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「――――どうして、泣くの?」




 いつの間にか、私は泣き出していた。自分の親だと確信したら、我慢ができなくなってしまった。


「きっと……私に責任があるのね」


「ち、違っ……」


「色々、今は苦しいと思う。でもね、貴方は一人じゃないから。――自分を、信じなさい」


 そう言って、女性は私の額に、唇を落とす。

 途端、体に不思議な感覚が走った。


「ねぇ、貴方はみんなに、なんて呼ばれてるの?」


「――――美咲、です」


「そう。そっちの世界では、そういう名前なのね。本当の名前は……聞いてる?」


 首を横に振ると、女性はにこっと笑みを見せた。




「貴方の名前は……フェリス。あの人が考えた名前で、【幸せな】って意味があるのよ」




 一つ一つ丁寧に。

 大事そうに、名前を紡いでいった。

 抱き寄せると、女性はとても嬉しそうに、私を見つめていた。


「フェリス……よく聞いて。貴方が目覚めたら、そこは王華の長がいる屋敷よ。彼が何をしたいかまではわからないけど、私たちを必要としてるのは間違いない。例え私がいても、他の誰かが囚われていたとしても。貴方は自分のことだけを考えて逃げなさい」


「逃げるだなんてっ。そんなに……危ない状態なんですか?」


「貴方が殺されるってことはないでしょうけど、他の仲間は危険かもしれないわ」


「そんなの嫌です! 助けられるかもって思ったのに……」


 雅さんだけじゃない。叶夜君やエメさんだって。助けたい人がいると言えば、女性は困った顔をしていた。




「その中に……大切な人は、いる?」




 悲しげに呟いた言葉。

 急に聞かれても、みんな大切な人だ。


「全員、私にとって大切です」


「――そう。だから仮とは言え、本式もできたのね」


 どうして契約のこと――あっ。


「ふふっ、そうよ。ちょっとだけ先が見えるから、今の貴方の状況もわかるの。契約するイメージはわかってたけど、まさか本式をしようだなんて」


「もしかして、してはいけなかったなんてこと……」


「大丈夫。むしろ、今の状態でしたのは正解かもしれないわ」


「契約をするのに、正解もなにもあるんですか?」


「知らないで結んじゃったの? 本式はね――本当に相手を想っていないと交わせない、特別な契約なの」


 初めて聞いた事実に、私はある考えが浮かんだ。

 一人としか交わせない本式。互いが平等で、相手を想わないとできなくて。最後にキスまでするそれはまるで――。




「――――ダメよ」




 呟くと、女性は名残惜しそうに、きつく抱きしめてきた。


「これから、〝それ〟を理解するたびに消えてしまう。〝それ〟は私たちにとって、理解してはダメなことだから」


「……意味が、わかりません。それってなんですか? 消えるって、なにが消えるんですか?」


「今は言えないわ。でもこれは――貴方を、護る為なの」


 ぎっ、と悔しそうに唇を噛みしめる。


「特にフェリス。貴方は――それがとても強く現れるみたい。もしかしたら、私より強いかもしれない。だから、〝それ〟自体を知らないかもしれない。その方が……一番いいかもしれないけど。――そろそろ時間ね」


 徐々に、視界が歪んでいく。

 終わってしまうと悟った私は、慌てて叫んだ。


「ま、待って! 聞きたいことがたくさんっ!」


 離れたくない。今なら、お母さんと話せるのに――!

 伸ばした手は、空を掴むかの如く。

 それが母に触れることのないまま。

 意識は、そこで途絶えた。


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