三葉の最強伝説
「なぁ、今日は客来てないのか?」
共同スペースにて新聞を読む八道がカウンターで本を読んでいる三葉に声をかけた。
「うーん、そうだね。 今日は雨だし仕方ないよ。」
そう、今日は大雨。
今日の八道の目覚ましとなったのは店の付近に落ちた雷だった。
雷が落ちるほどの天気のせいか朝から客の姿は無く、雨の音が静けさをより引き立てていた。
「いつもは雨でも少しは来るんだけどねー。」
「静かなのはいいことだ。 ゆっくり寝れる。」
「いや、さっき起きたばかりでしょ!」
二人の会話も雨の音に消え、それから二人は別々の事をしながら時間は流れていった。
「何もすることないから部屋に戻っててもいい?」
「あぁ。 客が来たら出ればいい。」
三葉はカウンターを離れ、自分の部屋へと入っていった。
八道も新聞を読み終え、もう一度寝ることにし、部屋へと戻る。
それからしばらく経っただろうか。
三葉がベッドに横になって本を読んでいると、コンコンというノックのような音が聞こえた気がした。
「ん? お客さんかなぁ。」
三葉は本を閉じて部屋を出てみる。
だが人が入ってくる気配は無い。
雨の音が聞こえるだけだ。
「気のせいか。」
再び部屋に戻って本を開くと、間を置かず今度はガチャッと言うドアが開く音とそれに続いてカランコロンというベルの音がしたのだ。
「さっきの人が来たのかな。」
三葉は本を置き、部屋を出る。
カウンターへと向かい、「いらっしゃいませー」と雨にかき消されないように少し声を張る。
「へ?」
店内には誰もいなかった。
カウンターにいれば店内の様子は全て見える。
死角もない。
店の中は朝三葉が品物を補充し並べ、掃除をした綺麗な状態のままだった。
ただ一つ。
ドアの前に水が溜まっているのである。
この日、八道は当然だが、三葉も外には出ていない。
もちろん朝に掃除をした時は水はなかった。
あったとしても拭き取っているだろう。
……ということは、だ。
誰かが店の中に入ってきたのである。
ドアが開いた音は一回。
ドアを開けると必ずベルの音がするので聞き間違えは無い。
考えられる状況は2つ。
一つ目は、今この店の中に八道と三葉以外に誰かがいる。
二つ目は、ずっと店の中にいて今出て行った。
後者の場合はドアの前に溜まっている水を説明できない。
三葉が弾きだした答えは前者。
今、この店の中に誰かがいる。
「だ、誰かいるんですか……? ……あっ!!」
気づけばいつの間にか三葉を囲むかのように、水が滴ってできた足跡が至るところにできていた。
「なに……これ……」
三葉は出会って最初の頃、八道に言われた言葉を思い出した。
「怨霊と幽霊は別物だ。 怨霊は目に見えるが幽霊は見えない。 魔力も持たないよくわからんやつらだ。」
魔力を持っているモノが店の中に入れば八道が必ず起きるはず……
じゃあこれは幽霊……?
そう思い始めた途端、三葉の心を恐怖が埋め尽くした。
「あ……こ、来ないで……。 お願いだから来ないでッ……!」
三葉はその場にしゃがみ込み頭を押さえて、目を瞑る。
ヒタヒタ、ペタペタという足音まで聞こえ始めた。
「うぅっ……」と三葉は両手で耳を塞ぐ。
「み……つば……ちゃ……ん」
「キャーーーーッ!!」
三葉は首筋にかかる何者かの息に、悲鳴を上げながら反射で裏拳を繰り出した。
ボグッ!という鈍い音と何者かの頬にヒットした感触が三葉に伝わる。
「ぐえっ!」
「ん?」
三葉は自分の拳を撫でてみる。
確かにじーんとした殴った感触がある。
カエルの断末魔のような声も聞こえた気がする。
試しに三葉は自分の目の前の床を強く踏みつけてみた。
「ぐおっ!」
三葉の足は床上三十センチ辺りで止まる。
ぼよんとした感触がある。
三葉は確かに見えない何かを踏みつけている。
ふん、と力を入れてみると、足首を掴まれた。
「うわっ!」
三葉は離れようとするが掴まれた足は動かない。
「くそっ、ばれないと思ったのに……!」
床からそう聞こえ、三葉がじーっと見つめていると、うっすらと人の影が現れ、やがて男が出てきた。
太り気味で眼鏡をかけたその男はニタッと笑うと三葉の足に頬を擦りつけてきた。
「これが三葉ちゃんの足かぁっ……、ホント綺麗な足してるねぇ!」
男は気持ちの悪い笑い声を上げると、三葉の足を引っ張って床に引きずり倒した。
「いたっ! 何するのっ! 離してっ!」
三葉が大声で暴れると、男は三葉の口を脂肪の詰まった手で塞ぐ。
三葉は気持ち悪さと汗臭さに暴れるが、男が全力で押さえているので跳ね除けることができない。
「せっかく魔法で姿を隠してきたのにぃ、こうなったら最後までさせてもらうよぉ!」
男は顔に汗を浮かせ、荒い息遣いで三葉の体を嘗め回すように眺める。
なめらかな肌と細い四肢、無駄な脂肪が無くしなやかな三葉の身体は痴漢の餌食となった。
だが男はひとつ勘違いしていることがあった。
三葉の格闘術を。
「離っせっ!!」
三葉は押さえられていなかった足で男の股間に膝蹴りを叩きこむ。
「げぇっ!!」
男が口から手を離した瞬間に男の顔面に右ストレート、男は鼻血を吹き出して三葉から離れる。
三葉は服で口の周りをごしごしと拭うと、股間と顔を押さえて悶絶している男を睨みつける。
「幽霊じゃないんだったら怖くないよ! 男の人にもケンカなら負けないし!」
三葉はふんっと口をへの字にして服の袖をまくり白い腕を曲げて力を込める。
細い腕にぷくっと小さな力こぶができる。
「いてててて!! こうなったら力づくで僕のモノにしてやる!!」
そう言って突進してくる男を、三葉は距離を詰め、頬に狙いを定めて回し蹴りを放つ。
しなやかな足は、頬というよりは首にクリーンヒットし、男の巨体を床に転がらせる。
「アゴがっ、僕のアゴがっ!」
男はアゴを押さえたまま床をゴロゴロと転がる。
「痴漢なんてするからこういう目に遭うんだよ。 これからは私を狙わないことだね!」
その通りなのである。
三葉を狙っている男は少なからずいるのだが、熱狂的なファンたちは、三葉のことを調べていくうちに諦める。
なぜなら彼女はアカデミー時代、本人の知らないところで『鬼』と呼ばれていたことがあるのだ。
彼女自身何も鍛えてはいないし、身体強化の魔法が使えるわけでもない。
だが三葉を気に入らなかった同級生による遊びと称したイジメの時、身体強化をした上級生の魔導士を倒しているのである。
それも一度や二度ではない。
彼女は遊びと言われているので手は抜いているのだが相手は本気。
それでも打ちのめしてしまうのだ。
そのせいで彼女の知らないところで悪名が立ってしまい、教師陣にも伝わったことで生活面での成績はガクッと底辺にまで落ちてしまったのだ。
だから彼女は実績試験になるとかなり不利になってしまう。
彼女にとって八道の助手になれたことは本当に幸運だったといえよう。
そんな彼女の格闘センスを知らず、生半可なファンであるからこそこの男は痴漢を働いたのだ。
「まだやるっ!?」
三葉は自分で編み出した変なポーズで構える。
男は頭に血が上っているのか、真正面からもう一度三葉に突進していく。
「くっそぉぉぉぉ!」
「ふんっ!」
「おごっ!」
男は顎に強烈な一撃を喰らい、今度は転がる余裕もなく白目を剥いて仰向けに倒れた。
三葉は男を店の外に引きずりだし、階段の下にあるゴミ捨て場に安置すると、パンパンと手を払って店へと戻った。
店に戻ると八道がカウンターに立っていた。
「おい、店の中濡れてんじゃねぇか。 拭かなきゃ。」
「ねーハチー、私さっき痴漢にあったんだけど。」
「は? 何寝ぼけたこと言ってんだ。 お前のうっすい胸を誰が狙うっていうんだよ。」
「寝ぼけてないで早く拭け」と八道は雑巾を持ってくる。
三葉は「本当だよ!」と言いながら雑巾を受け取り「これが証拠なんだから!」といいながら濡れた床を拭く。
「私だって狙われるんだよ! ちゃんと!!」
「俺だったら絶対狙わねぇけどな。」
八道は床を拭きながら「ないない」と三葉を見る。
「何笑ってんだ、お前。」
「なんでだと思う?」
ゴンっという鈍い音に続いてドサッと倒れる音がした。
「ハチー!!」
「てめぇ……」
八道を共同スペースの絨毯の上までなんとか運んで寝かせた後、三葉は一人で床を拭くことになった。
幽霊……怨霊とはまた別の、実体を持たないナニカ。いるのかどうかすらわからないが「見た」という人間が多くいることもあり、「いる」ことになっている。あの八道魔導士もその一人らしい。彼曰く よくわからない変なやつら 。
八道魔導士より一言
「奴らはいる。 いるんだ。」
三葉伝導士より一言
「私は信じないね! いないよ!」




