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目的が達成されたって言うのに、なんともいえない気分が胸にあった。
エメを取り返して、このまま琥珀と合流すれば元通りなのに……あの顔が、頭から離れない。見捨てられたような、絶望を宿した瞳。わかってたことなのに、いやに鮮明に焼きついてしまった。
「――どうするつもりかな?」
人の世界に戻った途端、背後から首に刃物が当てられた。
「どーするもなにも、オレはエメを取り返しただけ。――殺そうだなんて思ってない」
「そう――じゃあ、まだ自我があるわけだ」
カチッ、と小さく音がする。どうやら刃物はしまってくれたようだ。
振り向くと、オレは琥珀にエメを渡した。
「意外だね。自分でなく僕に運ばせるなんて」
「意外もなにも、エメはパートナーだろう?」
「ははっ、そう思ってくれるのはありがたいな。――ひとまず、屋敷に戻ろうか」
戻ろうかって言ってるけど、声のトーンがいつもより低い。こーいう時は決まって、怒られる前触れなんだよなぁ。いつもなら逃げるとこだけど、目的が遂げられた今、琥珀を避ける理由はない。わかったと言えば、琥珀は満足そうに空を駆けた。
運ばれる最中、エメは相変わらず目を開けなかった。なにか薬を入れられたかもしれないけど、脈は正常。琥珀も特別な違和感はないって言ってるし、命に関わるってことはなさそうだ。
「それで――お姫様はどうしたの?」
エメをベッドに寝かせるなり、琥珀は怖い顔で聞いてきた。
「向こうが何もなしにエメを解放するはずがない。大方、交換でもしたんだろう?」
「欲しいのはエメだからね。交換するのは当然でしょ」
「あれ、素直に認めるんだ? 僕はまた、嘘をつかれると思っていたのに」
「目的は達したからね。――もう、ウソつく必要ないし」
近くにあったソファーに腰を下ろすと、琥珀も向かいにある一人がけの椅子に腰を下ろした。
「嘘をつく気がないならちょうどいいや。――お姫様を渡したこと、後悔していないの?」
「そりゃあ今までいい感じにやってたからね。多少なりとも情はあると思うけど」
「王華に――他の輩に取られても、後悔してないってこと?」
「オレもバカじゃないんでね。渡す前に本式交わしたから、いいようにはできないよ」
本式には、もう一つ重要なことがある。交わした者同士、相手を殺せないってことともう一つ――相手を、他人が奪えないようにすること。手出しができない今のうちにリヒトさんと合流して取り返せば、誰も文句は言わないだろう。
「よく本式なんてできたね。お姫様の真名、わかったの?」
「わかったもなにも、真名なんてわからないって。命華って言っても人間なんだし」
「人間って……命華は元々、人より秀でた中から出た特殊な人材だから、僕たちとあまり変わらないはずだよ?」
「そう言っても、実際に血以外の力はないわけだし」
本式の時にちょっと舐めただけなのに、オレの中を巡る血がいつもと違う。高揚してるような、力が高い状態で保たれているのがわかる。
「――――んんっ…」
声がして振り向けば、エメが頭を押さえながら起き上がっていた。琥珀が近付き背中を支える。ようやく隣にいるのが琥珀だとわかったのか、安堵の顔を浮かべたと思えば、エメはオレと目が合うなり驚きの表情に変わった。
「なんで……エルがここに」
「久々に会った第一声がそれ? もっと違う言葉がよかったなぁ~」
そばに行くと、エメはさっそく美咲ちゃんの居場所を聞いてきた。王華に渡したって説明の部分ですっごく怒ってたけど、なんとか琥珀が宥めてくれた。
「だから、オレも考えなしに渡してないって」
「……考えって何よ?」
ふてくされるエメに、オレは本式を交わしたことを伝えた。それこそ目が点になったような顔で、意外そうにオレを見ていた。
「美咲ちゃんの真名……知ってたの?」
「真名もなにも、美咲ちゃん人間だからないだろう? オレだけ明かしたの」
途端、エメはさっきよりも怒りを露にした。オレの首に掴みかかって、そんなの意味ない! と声を荒げた。
「意味ないってっ。真名ないんだから、省いて契約するしかっ」
「バカっ! 美咲ちゃんは人間じゃなく、赤の命華の子どもなの!!」
人間じゃ……ない?
おまけに、赤の命華の子どもだなんて――。
「そんなの……聞いたことない」
「当然よ! リヒトさんだって知ってるかどうかのことだもの。契約して安心してるんでしょうが大間違いよ。真名を交わしてない本式なんて、契約したとは言えない!」
――ドクッ、ドクッ。
心臓が痛い。血の中に針でも流れてるんじゃないかって思えるぐらい、全身にじわじわ痛みがわいてくる。
「あの子――キョーヤがまだ向こうの手にあるなら、美咲ちゃんはあの子に襲われるはずよ」
「そんなっ、向こうだって真名は――」
「それがわかるの! 気を失う前、長が箱から赤の命華を取り出したのを見たわ。母親に聞けば、名前も真名も簡単にわかるわ。そうなったら本式も体も奪われちゃうのよ!?」
ガクッ、と足から力が抜ける。今までにない脱力感に襲われ、オレはどう答えていいかわからなかった。
大丈夫だと思った。本式さえ交わせば、全てが上手くいくって。それなのに――。
「エルのことだから、リヒトさんにも黙って行動したんでしょ? 早く助けないと、始祖の力を目の当たりにすることになるわ。――ほら、しゃきっとしなさい!」
背中を叩かれ、視線をエメに合せる。
「全く。本式をするぐらい気に入ってるくせに……取り返さないと、二度と口利かないからね!?」
無理やり手を引かれ、窓に身を乗り出すエメ。背中は琥珀に押され、オレは頭と心が追いつかないまま、屋敷から連れ出された。




