第202話 森の誘い
シルビア視点です。
《シルビア視点》
今日、私は、アルベルト隊長率いる第5騎士隊の巡回に同行する。ヒデオ様とアルベルトさんが先日、森の調査をするために脚を伸ばすと話しをしていたのを訊いた私は、志願してこの巡回に参加させて貰った。だって、私もヒデオ様の役に立ちたいんだもの。それに、森は私の得意分野。小さい頃から、森で育った私にとっては当にホームグランド。ちょっと緊張もしてるけど、久しぶりに森に入るから楽しみな気持ちの方が勝ってる感じかな。
私が準備をしていると、リナさんが話しかけてきた。
「シルビアちゃん。今日は、ヒデオに同行して巡回に出るんですって?」
「はい。森に行くって聞いたので志願したんです。」
「そう。あなたは、騎士団の一員ではないのだから無理しなくても良いのよ。」
「そうなんですけど……。」
リナさんが、私のことを心配して声をかけてきてくれたのは分かってはいるのだけれど……。正直、騎士団に選ばれなかったのは、ちょっとショックだった。私の実力不足のせいかもしれないけど、てっきり入れるものだと思っていた私は結構凹んだ。私も何か役に立つことをしたいのに……。だから、今回は、私の力を認めて貰うためにも頑張るんだ。
「今回、騎士団にシルビアちゃんが入らなかったのは、決して実力が認められなかったって訳じゃないんだからね。焦っちゃ駄目よ。」
「はい。ありがとうございます。」
相変わらず、リナさんには見抜かれてるって感じがするな。取りあえず、お礼を言ってその場を立ち去った。
「今日はお願いね。」
私は、厩舎に馬を引き取りに来ていた。想えばこの馬はソリスの里から連れて来たんだっけ。里を離れてから結構経ったよね。里の外の世界を見たくって、強引にビデオ様についてきたけど、私、成長できたかな。そんなことを考えながら、馬の首を撫でてあげる。この馬も私のことを分かっているのか、優しくすり寄ってくれる。
今日、確認しに行くのは森だ。勿論森と言ってもディアボルスの森であって、ソリスのレア・シルウィアの森とは違うことは分かってる。でも、同じ森じゃなくてもやっぱり森だ。私にとっても活躍できる場面はきっとあるばず。そう考えると、思わず力が入っちゃう。駄目ね。リラックスして自然体で行かないとね。
「それじゃあ、シルビア。そろそろ行こうか。」
「はい。」
ヒデオ様に声をかけられて、第5騎士隊に合流する。
騎士隊長のアルベルトさんは、私がいるのを見て今日、本当に森に入るのか、ヒデオ様に確認している。やっぱり私って、足手まといなのかな……。
「シルビアなら問題ないよ。こう見えてもなかなかやるんだから。ともすれば、君の隊の隊員よりも強いかもよ。」
ヒデオ様が私のことを褒めてる? あれ? 私って、案外認められてるのかな? そう思うとちょっと嬉しくなった。けど、それなら私も騎士団に入れてくれれば良いのに……。嬉しい気持ちになったのはほんの一瞬。直ぐに、寂しくなった。
それから、私たちは森へと進んでいった。
「森と言っても、この辺りは随分と進みやすいな。」
ヒデオ様がそう言うのもそのはず。私の知る森の中の道は、所謂獣道がちょっと広くなった程度で、こんなに馬で進めるほど整ってはいない。流石に街道とまでは言えないけど、それでも充分に整った道だ。
「えぇ、バニラ隊が巡回してくれているのですが、その際にちょこちょこ道の整備をしてくれているようでして。おかげで、随分と私たちも楽に通れるようになりました。」
アルベルト騎士隊長がヒデオ様にそう言っているのが聞こえてきた。
バニラちゃんかぁ。私と同い年なのに、彼女は騎士隊の隊長を任されて、しっかりと期待に応えている。ううん。それ以上の働きをしているわ。それに比べて……。
「……なんでも、魔法の訓練のついでだと言っていましたよ。」
「魔法の訓練?」
アルベルトさんの言葉に思わず声を上げてしまった。だって、バニラちゃんと言えば異世界から来た忍びの末裔で、忍術とかって言う技が使えるって言うのは聞いてたけど、魔法まで使えるなんて。影渡で自在に移動できて、斥候も出来て、短剣の技術も持ってる。騎士隊長としての指導力があって、おまけに魔法まで使えるなんて……。私なんかとは随分とできが違うよね。そんなことを考えていると、気分がちょっと下降気味になってきた。そのせいかその後のことは、ちょっと覚えてない。
《ふふふふふっ……》
暫く進んでいると、声が聞こえた気がした。周りを見るけど、特に変化はないし誰かがいる感じもしない。気のせいだったのかな。でもなんだか楽しそうな笑い声が聞こえたような。私は空耳かも知れないと思い、気を取り直して周りを警戒しつつ進む。
《ふふふふっ……。》
また聞こえた。空耳? いや、違う。気のせいじゃない。誰かがいる
「ヒデオ様。」
私は想わず、ヒデオ様に声をかけていた。
「アルベルト。何かいるようだ。」
ヒデオ様は、アルベルトさんに声をかけて斥候を出すように促す。どうやらヒデオ様も何かを感じたようだ。
暫くしてその斥候が帰ってきて、報告をしてきた。
「ワイルドボア3です。」
斥候に出た騎士隊の人はそう言っていた。
え? ワイルドボア? ううん。私が感じた気配はそんな魔物の物じゃなかったわ。第一声が聞こえたんだもの。もっと、違う何かがいるはずよ。
「アルベルト。従騎士だけで行こう。」
「承知しました。おい。」
私がそんなことを考えている間にも、ヒデオ様はアルベルトさんに指示を出して、討伐隊の編成を組んでいた。ひょっとしたらヒデオ様もさっきの気配には気付いてないのかも。でも、ヒデオ様が気付かないって事は、私の気のせいって事もあるのかな……。
「ヒデオ様。私も行って良いですか?」
迷っていたはずの私は、なぜかそう口に出していた。
「シルビアも?」
ヒデオ様はちょっと困ったような顔をしたけど、暫く考え始めた。
「ちょっと気になることが……。」
私の気のせいかも知れないし、さっき聞こえた声の事は確認するまでは保留にしておこう。変なこと言って、余計な仕事を増やしても仕方がないしね。こう言うのもバニラちゃんなら上手にやるのかな。
「よしわかった。」
ヒデオ様は、私の同行を許してくれた。正直嬉しい。でも、ここで調子に乗っちゃ駄目。気を引き締めてかからないと。
「ありがとうございます。」
私は、努めて冷静な口調でそう言った。
ヒデオ様が、アルベルトさんに私も同行することを伝える。アルベルトさんも一瞬躊躇したような表情を見せたけど、反対すること無くそれを了承してくれた。それから、私を含めた討伐隊が組まれた。森の中へ入るのは、私と従騎士の4名だ。ワイルドボア3匹に対して4人。ワイルドボアだけなら多分行けると思うけど、さっき聞こえた声が気になる。気を抜けば、やられることもあるかも知れない。油断無いよう気合いを入れていかなくっちゃね。
そうして、私たち5人は森の中へと入っていった。先頭は斥候に出ていた従騎士の人。大まかな位置を把握しているので当然ね。その後ろに2人が並び、私。そして、後ろに1人の従騎士がいる。この編成って、私を守ってる感じもするよね。やっぱり私って、足手まといなのかな。ううん。今はそんなことを考えている場合じゃないわ。目の前のことに集中しないと。そんなことを思っていた時、また、あの声が聞こえた。
《ふふふっ。ねぇ。遊ぼうよ。》
間違いない。確実に何かがいる。しかもこれって、念話じゃないの? 周りの従騎士の人たちを見ても、声に気がついている様子は感じられない。ひょっとしてこれって、私にしか聞こえてない?
「あ、あの……。」
私は前にいる従騎士に声をかける。ワイルドボアが直ぐ近くにいるかも知れないので、できるだけ声を潜ませて。
「どうしました?」
従騎士の1人が振り返りながら、返事をしてくれた。彼も緊張しているのか、ちょっと声がこわばっている。
「何か、声が聞こえませんでした?」
「声? ですか?」
私の言葉に、意表を突かれたように困惑した表情をする。
「い、いえ……。自分には聞こえませんでしたが……。」
少し自信の無いような表情でそう答えながら、彼は隣の従騎士に訊ねる。
「なぁ、お前、声なんて聞こえたか?」
「声? いや。聞こえてないぞ? どうした?」
「いや、それがな……。」
「おい。お前達。何しているんだ。静かにしろ。もうちょっと緊張感を持たないか。」
私たちが、こそこそ遣り取りをしていたので、先頭を進んでいた従騎士が一旦隊を止めて私たちを注意する。
「一体何を話しているんだ?」
隊が止まったところで、改めて先頭の従騎士が問いかける。
「いえ。その……、シルビアさんが……」
「シルビアさん。何か異常でもありましたか?」
「声が聞こえたんです。」
「声?」
少し拍子抜けしたような声を出して周りの皆を見渡す。その目が聞こえたか? と問うているのが分かった。それを見た、他の従騎士達は一様に首を横に振る。
「我々には聞こえていないようですけど。」
「確かに聞こえたんです。なんだか……、そう、子供の笑い声のようでした。」
「子供? まさか、ここは未だ其程深くはないと言ってもディアボルスの森ですよ。そんな。子供なんているはず無いじゃないですか。」
「でも、聞こえたんです。」
「分かりました。それでは、ワイルドボアの他にも何かいると仮定して、警戒しながら進むことにしましょう。それで良いですね?」
斥候役の従騎士がそう言う。彼は、この編成のリーダーなんだろう。
「はい。分かりました。ありがとうございます。」
私は、これ以上は混乱させるだけだと思って、あまり強く言わなかった。リーダーの彼も、仕方ないという体ではあったが警戒するように周りに指示を出してくれていた。
そうして、再び動き出した直後、突然右手に何かの気配を感じた。私は、思わず短剣を抜き右に向けて構えを取る。
「どうしました?」
「何かいます。」
「ワイルドボア?」
「いえ、違うと思います。」
私のとっさの行動に、周りの従騎士達は明らかに戸惑っている様子だ。
「私たちには特に変わった雰囲気は感じられないのですが……。」
「魔物がいれば、それなりの気配がするはずだが……。」
どうやら、私以外の人たちにはこの気配が分からないみたい。でも、確実に何かいる。なぜだか私にはそう確信できた。
「ちょっと、様子を見てきます。」
「え? ちょ、ちょっと待ってください。」
リーダーがそう言っているのは聞こえていたが、ここで話しをしていても埒があかないと考えた私は、気配がする方へ静かに歩みを進める。
「シルビアさん! くそっ。お前達はここで待機、俺がシルビア案の後を追う。暫くしても戻ってこない場合は、様子を見に来てくれ。」
従騎士のリーダーは、そう言った後私を追いかけてきていたようだ。背中から聞こえてくる会話でその様子は掴めていたが、私は前方の気配に注視しながら歩みを止めることはしなかった。
鬱蒼とした茂みを掻き分けて進むと、ぽっかりと空いた開けた場所に出た。その中心には大きな木が立っている。
「ここは?」
私は思わずそう呟いていた。
《ふふふっふ。やっぱり、来てくれたのね。》
また声が聞こえる。
「誰? どこにいるの?」
私は、警戒を取りながら周りを見る。しかし、そこには怪しい人物どころか、動物も1匹もいない。そう思ったその時、後ろから不意に声が聞こえた。
「ひさしぶり。シルビアちゃん。」
不意にかけられた声。しかも私を知っている? 慌てて後ろを振り返ろうとしたその時、目の前が目映い光に包まれて何も見えなくなってしまった。
「え? なにこれ!?」
そう叫んだつもりのシルビアだったが、その声が誰かに届くことは無かった。




