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ハチミツ魔道譚  作者: 夏玉 希
第二章 魔導国家の根
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師弟の再開

八道と九林は魔導協会へと続く大通りを歩いていく。

この時間帯はちょうど人が多くなる頃だ。魔導士達の姿が増えていき、一人スーツ姿の九林が目立つ。

だが九林は気にしていない様子。

八道はいつも通り無表情だ。

いつもなら八道の隣にいるのは三葉なのだが今日隣にいるのは九林である。

他人から見れば九林と歩いているだけでも十分(じゅうぶん)(うらや)ましがるのだが。


「どうした? 横にいるのが三葉ちゃんじゃないから不満か?」


ニヤッと笑いながら九林は八道を見る。


「うるせぇ。」


八道は否定しなかった。

愛されてるなぁと九林は三葉の事を思って微笑む。


久しぶりに歩く地上、魔法に関する店や施設が両脇に建ち並ぶ魔導街。

九林にとって嫌な思い出しかないが、それもいい加減終わりにしなければならない。

時代は、世界は今も前へと進んでいるのだ。

魔導士たちの目線には気づいているが、今なら誇りを持ち胸を張って歩ける。

少し前までならこんな所歩けないだろう。

私も少し前に進んだのかな、と感慨にふける。




「もうすぐだぞ。覚えてるか、アカデミーだ。」


協会に併設された大きな施設。

黒一色(くろいっしょく)に塗られた魔導士見習いアカデミーは九林にとって最も記憶に残っている場所でもある。屋上にある始業を鳴らすベルが印象的な建物だ。


「いい。 先を急ごう。」


目を逸らして早足で協会へと向かう。

八道もその速度に合わせ、早足になる。

二人はアカデミーを通り過ぎ、やがて城のような協会の建物が見えてくると、足を止めた。



「お前、まだ魔導証は持ってるか?」


八道が前を向いたまま九林に言う。


「あぁ、本当は捨てようと思ってたんだけどな。あるぜ。」


そう言って九林が手に持っていたスーツケースから取り出したのは学生の時に来ていた制服だった。

魔導士のコートに似た制服。

学生の時は九林も将来魔導士になることを夢に見ていた。

捨てようと思っていた割には綺麗に折りたたまれている。

だがそれを持っているだけで羽織ろうとはしない。


「そうか、じゃあ行くぞ。」


八道が固い表情のまま歩こうとしない九林を先導するように歩き出す。

なんとか九林も八道に付いてくるがその足取りは重そうだ。

そしてそれを見かねた八道が止まる。



「嫌なのはわかるが……、そこで止まってていいのか?」



止まってていいのか?

この言葉が九林をハッとさせる。

止まってちゃいけない。

九林は動こうとしない自分の引きしまった細い足を奮い立たせ、(ひざ)を両手で叩くとツカツカと歩き出し、八道の先を歩く。


八道はふっと笑うと九林の後を追う。

二人は門の両脇に立つ警備を抜け、受付へと向かった。

そこには前回マイチに会った時と同じ、眼鏡をかけた女性魔導士が椅子に座り、長机の上にある記録簿に記録をしながらを受付をしていた。


「おはようございます、どのようなご用件でしょうか。」


聞きやすさを求めた変わらないトーンの女性魔導士。

バリバリの武闘派である強面(こわもて)の九林を見ても動じる様子はない。

どちらかというと九林の方が緊張している。


「マイチに会いに来た。」


八道は無表情で前回と同じことを言う。

女性魔導士も若干そんな気はしていたらしく、受話器を片手に「少々お待ちください」と二人に告げる。


「九林、大丈夫だ。 緊張することはない。」


「何言って――――――」


八道が九林の背中を叩く。

不器用だが八道にとって最大限の気づかいだ。

それに気づいた九林は言葉を詰まらせる。


「ふぅ……。大丈夫だ。」


緊張が解け、楽になったようだ。

表情も柔らかくなっている。

八道はちょっとだけ九林の顔を見てすぐに他所(よそ)を向く。


「確認いたしました。 それでは魔導証を見せていただけますか?」


前回と順番が違うところを見るとこの女性魔導士も顔に出さなかっただけで九林に驚いたのだろうか。

なんて考えながら八道は魔導書を見せる。

外側に向く矢印でつくられた八角形、その横に小さく三葉のクローバーが刻印されている。


「八道S級魔導士ですね。確認いたしました。」



続いて九林である。

丁寧にスーツケースを開き、中から制服を取り出し大切そうに女性魔導士に見せる。

やはり捨てたかったようには見えない。


「え……?」


女性魔導士は驚く。

当然の反応だろう。

いかにも危険な雰囲気を漂わせている女が制服を証として見せたのだ。

いくら冷静な女性魔導士でも声が裏返って当然だろう。

九林のことを知っている人間以外から見ると今の九林はただの恐い人だ。


「え……とこちらは?」


制服は証としてはあまり使われない。

魔導証とは、魔導士や伝導士である証拠を見せられれば何でもいいのだが制服というのは珍しい。

しかも明らかに学生ではなく大人の女性の九林が見せるのだ。



「ネームタグを見てくれ。 私の名前があるはずだ。」



九林は無感情な声で言う。

言われた通り女性魔導士は制服の襟にあるネームタグを確認する。

そして息を飲んだ。


「もしかしてあなたは……!」


女性魔導士の反応に九林は顔をしかめる。

こういう物珍しい物を見る反応をされるのが嫌だったのだ。


だが、女性魔導士は言葉を続ける。


「く、九林先輩! 今までどこに居たのですか!? あなたが重罪に問われた時も私はずっと心配しておりました! あの九林先輩がそんなことするわけがない、と私たちは信じておりました!」


いつも冷静で大人しい彼女がガタンと立ち上がり声を上げる。

その声は受付をしている時のような無感情な声ではなく、今にも怒っているような今にも泣きだしそうな声だ。

隣で事務作業をしていた男性魔導士も何事かと目を向ける。



「え……あぁ……ありがとう……」



予想外の反応に九林は思わずのけ反る。

いつの間にか九林も人見知りになっていたのだろうか。

気まずそうな顔をして八道の後ろに静かに隠れる。


だが八道より身長の高い九林が隠れられるはずもなく……。



「とりあえず大賢者様のところへ行ってください! また後でゆっくりお話ししましょう!」


「お、おう……」



女性魔導士は憧れの九林に会えたことで興奮冷めあがらぬ様子で大賢者の部屋への扉を開いた。

何もない石の壁の一部が開き、塔の中の様子が見える。

そして最後に女性魔導士が九林に握手を求め、されるがまま握手を交わすと、「また後で」と手を振られ、石の壁に開いた大賢者の部屋への入り口に入る。


中に入り床が上昇を始めると、九林が深いため息をついた。



「なんだったんだ、あれは……」



恐らく後輩だとは思うが九林が地下に入ったのは数年も前。

数年あれば女性は大きく見た目も変わる。九林は「誰だったっけなぁ」と八道の横で頭をひねっている。


そう言っている九林も八道から見れば数年前と比べ結構変わっている。

まな板と馬鹿にされていた胸はいつの間にか見事なほどまでに大きくなり、身長は昔から九林の方が高かったが更に少し差が開いている。

もう男みたいだと馬鹿にされることはないだろう。



「お前はどう思ってるか知らねぇが多くの後輩や同級生はお前が罪を犯すなんて信じちゃいなかった。 お前の普段の行いのおかげだな。」



「え、そうだったのか……」



「お前が消えた時だって大騒動だった。 勝手にグループつくって探したりしてたぜ。」



九林はその言葉を聞いて自分は何を憎んでたんだろうと思った。

思ったよりも憎む相手は少なかったのだ。それなのに一時は地上に住む魔導士すべてを憎んでいた。

そして地下に籠っているうちに、今隣にいる自分の剣を鍛えてくれた八道でさえも信じれらなくなっていた。


九林はふと八道も私も探してくれたのだろうか、と疑問に思った。

だが八道の返答によっては傷つくなぁと思ったので聞くのをやめた。



「もうそろそろだ。」



上昇が緩やかになり、やがて音もなく止まる。

目の前には城門のような大きく分厚そうな鉄の扉。

二人はノックもせず扉を押して開き、中へと入った。



「やあ八道。 今日はどんな用で――――――――」



八道の横にいる黒スーツの九林にマイチの視線は釘づけになる。

マイチと九林が顔を合わすのはアカデミーの卒業式以来だ。

数年間で数千人もの生徒を見てきたマイチはどうせ私のことを覚えてはいないだろうと九林は自分の師匠に自己紹介の準備をした。



「お、お前は九林……か!? 九林なのか?」



マイチは覚えていた。

ソファから立ち上がり、九林をよく見ようと、入口のほうへとやってくる。



「ご無沙汰しておりました。 九林です。」



容姿は大きく変わったが声は変わっていない。

マイチにとっては自分たち上層部の間違いのせいで国を追い出してしまった愛弟子をもう一度見られるとは思っていなかったようで……。



「おぉ、九林か! 昔はあんな木板のような胸だったのに今は見違えるほどに――――――――――おごっ!」


「すいません。 手が滑りました。」



満面の笑みでフックをマイチに見舞った九林。

鍛え上げた拳から繰り出される攻撃は身体強化がなくても十分(じゅうぶん)致命傷を与えられるだろう。

八道は無表情でボーっとしている。


気を取り直して、マイチは九林の顔を見ると、深く頭を下げた。



「九林、あの時は悪かった。 私たち上層部がしっかりしていなかったからあのようなことになった。」



「そうですね。 確かに師匠たちのせいで私はこの国で暮らすことはできなくなりました。 ですが今はこれでよかったと思っています。」



「ホラ、これです」と自分が身に着けている黒いスーツを誇らしげに見せる。

これが今の私の居場所なのだと。



「それは、地下組織の者の服ではないか! お前は今地下にいるのか?」



マイチは驚きの声をあげる。

この国を出て行ったと思っていた九林がまだこの国の中にいたのだ。

そして最近噂を耳にする地下組織の服を着ていたのだ。



「マイチ、九林は地下都市を治めている組織のトップだ。 組織の名前は九林グループ。 地上から追い出されたコイツは地下で最大の規模を誇る組織を作り上げたんだ。」


「だが地下は犯罪者や貧民の住処(すみか)ぞ。統治など出来るのか? 」



「師匠。地下にいる人間を犯罪者や貧民とひとくくりにするのはやめていただけますか? 彼らは私の仲間

ですから。」



九林が鋭く言葉をはさむ。

九林も八道と大賢者相手にも言わなければいけないことはハッキリという。

敬語を使っている所が八道と違うところではあるが。



「九林は更生しようとする犯罪者や貧しい人たちに一から魔法を教えたんだ。 たった一人で、だ。 そのおかげで今は他国の軍にも退けを取らない身体強化魔導士の組織になってるぜ。」



マイチは「そうだったのか」と下を向く。

白髪が増えてきた(よわい)になって初めて知ることだった。



「九林、八道からお前の罪が消えたことは聞いているか?」


「はい。 師匠がずっと私の無実を主張していてくれたことも聞きました。」



九林は少し微笑んで「ありがとうございました」と頭を下げる。



「それでも地上に戻らぬということはお前の居場所は地下にあるのだな。」


「はい。 それについてですが、報告しなければならないことがあります。」


「何かあったのか? 我々は地価の情報を持っていない。 教えてくれ。」



マイチはソファに二人を座らせ、グリーンティーを三人分淹れてくると、机の上に置いて自分も向かい側に座る。

そして八道と九林は地下で起こった魔物の襲撃を一部始終伝えた。

それが他国によるものだということも。

マイチは厳しい顔をしてそれを聞き、二人の話が終わると「ふむ」と一考した。



「そうか、地下でそんなことが……。」


「はい。 私たちはこれからも監視をしなければならないと警備を強化しています。」


「そうだな。 地上だけではダメだということか。 地下都市の存在は今や人々の記憶の中から消えつつある。 今の子供たちは存在自体知らないだろう。 その地下都市の情報がどこから漏れたのか、木になるところだな。」



マイチはティーカップの半分ほどグリーンティーを飲むと、机上に置き、立ち上がる。

そして大きな窓から見渡せる魔導街、市街区を見ながらあの名前を出す。



「"七雀"か。」



「七雀……ですか?」



九林が口を開いた。

八道と同級生だった九林もその名前は知っている。

むしろ人との関わりが強かった九林の方が七雀のことに詳しい。



「ヘルメスが店にやってきてアイツの名前を出しやがった。」



八道が重い口を開く。

努力家で人一倍勉強もしていた九林は神託ヘルメスについての知識も深い。

ヘルメスは誰の味方でもなく必要な場所に忽然と現れ必要なことを言うと忽然と消えるのだ。

その情報は全て真実で、主に災いを予言するといわれている。



「ヘルメスが七雀の名前を出したのか!? そもそもアイツ生きているのか?」



九林の記憶では大人しくて優しい、よく皆を見ている男だった。

どこか不思議な雰囲気をもっていた彼はいつのまにかその場にいる、という空気のような人物だった。

そして八道とは別の才能を持った男だった。


だが七雀はアカデミーの卒業式の日に突然、死んだ。

八道も九林もその場にいて、今でもその無残な姿は目に焼きついている。



「生きているんだろうな、きっと。 マイチ、調べは進んだのか?」



八道は以前頼んだ調査についてマイチに現在の状況を聞く。



「あぁ、魔族の重鎮(じゅうちん)達が殺されていたよ。 魔界での彼らを殺すとは恐るべき力だ。 もし七雀が我々の敵となるならば相当厄介だ。」



魔界での魔族、魔物というのは人間界に召喚された時と違い、百パーセントの力を発揮できる。

人間界に召喚された魔族や魔物たちの力は本来の五分の一程度とされ、その姿も力を抑えられた状態なのである。

魔導士が魔界に行けば、空気に含まれる豊富な魔力のおかげで少々力は上がるが、それでも百パーセントの力を出せる魔界の住人には刃が立たない。



「そもそも七雀(ななすずめ)の目的は何ですか?」



現状を知った九林がマイチに聞く。

だがマイチは首を横に振る。

どうやらそこまでは掴めていないらしい。



「七雀については引き続き調べる。 それより今は協会(ココ)が大変でね。 二人も十分気をつけるんだよ。」



マイチも色々と問題を抱えているようだ。

でもそれを二人に打ち明けることはなかった。

マイチはソファへと戻ると残りのグリーンティーを飲む。



「わかった。 じゃあ俺たちは帰る。 またな。」


「では失礼します。」


「二人とも元気でな。」



二人は大賢者の部屋を出て扉を閉める。

そして今度は下降する床に乗り込む。



「どうだった、九林。 楽になったか?」


「ああ。会えてよかったよ。」



九林の顔には笑顔が戻っていた。

アカデミー時代に友人と一緒に居た時のように。

いつも遠目でなんとなく九林を見ていた八道はその笑顔が戻って良かったと心の中で思った。


そして間もなく床は静止し、二人は外へと出る。



だが、そこには先ほどとまるで違った光景が広がっていた。



「九林先輩、逃げてください!!」



受付をしていた女性魔導士の声が聞こえた。

八道「なぁなぁ九林、ウイローって知ってるか?」


九林「なんだそれ、知らないな。」


八道「実はいうと俺も知らないんだ。」


九林「そうか、ウイロー……誰かの名前かな?」


八道「俺は魔法だと思うんだ。」


九林「ウイロー ウイロー ウイウイウイロー♪」


八道「ウイウイロー ウイウイロー ウイロー♪」



三葉「なにこれ……こわっ」




注:ういろうは食べ物です。誰かのあだなにしてはいけません。誰かに唱えても効果はありません。

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