第二話 狸っ子と、希望という名の少女
狸っ子に手を引かれ、テントから這い出すと、朝日に照らされた村の広場に――そいつは居た。
空の様な青さが目を引く乗馬服に身を包んだ、お嬢様然とした、黒髪の少女……整った服装、顔立ちからして、貴族か? ……警戒を一段引き上げとこ。
……貴族令嬢の綺麗さや可愛さに騙されかけた事は、一度や二度じゃないからな!!
「おじょー様、えいゆー様、おきた。朝ごはんー」
「はいはい、ご苦労様ね、マミ。先に食べに行って良いですわよ」
その女が優し気に目を細めて、狸っ子の頭を撫でると、狸っ子は「わーい」と、あまり嬉しそうじゃない声を上げて走っていった。
……走っていった先には、なんかちっこい連中がわちゃわちゃしている。
犬か狼の獣人少女と……あっちの子は狐っ子か、それと……なんか、ずんぐりむっくりしてんな、ドワーフの女性か?
と、服の袖を、きゅっと引かれた。まぁ見なくてもわかる、マリンの不安を感じてるサインだ。
「あー、すいませんが、先に顔洗ってきて良いっスかね? まだ起きたばっかりなもんで」
「あら、これは失礼しました。どうぞ行ってらして。それと、敬語は不要ですわ、英雄様」
途端にクールな目つきになった令嬢が、俺を見て言う。これだよ。この温度差が怖いんだ、貴族連中は。
すんませんね。と、村の井戸に歩いていく。歩いていきながら、マリンに語りかける。
あれは誰じゃらほい、貴族かなんかか? 名乗ってなかった? という問いに帰って来たのは――。
「クドウ・ノゾミ? クドウって――工藤、か? そういや、リョウの奴、以前に……」
「はい。リョウ君、お姉ちゃんが居るって言ってました。本人も、「リョウの姉ですわ!」って言って、私を――」
「何かされたのか!?」
「ぎゅっと抱きしめて、「可愛いですわ! 可愛いですわ! うちの子になりません? なるべきですわ!」と」
「あぁ、そういう……うひー! 冷てぇ!」
井戸から汲んだ水で顔を洗う。水は冷たかったが、おかげでシャキッとした。
しかし、リョウの姉? 転移して来たって事だよな、なぜ今? いや――今、だから? ……まぁ、話してみるしか無いか。
「ささやかですが、朝食をご用意しましたわ。どうぞ」
「あぁ、うん、ありがとう……遊間ヨウスケだ。リョウの姉なんだって?」
顔を洗って戻ってくると簡素ではあるがテーブルと椅子に、湯気が上がる朝食が用意されていた。
なんか、自衛隊が野外炊飯で使う機械の様な物で、顎髭三つ編みの女性ドワーフが料理をしてる。その傍に、コンテナを乗せた、大型キャビンのトラック。
……あのコンテナ、普通コンテナに偽装してるが、ビーガード運搬用の亜空間コンテナボックスか……すげぇな、むちゃくちゃ高価なはずだぞ、あれ。
「はい、工藤リョウの姉ですわ! 弟が世話になったそうで、お礼参りですのよ、英雄様」
「敬語はやめてくれ……俺は英雄なんかじゃ無い。ただ必死だっただけの、普通の男だ」
「ふむふむ。わかりましたわ! ヨウスケさん。この口調は癖みたいなものなので、ご容赦ですわ」
冷めるともったいないですわ、どうぞ。とノゾミは言って、自身も籠からパンを取る。
そう言われてみると似てるな、リョウに。顔立ちもだが、食事の作法なんてそっくりだ。
リョウの奴、中性的な顔立ちだったからなぁ……キッズアニメのライバルポジなら、さもありなん。
「さて、マリンちゃんとはもう自己紹介とスキンシップを済ませてますので、本題に――」
「待ってくれ、リョウは。――あいつらはちゃんと帰れたのか?」
「ふむふむ。それは大丈夫ですわ! 全員無事で健康状態も問題なし! 工藤財閥お抱え病院の太鼓判付で無事です!」
「……そうか……そっかぁ……あぁ……良かったぁ……」
「はい、良かったです。……みんな、元気なんだ」
胸を撫で下ろす、とはこういう事か。大丈夫だとは思っていた、思っていたが、確認なんてしようが無かったからな。
そこが心配だったんだ。ちゃんと帰れたのか、って。マリンみたいに、「自分の意思で残りました」なんて例外も居たしさぁ。
「ふむふむ。地球では、スマホに残ってた写真や動画が大受けですわよ。ヨウスケさんもヒーロー扱いです」
「あー、やめてくれ……っても、手遅れか」
「いいじゃないですか。ヨウスケさんはヒーローですっ」
「あんがとな、マリン」
マジで必死だっただけなんだがなー。まぁ、結果的にヒーロームーブしてたと言われれば、それはそう。
だってよー、小学生が命の危険で、俺は高校生なんだぜ? 誰だってそうする、俺だってそうする。って奴だよ。
「工藤財閥がバックアップして、ヨウスケさんのお父上が勤めている玩具メーカーで、ビーガードの玩具も作りましたの。売れてますわ。これどうぞ」
「おぉ! シールドライノ! 良いのかこれ貰っちゃって!」
「……本当にホビーやトイが好きなんですのね、リョウに聞いてた通り。あ、マリンちゃんはこっち、ローレライもありますわよ」
「あ、ありがとうございます……あれ、本物とはちょっと違う?」
「それは仕方ない。ローレライは下半身人魚だからな、忠実に再現しようとすると、どうしても複雑になる。複雑になればコストと耐久性に――」
「ストップですわ! ……本当に、大好きなんですのね、ホビーやトイが」
オヤジが玩具メーカーの営業係長だからな。多少は仕方ないんや。
え? 昇進した? ビーガードシリーズの売れ行きが評価された? ……まぁ、良い事か。
しかし良いなこれ、後でライノにも見せてやろうっと。
「しかし、よくこっちに持ち込めたなぁ……普段から持ち歩いていたわけじゃないんだろ?」
「まぁ偶然ですわね。自室に居た時に転移しましたの。だから、部屋の物をかなり持ち込めましたわ」
「……工藤財閥のお嬢様の自室の物って、それは」
「お察しの通り。かなりのロケットスタートを切れましたわ。……口八丁手八丁で、街一つ牛耳れるくらいには」
「はー……なるほどな。……参考までに聞きたいんだけど、君、いま幾つ?」
「16歳ですわね。花の高校一年生ですわ」
あ、すげぇわこの子。工藤財閥の長女だ、それなりの教育は受けてたんだろうし、リョウから聞いて、この世界の知識は事前にあったろうけど。
16歳の少女が、いきなり転移した異世界で、街一つを口八丁手八丁で牛耳る……? 完璧に天然チート、異能生命体寄りだろ、この子。
でなきゃ、「異世界転移したらまず何をするか」っていつも妄想してた、重度の中二病患者だろ。まぁ、それは無いのだろうけど。……無いよな?
「高一か、俺の一つ下だな、リョウと同い年のマリンからは一つ上と」
「ヨウスケさんの時間は4年くらい停まってましたからね」
こっち来て、魔王討伐に至るまで、だいたい一年かかったからな。まぁだいたい、そんくらい。
んで4年の封印。封印中は、魔王だけ一方的に消耗が続いて、4年くらいで魔王が先にくたばった……らしい。
勇者じゃない普通の人間の俺には、亜空間耐性が無かったのが功を奏して、俺の時間は停まっていた……らしい。
外からの観測では「ある日突然、シールドライノと魔王の機体が封印を破り現れた」そうだ。
そして、魔王の機体の中は空だった。魔王軍の機体は破壊すると「消えるか、機体の残骸だけが残る」んだ。この辺もキッズアニメ的だよな。
だけど、此処にまた、ノゾミっていう、この世界の異物が現れた。
「……続編か劇場版の可能性があるなー……つうか、そもそも魔王、ホントにくたばってるのか?」
「それですわ。私もその可能性を疑ってますの。ですからこうして、接触しに来たのですわ!」
というわけで、サポートするので、まずは私の拠点にしてる街まで来ませんか? とノゾミは言った。
うーん……俺個人としては、信用して良いと思うが……。ちらりとマリンを見ると、少し俯いて、何か言いたそうな雰囲気が――あぁ、そっか、これは聞かないと。
「時にノゾミさんや。マリンの両親の事だけど」
「あぁ。その事ですの。……まぁ、自分の娘を営業に使おうとするような人間は、芸能界に居られなくなりました。とだけ」
「そっか。だそうだ、マリン。帰れる日が来たら一緒に帰ろうな」
「はいっ」
「よし、そんじゃ俺はこの玩具、ライノに見せびらかして来る! 詳細はまた後で!」
「あ、私も! 私もこれローレライに見せてきます!」
俺的にはノゾミは信じて良いと思うが、まずはライノに相談だな。




