥珀はここから一番近い集落へ向かってもらった。


「他のとこにも、知らせが届くかなぁ……」


「あの村には若い人が多いから、早く動いてくれると思うわ」

 王華と違って、こっちではまともに動ける人材は貴重だから、少しでも生き延びてくれればいいけど。




「――――伏せて!」




 叫ぶなり、エメが背後から覆いかぶさってくる。途端、地面に走る衝撃。這いつくばりながらも前を見れば――。


「お会いできてよかった」


 冷笑を浮かべたリヒトさんが、目の前に現れていた。

 っ……声が、出ない。

 恐ろしいほど整った顔と、冷汗が出るほど穏やかな口調。今まで戦ってる姿は見たことあるのに、今ほど、この人に逆らえないと思ったことはない。きっと、これがオレたちにある本能――始祖に対する敬意と、深層意識に刻まれた畏怖なんだと思う。


「日向さんは――どちらに?」


 答えたくても、こっちはそれどころじゃない。呼吸が止まってしまうんじゃないか。陽炎のように揺れるその紫の瞳で見られたら、自分からなにかをするってことができなくなってしまう。


「だから、それでは相手が話せぬだろうが」


 ため息交じりの声。誰かと思えば、声の主はリヒトさんの隣に現れた。


「見ろ。息をするのでさえ辛そうだ」


「自業自得です。それに、一度高ぶった感情は、簡単には治められません」


 当然だろうけど、オレを見るリヒトさんの目は冷めてた。これでまた笑顔なんだから更に怖い。隣の女の人が来なかったら、とっくに殺されてたんじゃないかって思う。


「ならば後ろでも向いていろ。話は私がする」


 リヒトさんに後ろを向かせると、改まって女の人はオレたちを見た。


「簡潔に聞く。少年、美咲の居場所を知っているか?」


 この人もこの人で、目の奥に鋭いものを感じた。本能的にはリヒトさんの方が成す術がないって感じだけど、ヘタに動いたら殺されるって点では、どっちも似てる気がする。


「…………長の、屋敷に」


「そうか。お前が美咲をさらい、長に献上した――ということで間違いないか?」


 じろり、オレに向ける視線が鋭くなる。あまりの気迫にまた声が出なくなり、頷くだけで返事をするのがやっとだった。


「やはりか。お前にも言い分はあるだろうが、今は事が事だ。美咲を助ける意思があるかないか――それだけ聞いてやる」


「っ……そん、なの」


 助けるって言わなきゃ、オレたちは確実に殺される。


「意思がなくとも、邪魔をせぬなら見逃してやる」


 女の人はそうでも、リヒトさんはそうじゃないっぽいけどね。背中からでも、敵意むき出しなのがバンバン伝わってくるし。


「答えろ。お前は――何がしたい」


 そんなに脅さないでよ。オレだって、このまま放っておこうだなんて思ってない。


「約束――したから」


 次は護るって、ずっと昔に誓った。だから――。


「言われなくても、取り返してやる」


 立ち上がり、リヒトさんに向けて言葉を振り絞った。


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