第201話 森の調査
あれから3ヶ月が経った
騎士団はと言うと、割と順調に進んでいる。と言ってもまだまだ始まったばかりで、特に大きな事件がないからでもあるが……。
事務処理や経理に関しては、リナとリナの声掛かりで集まってきた、所謂チームリナが実力を発揮してくれているおかげで俺は何もすることがない。
騎士隊にしても、ベリングさんが副団長としても予想以上に優秀で、非常に統率の取れた騎士団となりつつある。意外だったのはグラハムだ。彼のおかげで青龍騎士団に新しくやって来た兵士達にも、騎士道精神とでも言うべき心構えが浸透してきている。うちの騎士団員は元防衛隊と冒険者上がりが多いから、正直随分と助かっている。というか、まぁ彼はもともとアルファー騎士団の一員で、しかも武術大会に出るほどの実力者だったわけで、俺の評価が単純に低かっただけなんだろうけれど……。それにしても、彼の統率と隊員の彼に対する敬意はとても素晴らしいものがある。いやぁ、流石は腐ってもアルファー騎士団だよね。正直これは嬉しい誤算だった。
バニラは帰って来てからこの方、騎士隊の訓練に力を注いでくれている。ただ、バニラの隊は独自の訓練をしているようであまり訓練場では見かけない。おまけに、どうも方向性が密偵や暗殺に偏りがちなのが気になる点ではあるが、まぁ、彼女の特性からして仕方がないだろう。もっとも、それはそれで使いようだしね。
バニラ自身はそれほど口数が多い子では無い。かえってそれが神秘性を向上させているのか、彼女の隊の隊員にはどうやらバニラファンと言うか、信者が多いようだ。その様子を見て、シルビアが時々羨ましそうな目をして眺めているのは、ここではあまり話題にしないほうがいいだろう。
そうそう、これまでバニラは、修行のために結構色々と廻っていたらしい。ベルグランデ王国内だけではなく、隣のアルデス首長国や神聖レジストレ皇国にも足を運んでいたらしいので、その時の話は少しずつではあるが聞いている。おかげで、なかなか興味深いことが分かってきた。その話は、追々語っていくことにしよう。
神聖レジストレ皇国と言えば、マイク達にも最近特に大きな動きがなく静かなものである。逆にかえってそれが不気味でもあるわけだが、まぁ、嵐の前の静けさってやつじゃなければいいかな。
第4騎士隊隊長を任せた元防衛隊隊長のジョン・ジョーダンと第5騎士隊隊長を任せた同じく元防衛隊隊長のアルベルト・ロンドゲルの2隊は戦闘訓練に余念がない。後、訓練をしていない時は、クルセの街を出て防御壁の辺りを巡回している。うちの騎士団は特にこれといって役割を持たせてスタートしたわけではなかったのだが、どうやら諜報系はバニラ隊、クルセの街周辺の警戒は元防衛隊長の2つの騎士隊の仕事と言うことで落ち着きそうな感じだ。
「団長。用意ができました。」
今日は、第5騎士隊、所謂ロンドゲル隊がクルセの防御壁周りを巡回する日であるが、少し脚を伸ばして森の探索に出る予定だ。俺は、それに同行することにした。
「ありがとう。それじゃあ、シルビア。そろそろ行こうか。」
「はい。」
と言うことで、シルビアも同行するのだが、これにはちょっとした訳がある。と言うのも、シルビアは、同じ年頃のバニラが騎士隊長として活躍しているのに、自分は何も出来ていないことにどうやら思うところがあるようだ。今回、俺が巡回に同行することを聞きつけたシルビアが、どうしても自分も連れて行けと駄々を捏ねてきた。本人曰く、森は生まれたときから入っていたので得意分野だとの事だ。まぁ、俺もいるし騎士隊もいるから大丈夫だろうという判断で、同行を認めたのだが……。あんまり焦っても良い事がないと思うんだけど、本人にそれを理解させるのはなかなか骨が折れる仕事かも知れないな。
「団長。本日は、街の南側の警邏で宜しいのですよね。」
アルベルトが俺に確認を取る。
「あぁ、魔物の襲来からはもう4か月も経つからな。ディアボルスの森も大分落ち着いたとは思うが、その確認もしないとだしな。」
「え? ディアボルスの森に入るんですか?」
俺の言葉に、予想外だったかのように驚きの表情を見せるアルベルト。
「あれ? 言ってなかったか?」
「はぁ……、先日そのようなお言葉はお聞きましたが、今日は、その……。」
そう言いながらアルベルトの視線がシルビアをとらえる。なるほど、シルビアが同行する時点で今日、森に入るのは中止だとでも思ったのかな? まぁ、シルビアは見た目はその辺にいる可愛い女の子だからな。
「シルビアか?」
俺の一言に、アルベルトだけでなくシルビアもピクッと反応する。
「い、いえ、その……。」
シルビアに遠慮しているのか、アルベルトはハッキリとした返答をしない。
「シルビアなら問題ないよ。こう見えてもなかなかやるんだから。ともすれば、君の隊の隊員よりも強いかもよ。」
「まさか? ……え?! 本当なんですか?」
アルベルトは、俺が冗談でも言ったのではないかと思っていたようだが、俺はあくまでも本気だ。表情からそれがくみ取れたのか、アルベルトはそれ以上は何も言わなかった。
「わかりました。」
そう答えると、アルベルトは騎士隊に向かって指令を出す。
「今日はこれからディアボルスの森に入り、状況調査を行う。時折、第3騎士隊が偵察に入ってはいるが、大がかりな調査は魔物襲来以来初になる。皆、気を引き締めて当たってくれ!」
「「「「はっ!」」」」
アルベルトの号令で、第5騎士隊が動き出す。馬に乗った従騎士2名が先導し、その後にアルベルトそして、俺とシルビアが並び、その後ろに従騎士3名が付いてくる格好だ。今回は移動速度を考慮して歩兵は構成に組み込まず騎馬隊だけだ。練習の成果かシルビアもしっかりと乗りこなしているようだ。
「森と言っても、この辺りは随分と進みやすいな。」
今、俺たちが進んでいる道は獣道と言うには随分と整えられている。俺が疑問に思ってアルベルトに訊ねる。
「えぇ、バニラ隊が巡回してくれているのですが、その際にちょこちょこ道の整備をしてくれているようでして。おかげで、随分と私たちも楽に通れるようになりました。」
「なるほど、訓練場であまりバニラ隊を見ないと思ったらそう言う事もやってたのか。」
「はい。なんでも、魔法の訓練のついでだと言っていましたよ。」
「魔法の訓練?」
俺ではなく、シルビアが疑問の声を上げた。それもそのはずだ。俺たち……、少なくとも俺には、バニラがそんなに魔法が使えるってイメージがない。バニラと言えば影渡に代表されるような、どっちかというと忍術? な気がする。後、確か先見者だったよな。あれ? でも、忍術と言えば火遁の術とか水遁の術ってあるよな。それって、ある意味、火属性とか水属性の魔法が使えるって事なんじゃない?
「バニラがそんなに魔法を使えるって、知らなかったな。」
俺が、何気に呟いた言葉をアルベルトが拾う。
「何でも、火、水、土、風、それに無属性とあらゆる属性の魔法が使えるそうですよ。おまけに、人の適性属性を見抜くのに長けていらっしゃるようで、バニラ隊の隊員はこの3か月でそれぞれが得意とする属性の魔法なら、初級魔法位は使えるようになっているそうですよ。この道も、風魔法と土魔法の訓練も兼ねて造ったみたいです。」
「マジか! バニラ隊めっちゃ優秀じゃん!」
素直に驚いた俺だっただが、横にいたシルビアは何処か複雑な表情をしている。また、差が付いたとか想っている感じだな。シルビアはシルビア、バニラはバニラなんだけどな。とは言え、当の本人に取っては深刻な問題か。それにしても、火、水、土、風に無属性魔法ってほとんどじゃん。俺、土属性ってないよな。
「団長。」
そんな事を考えていると、アルベルトに声をかけられた。どうやら、斥候に出ていた従騎士が戻ってきたようだ。俺たちは、馬の歩みを止めて話を聞く。
「どうだ。様子は。」
アルベルトが従騎士に訊く。
「この先に多少の魔物はいるようですが、特に問題はないようです。」
「そうか。で、どんな魔物だ?」
「私が確認したのは、逸れゴブリン数匹とワイルドボアがいたくらいですね。」
「そうか。それくらいなら問題はないな。団長。と言うことです。」
斥候の報告を聞いたアルベルトが俺に確認を取る。
「わかった。もう暫く先まで行って調査を始めよう。」
「はっ。よし! 進むぞ!」
アルベルトの合図で再び隊列が進む。
暫く進むと木の影に気配を感じた。
「ヒデオ様。」
素早くそのことにシルビアが気付く。周りの騎士隊員は未だ気付いていないようだ。やはり、索敵能力はシルビアの方が一枚上だな。シルビアももっと自信を持って良いのに。
「アルベルト。何かいるようだ。」
俺がアルベルトに声をかける。アルベルトは、すかさず斥候に指示を出す。斥候は馬から下りて森の奥へと入る。
暫くして、戻ってきた斥候が報告をする。
「ワイルドボア3です。」
どうやらワイルドボアが3匹いるようだ。3匹くらいなら従騎士だけでも大丈夫だろう。訓練にもなるしな。
「アルベルト。従騎士だけで行こう。」
「承知しました。おい。」
そう言って、アルベルトが後方の従騎士に合図を送っていると。シルビアが声をかけてきた。
「ヒデオ様。私も行って良いですか?」
「シルビアも?」
一瞬どうしようかと思ったが、シルビア1人だけならともかく従騎士もいることだし大丈夫かな? それに、シルビアもそれなりに出来るはずだし何より自信を付けてやりたいとも想う。ワイルドボア辺りだと丁度良い頃会かも知れない。そう思っていると、シルビアが言葉を続けてきた。
「ちょっと気になることが……。」
ん? 気になること? ただ、魔物の気配を感じただけじゃないのかな。
「よしわかった。」
いざとなれば俺が出れば良いことだ。その時はそう思って、シルビアの参戦を許可した。
「ありがとうございます。」
シルビアは想ったより喜びを表に出さないで、静かに礼を言った。まぁ、この様子なら大丈夫だろう。
「アルベルト。シルビアも行く。」
「わかりました。」
俺の言葉に一瞬躊躇したアルベルトだったが、直ぐに飲み込んで、そのことを従騎士にも伝える。それを確認して、従騎士達とシルビアは馬から下りて、森の中へとワイルドボア討伐に向かった。
暫くして、1人の従騎士が戻ってくる。あれ? 討伐してきたにしては、戻りが早くないか?
「た! 大変です!」
俺たちの姿を見つけると、焦った様子でそう叫びながら駆け寄ってくる。
「どうした!?」
アルベルトが、その従騎士に厳しい口調で問いかける。
「し、シルビアさんが! ……」
「シルビアがどうした!?」
今度は俺が、その従騎士に訊く。
「シルビアさんが、き、消えました!」
「消えた?」
一瞬、従騎士の発した言葉の意味が把握できなかった。しかし、直ぐさま俺は思い立ったように地図機能を立ち上げてシルビアのピンを確認する。しかし、地図が表示される範囲にはシルビアのピンは表示されなかった。
「マジか……。」
俺は想わずそう呟いていた。




