マイチの計画
「なん……だ、これ……」
その声を発したのは九林だった。
八道と九林、二人とも自分の目指す道以外には基本無関心で魔導協会にも賢者にもあまり興味は無かったが、それでも言葉に詰まった。
この家畜同然の姿を晒しているのがこの国の中枢を担う賢者なのである。
アカデミーの体育館ほどある広い部屋には二十五台のベッドがあり、専用のクローゼットやタンスが賢者一人一人のために備え付けられている。
各地に散らばった異国の名産であろう二十五脚の椅子に腰かけ、二人がやってきた今も間食を中断せず、ひたすら食事に没頭している。
部屋には強い香水と酒、肉類に油物、様々なにおいが混ざって異臭を放っている。
「二人ともようこそ、私たちの部屋へ。 ゆっくりしていきたまえ。」
賢者の中で一番まともそうな小太りの男が二人に声をかける。
賢者の合図で直属部隊の隊長が八道と九林の手錠を外す。
そして魔導書と魔導剣を返した。
そして驚くべきことがひとつ。
二十五人の賢者の中で事実、この賢者以外は二人に見向きもしていないのだ。
まさに『酒池肉林』、己の欲望を満たすことで精いっぱいである。
「こんなところでゆっくりしろって言われてもな……」
九林がこそっと八道に耳打ちをする。
八道は部屋に入ってからというもの表情を固めたまま一言も発していない。
もしかすると息すらしていないのかもしれない。
酒と油物を極端に嫌う八道にはこの部屋は耐え難いものなのだろう。
「さて、ここに君たちを呼んだのは他でもない。 大賢者マイチが何を企んでいるのか聞かせてくれないか? ここ最近様子がおかしくてな。 国家転覆を企んでいるという情報もあるのだ。」
小太りの賢者は突拍子のない事を言い始めた。
恐らく二人がマイチと会っているのも知った上での言葉だ。
先ほど部屋に入った時も、この賢者は九林のことを知っていた。いくらアカデミーに在学していたとはいえ、賢者たちは写真でしか知らないはず。そして今の九林はあの時よりかなり成長している。
「お前たちがマイチと繋がっているのは知っている。 奴の情報を寄越せ。」
先ほどまで朗らかな口調だった賢者が、突然命令形で二人に突き付けた。
二人は部屋に入った時から不満が溜まっていたが、こんな動物同然のような奴に命令されるのはもっと気に食わない。元よりだれかに命令されるのが嫌いな似たもの二人の不満は静かに爆発した。
「お言葉ですが、大賢者様を呼び捨てとはどのようなおつもりですか?」
まず言葉遣いの丁寧な九林が静かに問い返す。
こんな状況の二人の意見は全くといって良いほど同じなのである。
八道の出番はまだである。
「おぉ、いかんのぅ。口が滑るわい。 まぁ良いわ、我らの考えをお前らが知る必要は無い。 牢獄に行きたくなければ大人しく情報を差しだせ。 九林魔導士、地下への不法滞在は魔監獄行きだ。」
賢者が何をやろうとしているのかまではわからないがマイチと仲良く、ということではないらしい。
さしずめ私利私欲のため、とでも言うべきか。
どれだけ腐っていようと賢者は賢者だ。力はある。
大賢者マイチとの実力差は二十五対一で五分と言われているが実際のところどうなのかはわからない。
この国で最も権力・実力ともに最高位にあるのは間違いない。
九林はもう一つ情報を引き出してみることにした。
「魔監獄行き、と仰っていますがそれには魔界裁判官と大賢者の承認も必要ですよね。賢者様達の独断では不可能です。」
九林の言葉に賢者は高嗤いし始める。
しかもそれは一人だけではなくこの場に居る全ての賢者だ。
まるで大賢者なんて眼中にないと思っているかのようだ。
だが八道が気になったのは賢者直属部隊の隊長と副官だ。
一緒に笑っても何らおかしくない状況であるにもかかわらず、二人揃って思いつめたような顔をしている。
「『大賢者マイチ』か。あんな若造に何ができる? 我々にとって奴はただの飾り程度でしかない。」
そういうと更に高い声で嗤う。
ひどく淀み汚れた声だ。八道は耳を塞ぐ。
この部屋が協会のどこに位置しているのかわからないが、よく反響する。
結構深いところにあるな、と八道は思った。
「いつでも処分できるということですね? 私から見れば貴方達にそんな力があるとは思えないのですが。」
「フン! 見た目で決めつけるとは青二才が……! お前ら二人など今この場で殺すことも容易いのだぞ。」
八道と九林、今度はこの二人が笑った。
これは長年の閉鎖環境における傲慢だ。
誰しも長い間限られた空間に居れば外の世界が見えなくなってしまう。
やがて外の世界を思い出の中に片付け、今度はその空間の中で順位をつけるようになる。
たとえその空間の中で下位に位置付けられたとしても、外に出れば上位だ、などという錯覚に陥ることも場合によってはある。
この国の中で最高位の賢者たちともなると尚更だろう。
恐らくここ数十年この中で何不自由ない生活を送ってきたはずだ。食事も入浴も全てこの部屋と近くの部屋で済ませることができる上、直属部隊という都合のいい小間使いがいるのだから必要なものは彼らに全て外から持ってこさせればいい。
アカデミーにも姿を現さなかったことからきっと八道と九林の実力も実績も文章でしか知らないだろう。
二人は現在を知らないこの二十五人の"賢者"を哀れにさえ思った。
彼らは何を持ってして『賢者』の位置に居るのだろうか。
そしてとうとう八道が口を開く。
「お前たちは既に過去の異物だ。 今お前らが『賢者』なんて国民の十割が認めねぇよ。 お前らに残ってんのは過去の栄光と微々たる権力だけだ。」
「なっ…………!」
八道は魔導書を開き、とあるページに手をかざすと、魔法陣が汚れた部屋の床に現れる。
そして魔法陣の中の床だけがそよ風の吹く草原に変わり、そこにふっと熾天使が舞い降りた。
アカデミーの体育館ほどもある広い部屋の六分の一程もある十二枚の翼を持つ天使が降臨する。
「神譚 熾天使シュファー」
八道が契約を結ぶ最上級の従者。
もはやこの契約は従者と主ではない。
守護神と認められし者、だ。
神を呼ぶのに汚れた"魔"の力など必要ない。
魔力とは全く別の才能が必要とされる。
召喚属の魔導士の中でも歴史上、神界と契約を結んだ人間は物語の中にしか存在しない。
熾天使シュファーは、神界の中でも幻の存在とされ、神でさえも謁見を許さることはない。
通常六枚の翼を持つ熾天使だが、シュファーともう一体の熾天使だけは十二枚の翼を持っていたとされている。
もう一体の熾天使が何よりも美しく輝く翼を持つ一方で、シュファーの翼は何よりも神聖で高貴な輝きを放っていたとされる。
シュファーの存在は『神々の目指すべき場所』『神々の理想』とされ、人間でいう神のような存在だという。
「何だ、この薄汚い部屋は……」
シュファーが御言葉を発する。
その言葉の一つ一つが聖なる言葉で、全てが正しい言葉である。
シュファーが汚いと言えば『汚い』のであり、『美しい』と言えば美しいのである。
この世の善を司る神がシュファーであり、悪を司る天使がもう一体の熾天使だったという。
シュファーを真似て人間が王や皇帝などという地位を作りだしたが所詮王も皇帝も人間。欲望にまみれた生物なのである。
シュファーは『神』であり、欲望という概念は存在しない。だからこそ嘘偽りもない。
「こ、この従者は何だ!! 見たことないぞ!?」
余りの輝きに、賢者たちは食事を中断してシュファーの方を向く。
ここにいる賢者共は互いがその属性の頂点だと思っているために、全員が集まればわからないことなどないと考えていた。
それも傲慢である。
「じ、地獄譚! 魔監獄長ギリギエル !」
賢者の一人が、しばらく使っていなさそうな魔導書を開き、必死にページを探してやっと目的のページを見つけた。そして魔力を込め、召喚する。
椅子に腰かけたまま支えなしでは立ち上がることすら困難になっている賢者たちは急いで自分の魔導書を手元に手繰り寄せる。
その昔、召喚属最強と謳われた魔導士が皆に認められ賢者となった。
だがそれ以降その魔導士は表に現れず、やがて彼を超える二人の魔導士が現れた。
それからもその二人は目覚ましい活躍をしてきたが、その賢者は知っているだろうか。
賢者の一人は魔監獄の獄長の一人であるギリギエルを呼び出した。
シュファーの半分の大きさもないギリギエルは、禍々しい血に塗れた剣を振りかざし、聖なる輝きを放つシュファーに敵を定める。
「なんだ? 敵意が見えるな。 ふむ……力の差を知らぬ無知な者よ、帰るべき場所に帰れ。」
シュファーがそう諭すとギリギエルは何も言わずに頷き、魔法陣の中へと帰っていった。
神の言葉は唯一『絶対』である。
「な、何だと! どうなってる!!」
自分が最強だと思っているからこそ、それを覆された時、思考が停止し、動けなくなる。
九林は地下で魔族と戦った時のことを思い出していた。
自然操作属の賢者たちは、ありったけの魔法を唱えシュファーへぶつけるが、汚れた"魔"法が届くはずもなく、シュファーが放つ輝きによって打ち消される。
九林が見ていたのは能力強化の魔導士たちで、皆能力強化を使えばどんな体型になろうと最強だと考えているようで、身体強化を施して必死に動こうとするが体が耐え切れず、その場で倒れ自滅していた。
「身体強化に耐えうる体を作ることが第一」大賢者マイチに九林が初めて教わった時の言葉だ。
その言葉を信じて今の九林がある。
賢者たちはそんな基礎中の基礎も忘れてしまっているのだ。
「私の役割は終わりのようだ、さらばだ。」
そう言い残すとシュファーはふっと消えた。
シュファーは何故呼ばれたかを把握した上で、今まで動いていた。
その通りで、時代遅れの権力者に現実を突きつける、というのが今回の八道の目的であった。
シュファーが消えると、更に散らかった部屋でブツブツ言っている賢者達、能力強化に体がついていかず、椅子から落ちて動けなくなっている賢者まで、本当に無様な光景だ。
「これでわかっただろ、お前らの時代は終わってる。」
八道が、まともそう"だった"小太りの賢者に言う。
だが賢者たちは未だプライドと意地と自分の力を信じたままなのである。
「黙れ!! おい、バンパー! この二人を牢に入れろ! 今すぐにだ!」
小太りの賢者は椅子に座ったまま怒鳴り散らすが、賢者直属部隊隊長バンパーは動かない。
賢者直属部隊は絶対の忠誠を誓っているはずなのだが……。
「いいえ、私はその命令には従えません。 というより私はマイチ様の部下でございます。 数年間貴方がたを見張っておりました。」
「な、なにぃっ!?」
八道が感じていた違和感の正体がわかった。
そしてまんまと騙されていたことに気づいて気が抜ける。
長年騙されていた賢者は驚きのあまり、遂に放心状態になってしまった。
「八道さん、騙して申し訳ありません。 我々十五名は数年前より賢者たちを見張っていたのです。」
「ははっ、そうだな。 騙された。 芝居上手かったな。」
「すいません……」
賢者直属部隊隊長バンパーが今までのことを謝罪する。
するとまだ何も知らない九林が床に落ちているゴミを避けながらトコトコとやってきた。
「なにぃーっ!!」
真実を知った九林は「騙されたぁ」と頭を抱える。
「ということは私が殴ったのは……」
「全てマイチ様の部下ですね。」
「あああああぁぁぁ!! 私はなんてことをぉぉ!」
「いえいえ、手加減してくださったお陰で全員無事ですよ。」
バンパーによると、あの後マイチ本人が現れて野次馬や記者に事情を説明し、倒れていた十三人は医務室に運ばれて今は意識を取り戻しているという。
どうやらバンパーは無線でマイチと繋がっていたらしい。
「俺たちは最初からマイチの掌の上だったということか。」
八道は少し悔しそうに微笑む。
だがバンパーは否定する。
「いえいえ、『八道魔導士と九林魔導士の意思を再確認できた』と喜んでおりましたよ。」
「八道、九林。 悪かったな。」
そう言いながら曲がりくねった通路へ続くドアから入ってきたのはマイチだった。
「マイチてめぇ最初から仕組んでたのか。」
「そうですよ師匠! もう少し他になかったんですか!?」
「すまない、二人とも。 賢者たちの作戦に乗るにはこうするしかなかったんだ。」
バイパーはマイチに小さな記憶装置のようなものを手渡した。
「なんだそれ。」
「あぁ、これは録音機さ。 ずっと録音してたんだ。証拠として使うためにね。」
「どこまで考えてんだよ……。」
「お疲れ様、ありがとう。」
その言葉に八道と九林ははぁっとため息をつく。
「あとひとつだけ頼みがあるんだ。」
マイチが、近くにあった椅子に座った八道と九林に静かに言う。
「なんだよ。」
「なんでしょうか?」
二人の反応にマイチは少し辛そうに顔を歪めながらこう言った。
「しばらく牢屋に入ってほしい。」
「「 は? 」」
~次回予告~
マイチの言葉によって投獄されることになった八道と九林!
男と女が一つの牢屋で一緒に生活することに!!
ベッドは一つ!トイレはオープン!
これを乗り越えた二人に見せあえないものなんてない!
九林「は? 私女だぞ、はっ!?」
八道「なんの拷問だよこれはぁぁ!」
次回、「二人の夜」乞うご期待!!




