キモチはゆらめく
「いらっしゃいませー! ハチミツ魔導具店へようこそー。」
「いらっしゃいませー……。 ようこそー……。」
新たな店員の増えたハチミツ魔導具店。
数日前に八道と三葉のもとへやってきた九十九は元人形である。
彼女が店にやってきてから今まで三葉が一人で行っていた朝の作業も二人になって早く終わるようになり、三葉にも本を読む時間ができた。
九十九は店にやってきた時、付喪神になりたてで、裸だった。
だから最初は三葉の服を、そして今は三葉が街で調達してきた薄手のシャツとジーンズを着て手伝いをしている。
体にぴったりと合った服が三葉に負けず劣らずのスタイルを引き立てている。
三葉と違いどこか不思議な雰囲気を漂わせている九十九は現在、ハチミツ魔導具店に住み込んで働いていた。
店にやってくる魔導士たちは相変わらず無関心だが、市街区からやってくる一般の人たちは三葉と九十九に見とれて買い物どころではなかった。むしろ二人を見に来ているような人もいる。
元が人形だからか口数の少ない九十九と、キリッとした一見冷たそうな容姿で元気いっぱいの三葉。二人の看板娘の噂が広がったのか、それとも雑貨屋にもたらしていた九十九の福なのか、以前よりも客足も増えていた。
二人に話しかけてくる若者も多いのだが、カウンターの奥から射抜くような視線を飛ばす八道に気づくと口を塞ぐ。
そして客足が途絶えると八道による魔法の勉強会が始まるのだ。
八道のいる共同スペースに三葉と九十九は引き上げ、新聞を片付けた八道が魔導書の空白のページの端を破って九十九に渡す。
「九十九、まずはお前の適性を見る。 この紙に力を込めてみろ。」
「力…………?」
「そうだ、思い切り握りしめる感じでだ。」
言われるがまま九十九は八道に渡された紙を握る。
魔力紙は様々な用途に使われるが、元来魔力紙の特徴は『魔力に反応する』ことで、その属性によって色を変える。上質な魔力紙ほど細かく反応し、属性だけでなく魔力の質まで表れる。
属性で言えば自然操作が赤、能力強化が青、召喚が緑、と魔導士としての適性を調べるためにも使われ、アカデミーの適性検査でもずっと昔から変わらない方法だ。
「ん……!」
九十九が八道に渡された髪を両手で握り、力を込めると、魔力紙はじわっと赤く染まっていく。
適性は自然操作属、深い森や山を住処とする物の怪が祖である付喪神なら妥当なところだろう。
八道は赤色を示した紙を九十九から受け取る。
九十九は紙の色が変わったことに驚いた顔をして、自分の手を「おぉ……」と眺めている。
八道は話を進める。
「じゃあ次はこれだ。」
といって魔導書を横に置くと、共通スペースの角にあるガラクタ入れから一振りの魔導剣を取り出し、九十九へと手渡す。
九十九とその横に居た三葉は刀身がなく、柄だけしかないその魔導剣を珍しそうに見る。
「これは魔力量を量る物だ。 さっきの要領で力を込めて見ろ。」
「…………うん。」
九十九は魔導剣の柄を両手で握りしめ、柄を絞るように力を込める。
すると柄から空気のような青白い刀身がスッと伸び、共同スペースの天井に突き刺さった。
その魔導剣は二メートルを超える長剣になったのだ。
「その刃はお前の魔力だ。 ふむ。 さすが付喪神、そこそこ魔力はあるんだな。」
「力を抜いていいぞ」という言葉に従い九十九は力を抜く、すると刃も溶けるように消えた。
八道は魔導剣を再びガラクタ入れに突っ込むと、目を閉じる。
「自然操作は俺の専門じゃない。 だから教えられたことをそのまま言うが、自然の動きを『感じる』ことはできるか?」
八道は目を開け、「俺には何もわからん」と魔導書を取る。
九十九と三葉も八道の真似をして目を閉じるが、三葉はすぐに「わかんない」と目を開けた。
一方九十九は目を閉じたままゆらゆら揺れている。
「風の音が聞こえる……。…………地面の声も、木々の声も……。」
八道は「おぉ」と声を上げる。
「お前はいいもん持ってるぜ。多分な。 風に地、それに木。 三つの自然を感じるってのは人間じゃあ無理なことだ。」
「へぇぇ…………」
九十九は目を閉じてゆらゆら揺れる。
「すごいねー、九十九! 私も負けてらんないなぁ!」
「お前はまた属性が違うだろ。 競ってどうする。」
「じゃあ基礎だけ教えるから後は自分でやれ、できるな?」
九十九はこくんと頷く。
八道は立ち上がると早速簡単な魔法を教えていく。
自然操作はいくら魔力があっても自然に好かれていなければ操ることはできない。
身体強化や召喚よりよっぽど才能がものを言うのだ。
八道は魔力で生み出した紛い物の火の玉を手の上に造りだす。
「掌に集中するんだ。 そして自然の声を聞いてそこに集めるよう意識しろ―――――――――――」
それから数日、仕事の合間をぬって九十九は魔法の練習をした。
八道はいつものように眠っているので三葉が付き添って見ていた。
店の外に出ることはできないため、共同スペースとカウンターの間にあるスペースで二人は練習する。
ちなみにカウンターと共同スペースの間にはそこそこの空間があり、八道側には洗面所とバスルームが、三葉の部屋側には倉庫がある。
その日、朝の作業が二人になったことで余る時間を使って二人は魔法の練習に励んでいた。
「できたじゃん! すごいすごい!」
「すごい……………」
九十九は風を操り、空中で動けるようになっていた。
まだ地と木については練習中だが、数日でここまでの成長はやはり種族としての能力が関係あるのだろう。
二人は時を忘れ魔法で遊んでいたが、店へと続く階段を上ってくる音が聞こえ、急いでカウンターへと戻る。まだ開店時間ではない。誰だろうと三葉は不思議に思った。
カランコロン......
「いらっしゃいま――――――――――」
「よぉ三葉ちゃん。 元気にしてるか? ん、横のは誰だい?」
「九林さん! 来てくれたんですね!」
「…………どうも。」
店に入ってきたのは地下都市を統治する九林グループのボス、九林だった。
黒いスーツで全身を包み、後ろで髪を一つにまとめたその姿は魔導士でありながら魔導士のコートを持たない彼女の他所行きの姿である。腰には九林の武器である魔導剣を差している。
豊満な胸と引きしまった筋肉がこれはこれで注目を集める。
そしてこの姿の九林は、クマのような体格をした二条より恐い。
動物図鑑に載っていた黒豹をイメージさせる。
「あ、この子は九十九といって、付喪神なんですよ。」
三葉の紹介に九十九はぺこりと頭を下げる。
元気いっぱい。不思議ちゃん。豪快で豪傑。
雰囲気の全然違う女性三人が一堂に会したのである。
「おーおー付喪神とは珍しいな! 私は九林、よろしくな!」
「よろしくお願いします。」
九十九にとっては八道と三葉以外で初めて話す他人となる。
見た目は恐いけどいい人そうだなぁと九十九は思った。
「それにしても可愛い子じゃないか。八道はこんな美女に囲まれて生活してるのかぁ、羨ましいねぇ!」
「こっちはむさ苦しい男ばかりだぜ」と笑い飛ばす九林。
三葉は笑ったが九十九はまだ少し気まずそうだ。
「地上に来たってことはマイチさんに会いに行くんですか?」
三葉が地下での帰り際に八道と九林が交わした約束を思い出す。
それにも関わらず、八道はここ数週間その話題に関して一言も口に出さなかった。
「報告しなければいけない」と言っていたのは八道なのに。
「あぁ、地下も色々対策しててさ。 八道は度々連絡くれてたんだが時間喰っちまった。」
「そうなんだ……」と三葉は呟く。
八道は連絡してたんだ、少しくらい話してくれても良かったのに……
なんだか胸がちくちくする。
九十九が俯く三葉を心配そうに覗きこむので三葉は顔を上げる。
そういうことなら寝ている八道を呼んでこなければならない。
「九林、来たのか。 準備はできてるぜ。」
三葉が振り向くと、そこには既に準備を整えた八道が立っていた。
魔導書を片手に、もう片方の手には珍しく荷物の入った巾着袋を携えていた。
「おぉまだ寝てるのかと思ったぜ。 じゃあ行くか。」
「あぁ。」
そう言い似たもの二人は店を出る。
三葉はそれをボーっと眺めていた。
「三葉、来ないのか?」
ドアを手で押さえた八道から声がかかる。
いつもなら三葉が荷物を持ち、八道は手ぶらなのだが今日は自分で袋を持っている。
三葉は自分はいらないな、と思い首を横に振る。
「ううん、今日はいいや。 店番もあるし、九十九の魔法を見てあげなきゃ。」
目の奥が熱くなってきたので三葉は俯く。
なんでこんな気持ちになっているのかはわからないが、八道と九林が一緒にいるところを見たくなかった。
「そうか。 なら行ってくる。」
そう言い、八道は店のドアを閉める。
ベルの音がどこか悲しく聞こえた。
俯いたままの三葉の顔を九十九が不思議そうに覗きこんだ。
だがもう三葉は我慢できなかった。
熱い涙が一粒頬を伝う。
それを皮切りに目の奥から止めどなく涙が溢れ、頬を使って床を打つ。
永らく人間を見てきた付喪神の九十九は、何度かこの場面を見てきた。
人形の時は何もできなかったけど今は体がある。
この手がある。
人形だった自分には無い感情だけど、どうすればいいのかはわかる。
その場にしゃがみ込み、泣いている三葉の背中を優しく撫でる。
何も言わない。
何も言う必要は無いのだ。
九十九は練習して操れるようになった風で、そよ風を起こす。
心地良い風が三葉のなめらかで真っすぐな黒い髪をなびかせる。
いつの時代もそう。
少女の隠れた気持ちに馬鹿な男は気づかないものだ。
九十九は共同スペースの壁にある窓の外に広がる景色を見て、過去を思い出した。
自然操作魔法……自然界の六行『火・木・風・水・雷・地』を操る魔法の総称。他の魔導士に比べ、自然の声が聴けるという天性の才能が必要になるこの属性の魔導師は案外多いのだが、それは六行の中の一つだけを操る者である。二行以上を操ることでこの属性の魔導士は真の力を発揮する。その力は己で見つけるしかない。魔導士の中で『なるのは簡単だが究めるのは困難』と言われる属性である。
魔法の中でも、その祖は魔族ではなく自然にあるとされている。
八道召喚魔導士の一言
「俺にこの才能はなかったな。 あれば便利だと思うぜ。」
三葉伝導士の一言
「九十九はすごいんだねー! もっと頑張って真の力を見たいなぁ。」




