第五話 私の想い(マリン視点)
「ほい、もしもし亀よ、亀さんよ、と……おぉ、上手い上手い、けん玉のコツは膝だぞー」
ヨウスケさんが子供たちに遊びを教えている。私は少し離れた所で、それを見ている。
あぁ、そういえばあの歌もパブリックドメインだっけなぁ、なんて、愚にもつかない事を考えている。
「うん.? ヨーヨーの大技が見たい? あー。じゃぁ、跳ねたり回ったりブリッジしたりしないやつな」
すっかり懐かれてるなぁ、ヨウスケさん。まぁね、優しいもんね。
昨日だって、無理に遊びに誘うんじゃなくて、唐突に村の広場でヨーヨー始めて。
それはもう、子供たちだって集まるよ。
「失敗しても笑うなよー。いくぜ! コウイチロウ・ドライブ!」
ちょっと待って。何あれ凄い。私もまだ見た事ない!!
両手でヨーヨーを!? 何がどうなってるの? というか、コウイチロウさんって誰!?
……今度じっくり見せてもらおう。きっと二つ返事で見せてくれるはずだから。
凄い技すぎると「何がどうなってるかわからなくて逆に引く」とか言ってたから、たぶんあれ以上の技もあるんだろうけど。
……大丈夫だったかな。
今朝からの私、ちゃんと可愛く見えていたかな。焼きもち焼きすぎだって、うざったく思われて無かったかな。
……たぶん大丈夫。きっと大丈夫。ヨウスケさん、嘘が下手だもの。「可愛いなこんちくしょう!」って言う時は、本当に可愛いと思ってるはず。
……時々、本当に上手に嘘をつく時があるから怖いけど。でも、間違いなく「本音を隠すのは下手」だ。
「遊間陽介さん」
小さな声で、彼の名を口に出してみる。名は体を表すよね。遊びの合間に、陽気に人を助ける。本当に、そんな人。
気楽に生きたい。なんて、普段は言ってるのに、いざとなると軽口を叩きながら、危険に飛び込んでいく人。
最初に惹かれたのは、最初の魔王軍幹部と戦った時だったな……。
「妬ましいわ。妬ましいわ。あぁ、妬ましくて仕方ないわ。あれだけ心配して貰ってるのに、良い気になってる小娘。許せないわぁ」
たぶんその時の私は、本当に良い気になっていた。自分だけが不幸な気になっていた。
ちゃんといい子で居たのに。どうして。パパとママの言う事ちゃんと聞いて、勉強だって頑張って、お仕事だって頑張ってたのに、どうして。
そんな思いに捕われて、ちゃんと私を見てくれている人がいる事に、気が付かなかった。
「許せないわよね。許せないわよね。……その機体、引き裂いて、中身を取り出してくれる」
「マリン! マリン! 駄目! 完全に力負けしてる! 全武装一気に叩きつけて逃げよう!」
「あ……あぅ……」
水中、水上では無双の強さを誇る、セラフィックビーガード、ローレライ。
なのに、その魔王軍幹部は、その水の中で、ローレライをあっけなく追い詰めてみせた。
追われて、追い詰められて、捕まって、自身の倍ほどもある大きさの敵に抑え込まれたローレライは、まるで浅瀬に追い込まれて跳ねる魚のようで。
妬まれるのは慣れていた。芸能人の端くれだもの、妬みや嫉みには慣れていたけど、それに加えて、この殺意――息が苦しくなるほどの、悪意。
「中身を取り出して、バラして、並べて……あぁ。あの男、どんな顔するかしらぁ」
「マリン! お願い! せめて命令して! 逃げろと言って! 全力で逃げろと命令して!」
「ロ、ローレライ逃げて……!全力で逃げて!」
「了解! スピアランチャー、ショックウェーブ、ソニックブラスト、全砲門解放! 一斉射開始!!」
「アァァァァァァッ!」
「んぐぅっ!」
ローレライは槍と衝撃と音波とを、至近距離で叩きつけた。至近距離すぎて、ほとんど自爆攻撃みたいなものだったんだと思う。
ギュギギギギィッとかギギャァッとか……そんな感じの、耳が痛い程の大音響が体を通り抜けて、機体が激しく揺さぶられる。
モニターがブラックアウトして、操縦席がアラート表示の真っ赤な光だけになり、同時にけたたましいアラート音が鳴り響く。
ローレライも、相当痛かったはず。なのに悲鳴の一つも上げずに、敵から距離を取ろうともがいている。
「やってくれたわね! よくもやってくれたわ!……――殺す」
「……ごめんねマリン。ここまでみたい。でも、あなただけは逃がすから……操者保護プログラム開始」
待って、ローレライ、何を――そう言おうとして、息をしていなかった事に気が付く。
息を吐きだし、吸った時に、回復したモニターに映し出されたのは、魔王軍幹部の機体の、大顎で。
しぬ? ころされる? しんじゃう。やだ。やだよ。しにたくないよ。
「あ……たす、けて……」
《逃げろぉ! マリン!!》
「アァッァァァァッ!!」
もう駄目かと思ったその時に、横合いから思いっきり敵幹部に体当たりしてきたのが、ヨウスケさんだった。
「遅れてごめんなぁ、コイツ鈍重でさぁ」とか、後で謝られたっけ。本当に申し訳なさそうにする姿が、ちょっとかわいかったのをよく覚えている。
《よくもうちの子をいじめてくれたなぁ! 此処からは俺が相手だ!!》
「あぁ……あぁ……妬ましい、妬ましいわぁ、こんな必死に……」
《うわ力強っ!? というか女性人格!? ちくしょう! やりにくいっ!!》
「遊間さん……?」
《何してんだマリン! はやく逃げろ! 大丈夫だ! カケルとリョウもこっちに向かってる!》
「妬ましいわぁぁぁぁ!!」
《うるせぇ嫉妬女! あっ、ちょっ、普通に力負けする! 早く来てぇ! カケル! リョウ!》
その時ヨウスケさんが乗ってたのは、まだシールドライノじゃなかった。
「とにかく頑丈なのください」って言ったヨウスケさんに与えられたのは、倉庫の奥で眠っていた、時代遅れのA級犀型ビーガード、ライノホーンで。
とてもじゃないけど、魔王軍幹部と正面からやりあえる機体じゃなかった。はずだった。
「ごめん、ヨウスケ、撤退する……操者保護プログラム中断」
「ろ、ローレライ?」
《おうよローレライ! はよ逃げろ! そんで、カケルとリョウ呼んできて! なるはやで! あっ、ちょっ、綺麗なお姉さん、もう少し手加減を!!》
「妬ましい。許せない。……――喰ってやる」
《ですよねー!》
その時だったんだよね、魔王討伐メンバーが本当の意味で揃ったのは。
《――力が欲しいか?》
《誰じゃいこんな時に! 悪魔かなんかか!》
《お前が乗ってる、この機体だよ。――力が欲しいか?》
《欲しい! 寄越せ! 下さい! プリーズ!》
《迷わないのだな。良かろう、くれてやる。……私の力、何に使うか見せてもらおう》
《はぁ!? そんなもん決まってる! かわい子ちゃん助けてモテモテじゃい!!》
《ふっ、くくっ、ならば呼べ! 私の名前は、シールドライノ!》
《おうよ! 助けて下さいシールドライノ!!》
《了解、だ!!》
次の瞬間、ライノホーンが強く発光して、一瞬で水辺が干上がった。
光の中のライノホーンの姿は変わらない。変わってないはずなのに、一気に威圧感が増大していて……。
ついさっきまでくつろいで、スタッフさん達と談笑していた、大御所の役者さんが、一瞬でその「役」になったみたいな感じ。
……悪役してる時の北大路欣也さんとか、凄かったなぁ。
あっ、凄い。これは勝てない。文字通り『役者が違う』って、あの感じ、なんだけど……伝わりづらいかな?
でも実際に『重量級スローンビーガード』のパワーは凄まじかった。押されてた状況が、一気に互角まで持ち直してたもの。
「パワー勝負じゃ勝ち目はない」ってローレライも断言してる。「私がシールドライノを倒すなら? ……ヨウスケを狙う。色気で迫る」って言ってるくらい。
ヨウスケさんを狙ったら、私、ローレライが相手でも何するかわからないよ。とは言っておいた。「ごめん、狙わない」って言ってくれた。
《待たせたな! 兄ちゃん!》
《待たせました! 遊間さん!》
《大丈夫!? マリンちゃん!!》
《やっと来たか主人公コンビ! 練習してたアレ、ぶちかませ!! アユミはローレライのカバー頼む!!》
《おうよ兄ちゃん! アユミ、タイミング管理も頼むぜ!》
あぁ、そういえば、カケル君は最初っから、ヨウスケさんに懐いてたっけ。「? よくわかんないけど、少なくとも悪い人じゃねーよ」って。
アユミちゃんも「まー、カケルが言うならそうなのかもね!」って納得してたなぁ。「どっちも子供でしょ。だから波長が合うんじゃない? あの二人」って。
リョウ君はそれでも警戒してたけど。それも、いつの間にか絆されてたなぁ。「あれで裏表があったら逆にすごい」という意見には、私も賛同したい。
《行くぜ、アウレリオン!》
《ノクスファルク、飛ぶぞ》
《あぁもう! ホントに! 私が居ないとダメなんだから! ニクスシルヴァ、タイミング管理お願い!》
太陽獅子アウレリオン、夜天ノ鷹ノクスファルク、雪森の狼ニクスシルヴァ、それぞれが皆の乗るビーガード。
ヨウスケさんが「必殺技と言えば合体技だろ!」とか言って、提案してた技。でも実際、この合体技で魔王軍幹部機は壊された。
技の名前は「Dブレイク」で、……技の名前で揉めてるカケル君とリョウ君の二人に、ヨウスケさんが提案してた。
太陽と夜だから「デイブレイク」「ダブルブレイク」の意味もあるし、運命なんざぶち壊せ! って感じの「ディスティニーブレイク」の意味もな。って。
……なんでこんな人凄い人がモテなかったんだろうと、ちょっと思ったりする。不思議だ。
本当に不思議だ。
「マリン、大丈夫? どこか痛い? もう大丈夫だからね」
自分の方が痛いだろうに、ローレライが声をかけてくれてたのにも気が付かず、皆の合体技もそっちのけで。
私は、ヨウスケさんの事を、この人の事を、もっと知りたいと思って――。
「お待たせしましたわ、マリンちゃん」
「ぴゃっ」
「あらかわ……んんっ、どうぞマリンちゃん、冷たいレモネードです」
「うぅっ……ありがとうございます、ノゾミさん」
冷たいレモネードをくっつけられて、水滴がついた頬をハンカチで拭く。
ヨウスケさんは「リョウと似てる」って言ってたけど、私はそうは思わないんだよね、ノゾミさん。
なんというか、ちょっと得体が知れない所があるというか……。良い人だとは思うんだけど。
「うふふ、そんなに警戒しなくても大丈夫ですわ。まずは、女の子同士の秘密のお話から。気になってるでしょうし」
「あ、はい」
……今の今まで忘れていたけど、言っても仕方ない事なので、そのまま続きを促します。
「まず、芸能界の膿は完全に除去とはいきませんでしたわ。でも、ご両親とその周りの連中は仕事を失いました」
「……はい」
「ご両親は、岩手のどこかで、隠れるよう……隠れてひっそりと暮らしています」
「……はい」
「良いニュースもありますわよ。マリンちゃんのペットの、四匹の亀は、ちゃんと保護して、アユミちゃんがお世話してます」
「はい。ありがとうございます」
良かった。あの子達、無事なんだ。アユミちゃんになら、安心して任せられる。
「で、リョウですが。少し落ち込んでましたわね。……マリンちゃん、振ったんでしょう?」
「え。あ、振ってないです、振ってないです、けど」
あの時、魔王を封印して、帰れるってなった時、リョウ君は言ってくれた。
工藤財閥の力を利用してでも、マリンを守るから、一緒に帰ろうって。
正直、帰ってもいいか、と思っていた。ヨウスケさんから見たら私はまだ子供で、きっと、ずっと、守る対象としか見られないって、その時にはわかってたし。
だから、帰ろう、地球に。そう思っていたんだけど。
「けど? リョウの姉としては気になりますわ。こう言っては何ですけど、あれ、かなりの優良物件ですわよ?」
「あぁ、はい、わかります。カッコイイし、頭も良いし、わかりにくいけど、優しさも熱さもあるし、芯も強いし」
「下世話な話をするなら、お金持ちでもありますわね。でも、帰らなかった。……何故ですの?」
ふぅ。とため息をついて、ノゾミさんに伝える。
直前まで、帰る気でいた、と。でも、ふと、振り向いて、あの荒野を見て、こう思ってしまった、と。
私たちが帰ったら、ヨウスケさんは一人きり。
いつか封印が解かれても、この世界に一人きり。
それでも、きっと、ううん、絶対にヨウスケさんは笑う。
「アイツら、無事に帰れたのか……うん。良かった」と笑う。
「さぁて、モテモテスローライフでも始めるか!」と笑う。
――この世界に、一人きりで。
私たちが帰っても、
あの人はきっと寂しいなんて言わない。
助けてくれとも言わない。
ただ――笑う。
一人で、笑う。
――そんな彼を、置いて行くの?
――彼の笑顔を見る人が、誰も居なくていいの?
「……そう思ったら、帰れませんでした」
「そうですの。帰らなかったんじゃなくて、残ったんですのね」
「あ。そうか。私、帰らなかったんじゃなくて、残ったんだ」
何というか、すとん。と腑に落ちた。
私は選ばなかったんじゃない。
私が選んだ結果がこれなんだ。
そんな風に、少し胸を張れる気がした。
「はー。罪作りな男ですわね、あいつ」
「本人に言ったら「なんで!?」って言いますよ、きっと」
「でもそれが良いんでしょう?」
「えぇ、まぁ、はい」
「はぁー……なんかこう、ごろごろ転がりたい気分ですわ、まったく」
わかる。私も何度、ごろごろ転がりたい気分になった事か……。
子供たちと遊ぶヨウスケさんに目をやる。今度はケイドロかぁ。遊びの引き出し多いなぁ。
「それにしても、本当に楽しそうに遊ぶのですね、あの人は」
「たぶん、本当に楽しいんだと思いますよ。だって、結局、ヨウスケさんが戦ったのって、子供達の笑顔を守るためとか、子供達に笑顔を取り戻すためとか、そんなのばっかりでしたし」
ノゾミさんの言葉に、自分の思った、その通りの言葉を返します。
「……口ではモテモテとか言ってましたけど…………口だけだと思いますし。たぶんそう。きっとそう」
「本当に罪作りですわね、まったく」
だからなんで!? と応えるヨウスケさんを想像して、苦笑します。
……うん。でも、良かった。
――ヨウスケさんに、あの子達の笑顔を見せられて、本当に良かった。
「おーい! マリンー! 何か、お前の歌聞きたいって話が出てるんだけどー!」
そんな罪作りな男の子は、私達の気も知らず、能天気に手を振っている。
まったく、もう、しょうがないなぁ。
「はーい! いいですよー! 何かリクエストありますかー!?」
「あれ聞きたい! デジタルなモンスターとアドベンチャーするアニメのオープニング!」
あれかぁ。うん。名曲だね。
「はーい! それじゃ、海神真凛、歌います!」
「わー!」
立ち上がり、息を吸う。見上げれば青い空。流れる雲。うん。歌える。……心の中で、あの旋律が流れはじめる。
疾走感のある力強いドラムのビート、背後で激しく掻き鳴らされるサブギターのカッティング、そして走り始めるメインギターのリードメロディ。
最初の数秒間で、一気に冒険のワクワク感に引き込まれる、あの名曲の旋律が聞こえる。
さぁ! 歌おう! 歌って、煌めく風に心を乗せよう、機嫌よく舞う、蝶々のように。
いや最後のアレは卑怯だろ、名曲の力を借りるとか。
というご意見もあるかと存じます。甘んじて受け取ります。
作者の好きな歌だからね! しょうがないね!




