付喪神と雑貨屋
昨夜まで降っていた雨は嘘のように上がり、雲の切れ間から太陽が顔をのぞかせる。
今日、八道と三葉は依頼を受け、とある雑貨屋へやってきていた。
雑貨屋は市街区にあり、ハチミツ魔導具店からはかなり遠かったが、馬車も出す、飯も出すということなので引き受けた。
「で、依頼と言うのは何でしょうか。」
雑貨屋の一番奥の部屋に二人は通される。
どうやら店主のおじさんは一人でこの雑貨屋を営んでいるらしい。
散らかってはいるが一応応接室なのだろう。
「さ、座ってくだされ」
何年も使われていないような埃っぽいソファに依頼人の店主と向かい合わせに八道と三葉は腰かける。
八道はあからさまに嫌な顔をしているが、店主のおじさんは気づく様子もなくコーヒーを出してきた。
ソファに挟まれたテーブルの上で湯気を立てるコーヒー。
もちろん二人ともコーヒーは飲まないため、手はつけない。
白いコートを羽織ったまま、三葉は本題に入る。
八道は無言で座っているが、時折周りに転がっているガラクタのような雑貨や骨董品を見ては顔をしかめている。
「はい、最近夜な夜な店から人の歩く音がするのです。 そして朝見てみると配置が変わっていたり置物が倒れていたりするんです。」
「こんなに汚ねぇのに配置とか覚えてるのかよ……。」
八道はボソッと呟く。
テーブルの下で三葉に膝を殴られ「うっ」と八道は小さく呻く。
「て、典型的な付喪神だな。 この店、新しい物だけじゃねぇだろ。 骨董品のどれかが化けてるだろ。」
八道は部屋の中を見渡す。
小さなこの応接室の中には、タンスが二つあり、その中に異国の人形や銅像やらが並べられている。
壁には裸体の女性がこちらを見ている不気味な絵画が掛けられ、木目鮮やかな床には壺や動物の置物が煩雑に置かれている。どれが付喪神でもおかしくはなさそうだ。
付喪神とは、古い物に魂が宿りそれが様々な障害を呼び起こす霊の類である。
永く愛された物はその場所に福を、打ち捨てられ野ざらしにされていたものは厄を持つといわれている。
この雑貨屋の場合、恐らく後者だ。
「えと、最近お店に仕入れたものとかで骨董品はありますか?」
「あれ……ですね。」
店主が指した場所には豪華な装飾の施された額に入った絵画が飾られていた。
なんだか一つだけ浮いているような感じがする。
遥か昔の英雄の勝利を描いたもののようだが……。
「あの絵は違うな。 もっと別の物だ。 他にあるか?」
「他に仕入れたのはこの人形だけです。 」
「うわっ……」
店主が懐から取り出したのは、異国の人形。
その精巧な造りは人形ながら本物の人間のように見える。
しかし、三葉が声をあげたのはそれが理由ではない。
店主が取り出した人形、服は破れ、髪は抜け落ち肌は灰色にすすけている。
まるで焼け跡の灰から出てきたような姿だ。
それをこの店主は懐から取りだしたのである。
「この人形は仕入れたものではありません。 たまたま通りがかったところに置いてあったのです。」
「……だから持って帰ってきたのか?」
八道は訝しげな顔をする。
十中八九この人形が付喪神になっている。
もしくは元々そうだったか。
「でも、この人形が店にやってきてからお客さんも以前より増えました! この店に福を呼んでくれる人形なのです!」
店主は子供を可愛がるかのように人形の頭をなでる。
それを見た三葉は全身に悪寒が走ったが顔に出さないよう努力した。
大事そうに自分の隣へと人形を置く店主。
相当気に入っているようだ。
「まぁいい。 で、おかしな現象が起こるのは何時くらいだ?」
「確か、夜中の二時から三時の間です。 恐らく今晩も起こるかと……」
「わかった。 今夜何か起こったらその人形を俺に渡せ。 俺がその人形を福の神にしてやる。」
そう言って八道は三葉に合図する。
「紙を出せ」の合図だ。
「うん」と頷くと三葉は肩掛け鞄から長方形の魔力紙を取り出した。
その紙にはいつもと違う不思議な魔法陣が描かれている。
八道はここに来る前、数枚、この魔法陣を描いていた。
三葉もまだこの魔法陣を何に使うのか教えて貰っていない。
ただ持っていろ、と言われただけだ。
「これはな、聖なる力を込めた魔力紙だ。 その人形にこの紙を触れさせればお前の持つ福の神の力を更に向上させることができる。」
使ってみるか? と八道は店主へ薦める。
そう薦める八道の顔は至って真剣だ。
三葉は聖職者でもないのに聖なる力を込めることができるのか、と八道を疑った。
だが八道の顔を見てハッと気づく。
(絶対なにか企んでるっ!)と。
どこか様子をうかがうような見上げる目、それは八道が何かを試すときにする目だ。
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます、早速使ってみようと思います。」
そう言いながら八道の渡した魔力紙を人形に近づける。
八道はその瞬間をジッと見つめる。
その瞬間を待っているかのように。
三葉は何が起こるんだろうとドキドキしながら見つめる。
「おわっ」
人形がポロッと店主の手から転がり、床へと落ちた。
慌てて拾う店主、だが人形は魔力紙に近づけようとするたびに店主の手から離れ、床へと落ちた。
「やっぱりな……」
八道は人形を見ながら呟く。
三葉にはただ人形が転がっているようにしか見えないが、。
「ねぇハチ、どうなってるの? なにがわかったの?」
三葉は合点がいった顔をしている八道に聞いてみた。
「え? あぁ、実はあの魔法陣には何の効果もねぇんだ。」
「え!……ってことはあの人形が付喪神?」
「あぁ、間違いねぇ。 悪霊かどうかわからねぇが……、さっさと片づけるか。」
八道はすくっと立ち上がると何の効果もない長方形の紙を一枚掴み、目の前にいる人形の額に押し付けた。店主は八道の行動に驚いたが、それよりも人形の変化に驚きを隠せてなかったみたいだ。
「ぎぃぃぃぃぃぃ!!」
金属同士の摩擦音に近い音が応接室に響いた。
店主と三葉は耳を塞いで何事かと周りを見る。
そして魔力紙を押し付けられた人形は弾けるように八道の手から離れると床に転がった。
人形が呻いているようにも聞こえるその金属音はどんどん大きくなっていく。
八道は人形を踏みつけると笑いながらこう言った。
「あの紙にはなんの力もないぜ。 付喪神さんよ。」
「ぎぃぃぃぃぃ……ぃ?」
金属音が不意に止まる。その場がしん……と静まり返る。
金属音の語尾は疑問形のようでもあった。
そして人形はガクガクと震えだして八道の足の下からスルッと抜け出した。
「あ、私の人形が!!」
「近づくなおっさん。 今から正体現すからよく見とけ。」
「ぎぃぃぃ! ぎぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
人形はガクガクと体をよじらせて震えると髪が伸び、胴体が伸び、四肢が伸びていく。
それはまるで乾燥した海産物を水に浸した時のようだった。
徐々に人間となっていく人形。
三分後、完全に人間の、女性の姿へと変わった。
「わ、私の人形がぁっ!!」
店主の言葉に反応し、"元"人形は店主をギロリと睨みつける。
店主はひぃっと悲鳴を上げると、ソファの後ろに隠れた。
そして目だけを出して様子をうかがう。
八道は魔導書を開いていつでも攻撃できる準備を、三葉は一歩後ろで、何があっても対処できるように構えている。
「やった……!! やっと人間になれた……!!!」
「は……?」
付喪神は人間の姿を得たのが嬉しいのか自分の体を触って喜んでいる。
一応女性なので全裸はまずいと思った三葉は、興奮して騒いでいる付喪神に自分のコートを被せた。
「なにやってんだ、お前。」
「え、いや。 だって……。」
八道は付喪神になにしてるんだと三葉の頭を小突く。
「はぁ」とため息ををつくと、魔導書のとあるページを開き、手をかざす。
魔力を込め、一人で盛り上がっている付喪神をにらみつける。
「地獄譚 魔界裁判官ドトウ」
魔法陣が床に現れ、やがてすぅっと紳士風の男が現れる。
耳が尖り、髪は漆黒。 眼鏡の奥に鋭く魔眼が光る。
魔界裁判官ドトウの右目は過去を暴く眼。全ての生物の過去を覗くことができる。
地獄の底にある収容所『魔監獄』で働く彼は閻魔に使える百八人の魔界裁判官の一人である。
人間界を含め、数ある異世界で死んだ者は全て閻魔のもとへと送られ、平等な裁判を受ける。
それにより罪人は地獄へ、善人は天国へと還るのだが、その裁判を行うのがドトウたち魔界裁判官である。
彼らの生存意義は正確な判決と的確な判断であり、どれ程の力を持つ者に脅されたとしても意見を変えることは無い。
重罪の魔導士を魔監獄へと収容することもあるため、人間と縁が深いドトウは人間の言葉を喋ることもできる。
数百年前の歴史書にも魔界裁判官ドトウの名前は記載されている。
そんな彼はいつも冷静沈着で、時に冷酷な物言いをすることもある。
まるで八道だ。
「八道、何の用だ。 もしかしてこれか?」
目の前で人間になれたことを喜びすぎて暴れている付喪神を見ながら、横にいる八道に問いかける。
八道は「あぁ」と返事をする。
「コイツは一体なんなんだ? 悪霊か?」
とても悪霊には見えない。
ただただ人間になれたことを喜んでいる変な付喪神だ。
よく考えれば、この雑貨店で夜な夜な起きていることも悪霊と決めつけるほどのことではない。
ドトウに気づいた付喪神が「ひっ」と悲鳴を上げ、固まる。
「いや、悪霊じゃない。 ただの付喪神だ。 おそらく人間に憧れていたのだろう。 元が人形なら尚更だ。 永らく人の形をしてきたのだ。 人間になりたいという気持ちが強くてこうなったのだ。」
ドトウは顔だけでなく、声の表情もなく淡々と喋る。
八道は「ふーん」というと三葉を見る。
三葉は早くこの付喪神に服を着させてあげたいようだ。
いくら付喪神とはいえ男どもの中にコート一枚の女性はまずい。
「付喪神は気持ちによって大きくその見た目も変化するのだ。 怨めば怨むほど醜く、愛せば愛すほど美しく。 この人形もやっと永い人形での生活を終え、人間になれたのだ。 お前がしばらく見守ってやるといい。」
成仏するまで預かれ、ということだ。
ドトウの言葉を聞いていた三葉はキラキラした顔で八道を見る。
「おいおい……。 変なこと言うんじゃねぇよ。」
「ハチ、預かってもいいよね。ウチ広いし!」
「ホラ……お前のせいだぞドトウ。」
「私には関係ない。 私を呼んだのが間違いだったな。 私は先ほど昼食タイムだったのだ。 それをお前が呼ぶから――――――」
「あ! お前拗ねてやがんな! 何が冷酷で公平な裁判官だ!」
「拗ねてなどいない。」
ドトウはそういうと影の中に吸い込まれるように消えていった。
「逃げたな!」
八道は魔導書を開きドトウのページに文句をぶつけると、魔導書を思いっきり閉じて冷めたコーヒーの乗っているコーヒーの横に置く。
そして、だ。
「おっ……! ぉいっ……!」
白いコートをぎゅっと体に巻き付けて震えている付喪神が声を発した。
コイツをどうするかを決めなければならない。
三葉が預かると言った手前、勝手に黄泉送りにするわけにはいかない。
まったく、厄介この上ない。
「おい、店主。 」
ソファの後ろで一部始終を見ていた店主は驚きの連続で腰を抜かしたようで、「はぃ」という情けない返事をした後、ソファを杖に立ち上がる。
そしてよたよたとソファに座るとテーブルの上にある自分のコーヒーを飲みほす。
そして一息ついて付喪神を見る。
付喪神も店主を見る。
先ほどまで付喪神は店主の腕の中に居たのだ。
まるで親と子のように。
「えと……、こっちへ来てくれるかな……?」
店主の言葉に今まで怯えていた付喪神は一転、飛ぶように店主の膝へと座った。
三葉とほとんど変わらない妙齢の女性が、五十を過ぎた中年の膝を上に座っている。
八道と三葉はなんだかダメな感じがしたので注意する。
店主も気まずそうにしていたのでこれで正解だ。
二人に言われ、付喪神はしぶしぶ店主の隣へ座る。
「お前だったのか? 夜な夜な店で色々やってたのは……」
「……うん。 気づいて……ほしくて……」
「そうか、そうだったのか。」
「私……、一度燃やされかけた……でもね……そんなボロボロの私をあなたが拾ってくれた……」
「お前も……大変な思いをしたんだなぁ。」
それから付喪神と店主は二人で話し合った。
付喪神が夜な夜なイタズラをしていたのは店主の気を引くため、どうにか気づいてほしかったのだ。
店に福を呼んでいたのも彼女がどうにか店主の力になりたいと思ったためだろう。
「手荒な真似して悪かった。」
八道が付喪神に謝った。
三葉からすれば相当珍しいシーンである。
八道が謝ると付喪神はムスッとした顔で睨みつける。
「許す……。 人間になれたから……。」
付喪神はそういうと、三葉の白いコートを脱いでテーブル越しに三葉に渡す。
「なっ……!!」
「付喪神ちゃん! 服脱がないで、あなた今人間なんだよ!? 人形の時も着てたでしょ!」
「あ……そっか……。」
再びコートを羽織る付喪神。
八道は顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏している。
「あの、八道さん。 この子を一人前にしてもらえませんか?」
「ぅあ?」
「うん!」
「……え」
何故か三葉が元気よく答えた。
そして三葉以外の二人が驚きの声をあげる。
八道と付喪神だ。
付喪神は驚いて横に座る店主を見る。
八道は突っ伏したままの返事だ。
「ここはしがない雑貨屋で、この国のいいところを見せてあげることができません。 でも八道さんならこの子にもっと広い世界を見せてあげられるでしょう。 どうかお願いできませんか?」
「……お父さん」
この人形にとっては店主は父であり、店主にとって付喪神は娘だ。
店主は八道ですら見抜けなかったこの付喪神の存在を人形の時から感じ取っていたのだ。
数週間前のことだが、その時間は互いに大きなものだったのだろう。
やっと人間になれた付喪神にとっては酷だろうと店主も気づいている。
それでも。
「付喪神や。 お父さんはいつでもここにいるんだから大丈夫。だからお前は世界を見て来るんだ。やっと人間になる夢が叶ったんだからな。」
「魔法に興味はあるよ……。…………でも私、お父さんといたいよ……」
付喪神は子供のように店主のおじさんの腕を抱え込む。
そして一粒の涙の雫が頬を伝う。
彼女の膝に零れ落ちた涙が三葉のコートに小さなシミをつくる。
その数はどんどん増えていく。
「よし、じゃあ私がお前の名前はこれから九十九だ。 お前は私のたった一人の娘でここはお前の家だ。……だから一度行っておいで。きっと素晴らしいから。」
「…………う、うん。」
「八道さん、お願いできますか?」
「三葉……どうするんだ……?」
八道はまだ顔を上げられない。
なぜなら付喪神の九十九がいるからだ。
忘れているかもしれないが彼女はまだコート一枚、ほぼ全裸だ。
「ぐすっ……、うん……おいで。」
三葉は二人の話を聞いて感動のあまり泣いていた。
コートの下に着ていたブラウスが涙で濡れている。
だが鼻水は必死にすすっているので落ちてはいない。
「…………ありがとう。」
「ありがとうございます。 お金のほうは……」
「いらねぇ。 俺の店は金に困っちゃいねぇから。ぐすっ……」
ん?
三葉は涙を袖でぐしぐしと拭い、八道を見る。
相変わらずテーブルに突っ伏しているのだが、それは九十九の裸を見たからだろうか。
もう顔を上げてもいい頃じゃないか?
「ハチ?」
「な、なんだ。」
「それ、涙声?」
「なわけないだろ。」
「じゃ、顔上げてよ。」
「ふー」と八道は顔を上げる。
両目とも真っ赤で涙が浮かんでいる。
「涙目じゃん……。」
―――――――――――――――――――
「では九十九をよろしくお願いします。」
店主が店先で頭を下げる。
馬車がやってくるまでの少しの時間だった。
帰りの馬車の金は八道が出した。八道が俺が出すと言って聞かなかったのである。
全裸だった九十九の服は八道が魔法によって造りだした幻だ。触ると服じゃないのは分かる。デザインは人形だった頃の服を再現したものだ。
「任せてください。」
「次会った時には魔法使えるようになってるかもな。」
店主のおじさんは嬉しそうに微笑む。
『可愛い恋は旅をさせろ』とはこのことだろうか。
九十九は寂しそうな顔で父親を見る。
「…………お父さん、行ってくるね。また帰ってくるからね……」
「あぁ、行ってらっしゃい。」
こうして雑貨屋での依頼は無事解決した。
そしてハチミツ魔導具店にはもう一人、仲間が増えた。
付喪神……永い時を経た物に魂が宿り、意識を持ったもの。魔力を持つ付喪神は強い思いによってその姿を変える。そして強い思いを胸に動くとされる。それが怨みだろうが愛であろうが彼らにとっては大切な思いなのである。
付喪神の発生する確率は低く、一風変わった魔力を持つという。
八道魔導士の一言
「泣いてねぇからな。」
三葉伝導士の一言
「ハチは泣いてました!」




