第七話 慟哭の山と狂戦士の守った街
魔王決戦の地、そこは王国と帝国の国境にもなっていた山の、裾に広がる樹海だった。
そう、今では草木も生えぬ荒野と化したそこは、確かに樹海だったのだ。
なぜ4年たった今でも、草の一つも生えてこないのか?
魔王の瘴気の影響である、という者も居る。単に大地の生命力が枯渇しただけだ、という者も居る。
いずれにしろ、今でも国境警備隊による巡回監視が続いているそこは、今では、こう呼ばれている。
『慟哭の山』と――。
「ふーん」
「ふーんって……他人事みたいに。当事者でしょうに」
野営キャンプ中である。場所はその、『慟哭の山』に一番近い城塞都市の、正門すぐ近く。
街そのものには着いたが、閉門時間には間に合わなかった。って奴だ。
……いや、ピザンの権力とか、ローレライの姿を見せれば、恐縮しながら門くらいは開いてくれるとは思うよ?
でもそしたら、目立つからな。あまり派手に動き回らない方が良い。というのは、ほぼ全員の共通認識だし。
実際、広めのスペースを設けられた正門前には、閉門時間に間に合わなかった隊商があちこちで夜を明かしてる。
こんな状況でローレライなんて目立つ機体出てきたら、魔王討伐英雄! なんて大騒ぎになるの間違いないじゃん。
だからシールドライノもローレライも、少し離れた所で、自然に溶けてくれていた。
S級以上のビーガードって「呼べば来る」んだよ。キッズアニメ的だよなー。
カケルとかリョウとか、ノリノリで「来い! アウレリオンッ!」とか「出番だ、ノクスファルク」とかやってたなー。
いやリョウはノリノリというか、あれが素だった気もするが。時々「フッ」とか笑ってたし、あいつ。
にしても、慟哭の山ねぇ。
「当事者っつっても、その後の経緯まるで知らんし、俺。なんで慟哭の山なん?」
「あー……えーと……」
急にマリンがもじもじとし始める。……あぁ、ひょっとして。
「トイ」
「違いますわよ」
発言は即座にノゾミに遮られた。違うのか。
「ふーむ。じゃぁなんで……あ。……ひょっとして、俺か?」
「あー、はい、そうです。『英雄が眠る山と、彼の為に歌う少女』なんて話が、その……」
「なるほどなー」
「そんな他人事な」
他人事感が強いもん、実際。マリンは当事者感が強いんだろうけど。
「俺としちゃ、あっちの方が気になるからな」
「バングさんとガイアですか」
城塞都市ベルガルド。ここは、魔王戦役の前は、違う名前の街だった。
そして、この街の名目上の正門は、王都方面ではなく、慟哭の山を向いている。正門の両脇に、二体の銅像が並んで、慟哭の山の方を向いている。
右が熊の様な大男、左は熊の様なビーガードの像。男の名は『バング』、ビーガードの名は『ガイア』。
「命を懸けて街を守った、英雄の像。ですか。……実際にはどんな人だったんですの?」
ノゾミが聞いてきた。どんな人かっつてもなー。
「街を守ったっつっても、結果論だろうな。バングのおっさんは、英雄よりも、狂戦士って名前の方が似合う奴だったよ」
「ちょっと気になります。私たちはあまり、交流しませんでしたから、バングさんとは」
マリンもか。うーん、俺もそれほど深く付き合ったわけじゃないからなぁ……いやまぁ、戦友ではあるけども。
とりあえず、いつも戦っている奴だったよ、常に前線に居たな。熊型スローンビーガードのガイアも強かったけど、バングのおっさんはマジで強かった。
強い+強い=超強い。そんなシンプルな強さでなぁ。ライノの見立てだと、俺じゃぁ、10回やって1回を拾えたら良い方だ、とさ。
あぁ、そういや、英雄についても言ってたなぁ、あのおっさん。
「誰かのために強くなれるのが英雄だろう。俺は俺の為に強くなった。俺は英雄なんかじゃない」
なんて、何かの英雄の歌で聞いたような事をな……けど結局、歯ぁ食いしばって、命懸けで守り抜いてんじゃんかよ、なぁ?
あれ? 知らない? 光の巨人の有名な歌なんだけど。 あぁ、そうそう、それ。歴代の中でも、過酷な運命背負ってる系のな。
へぇ。結びつき、繋がり、って意味があったのか、ネクサスって単語。あぁ、脱線したな。バングのおっさんの話だわ。
「戦うことにしか興味は無い。前線が俺の居場所だ」
「戦って戦って戦って、いずれ何も残さずに死ぬのさ」
他にはそんな事も言ってたっけなー、あのおっさんは。ははっ、しっかり残して逝ってんじゃんな? あぁ……でも、そうか……あのおっさん、もう居ないのか。
……ま、取りあえず、だ。
「本物なら、あんな風に穏やかな顔してないな。慟哭の山を睨みつけて、歯をむき出しにして笑ってるぜ、きっと」
ノゾミは「なるほど……」とか言いながら、なんかメモを取ってる。今の話で、なんか拾える事でもあったんかね。
マリンは……なんか考え込んでるな。何か思う事でもあったんかね、今の話で。
「にしても、何をやらかして英雄とか呼ばれるようになっちゃったんだ、バングのおっさんは」
「魔王軍幹部の軍勢から、街を守り切ったのですよ」
聞き慣れない声に、咄嗟に腰に手をやりながら、そっちを向くと、グレーのスーツを着込んだ、細身のうさんくさいおっさんが居た。
誰だ? 俺の知ってる顔ではない。マリンを見る、小さく首を振る。ノゾミは……ちら、とこっちを見て、小さくうなずいた。任せろ、って事か?
「あぁ、すいません、驚かせましたか。私、こういう者です」
「名刺ですか。……バルバット・ノクティリオさん……帝国の商会で働く交易担当、なるほど」
「はい。何やら興味深い話をしてるのが気になりまして。よく見て見たら、昨今話題のクドウ商会のお嬢様では無いですか。これは是非お近づきに、と、えぇ、はい」
「あら。お目当ては私でしたの?」
「えぇ、はい、何やら、画期的な商品をいくつも開発しているとかで、あぁ! 勿論、こんな所で商売の話はいたしませんよ。あくまで雑談です」
商人……確かに、そんな感じではある。でも、何だろう、この違和感は。
「それで、バング様ですが。いやぁ、あれは凄かった」
バルバットと名乗ったそいつは、少々大仰な動作で語りだす。
――曰く。
バングのおっさんは、俺たちが魔王討伐に出向いた後、ガイアの修理が間に合わなかったとか言って、この街に残っていたらしい。
だから魔王戦で見かけなかったのか……てっきり別方面で大暴れしてるのかと思っていたぜ。
そして、守備が手薄になったこの街を、魔王軍幹部のアロサウルス型ディーガードが、軍勢を引き連れて襲ったらしい。
そこに立ちはだかったのが、バングのおっさんが乗る、ガイアだったとか。
「アロサウルス……あの外道……卑劣、狡猾、執念深くて、本当に嫌な野郎だったが……そんな事を」
「全くです。さすが狭量のアロサウルス。でもまぁ、どうやら部下にも嫌われていたようですがね。彼は」
「なんで知ってるかって? 軍勢の動きを見ていればわかりますよ。で、まぁ、そこにバング様ですよ!」
「狡猾すぎて逆にわかりやすいんだよ! テメェみてぇな奴は!」
「って叫びながら、アロサウルスの野郎の横っ面をガツン! ですよ! いやぁ、痺れましたね」
「ガイアの修理が間に合わなかったとか、嘘! 嘘も大嘘! そりゃもう大暴れでしたよ!」
そうなんだよな。生身で熊を殴り倒した。とか眉唾な逸話もあるバングのおっさんだけど、脳筋じゃねぇんだよ。
戦闘IQはかなり高い方だと思う。だからきっと――。
「アロサウルスの奴、夜襲とか火攻めとかやってきたろ?」
「あぁ、しましたねぇ。そりゃもう、効果が出る所を、実に嫌な形で」
「だから逆に読まれたと」
「その通りです! お兄さん詳しいですね! バング様のファンですか?」
「そんなんじゃねぇよ、少しばかり知ってるだけさ」
でも、そうか。此処で戦ったのか、此処で、最後まで戦い抜いたのか、あのおっさんは。
「何十体居たんだ?」
「数えきれない程ですね。百体以上居たのでは? 後で回収されたディーガードの残骸は、大小含めて四十七機。ただ……アロサウルスの残骸は発見されていません」
そう言って、バルバットのおっさんは、小さくため息をついた。
「アロサウルスが戦場から消えると、軍勢はさっさと逃げ出しましたよ。そして、後には片膝をついたまま停止したガイアと、中で事切れているバング様が……」
「そうか」
「警備隊や守備隊から、アロサウルスが大破するのを見た。という報告はあるようですけどねぇ……くたばってると良いのですが」
「バングのおっさんの墓は……あるのか?」
「適当にやっとけ。という遺言にしたがい、適当に街中の大聖堂脇の墓地の、日当たりの良い場所に埋められて、適当に立派な墓石を乗せられて、適当に手厚く葬られてますよ」
「そっか。ありがとよ、おっさん。しかし詳しいな。まるで……現場に居たみたいだな?」
「いえいえ、聞いた話と、避難しながら見た話の統合ですよ。私は戦えませんからね、バング様の最後も、直接見たわけでは勿論ないです」
「ふぅん。まぁ、それはそうだな。商人だしな」
「そうですとも、情報は力です。……あぁ、もう良い時間ですね。では私はこれで」
そう言ってバルバットのおっさんは席を立つ。……結局最後まで、違和感の正体がつかめなかったな。
密偵とかそんな感じじゃ無いんだよな、こいつの纏う空気。こう、腕利き商人はスルリと人の間に入り込むのに、こいつはシュルリと入り込む感じというか。
「……あぁ、ガイアは大破しましたが、ビーガードコアは無事で、大聖堂の脇で眠っているようです。会いに行ってみては?」
そう言い残してバルバットのおっさんが立ち去る。その姿を見送り、姿が消えてから、ノゾミが一つため息をつき、言った。
「わかりません。初めて会うタイプですわ。ただ……そうですわね……人事部の課長とかに居そうなタイプでしょうか」
「ごめんわからん。俺の印象はそうだなぁ……中学の教頭があんな感じだったかな……」
「え、えぇと……解散したアイドルグループのリーダーとか、中堅の芸人さんの感じでしょうか」
ふむ。つまり、上と下を繋いでる位置の人間……多少のカマかけには動じない立場……。
「宮廷貴族の家令か執事の、直属とか?」
「接触してくるとしたらその辺でしょうか。ただ、本当に大商会の番頭クラスの人間の可能性も高いですわ」
「でも知ってるんですよね、ヨウスケさんがガイアと面識がある事を」
うーむ…………むむむ…………駄目だ、わからん!
わからん事を悩んでもしゃーない!
「今のところ敵ではない。でいいかねぇ。また接触してきたら、少なくとも一人では会わないように気を付けよう」
「うちの子達にも注意しておきますわ。あぁ、それと、ピザンさんにも伝えておきます」
「私はなるべく、ヨウスケさんと一緒に居ます!」
現状これくらいしか手は無い。いやまぁ、手段をえらばなければあるにはあるが、単純にやるの嫌だし。
それにこの場合、その手は間違いなく悪手だろうからな。
「そういえばヨウスケさん。さっき腰に手を伸ばしたの、何ですの?」
「ん? これか? 胡椒を詰めた袋だよ。気が付いていたのか、目ざといねぇ」
「ヨウスケさんの逃走七つ道具の一つですね!」
「逃走前提ですのね……まぁ、それはそうですか。生身じゃたかが知れてますものね、私達は」
「そういや俺もノゾミに聞きたいことがあったなぁ」
「3サイズですか? 上から――」
「ちゃうわ! しかも答えるんか!」
気にならないと言えば嘘になるがな! あっ、マリンの視線が冷たい気がする! やめて! そんな目で見ないで!
仕方ないんや! 俺も健全な青少年男子なんや!
「冗談ですわ。それで、何ですの?」
「いやさぁ、ワンコってあれ、本名? それともニックネームとか、コードネーム的なの?」
「あぁ……ワンコの事ですか……あれは私の落ち度ですわ……」
「……重い話? なら別に――」
「いえ。あの子達、元々はストリートチルドレンだったのですが、可愛かったので、私好みに育てようと思ってですね」
おっとぉ。重い話なのか何なのかわからなくなってきたぞぉ。
「ワンコに出会って、名前を聞く前に『可愛いワンコちゃんですわ!』と言ってしまって。それ以来『私の名前はワンコだぞ!』と本名を言ってくれなくなりまして」
「……うーん」
「いいんじゃないですか?」
「マリンちゃん? えっと、いいとはどういう事ですの?」
「ワンコちゃんはノゾミさんに恩を感じて、名前ごと忠誠を差し出すくらい好きって事なのでは?」
理解出来ちゃうんか、マリンさんや。……やっぱこの子、重いわ。重い女だわぁ。
「そ、そうなのでしょか……な、なんだか無性にワンコを撫で繰り回したくなってきましたわ」
そこで喜んじゃうノゾミも相当だよ。
「さーて寝るか。明日はバングのおっさんの墓参りに行くな、俺」
「あ、おやすみなさい、ヨウスケさん。私もご一緒しますね!」
「おやすみなさいませ。では私も抱き枕を調達して寝ますわ!」
寝る前にもう一度だけ見たバングのおっさんの銅像は、苦笑してるような気がした。
俺は楽しくやってるぜ、おっさん。
……あんたのおかげだ。




