第三十話 メリーティア防衛戦 4 (群像劇)
ワンコは、くんくん、と、小さく鼻を鳴らした。
「におう……こっちくる」
宗谷のコクピットで、犬獣人の耳がピンと立つ。嗅覚が捉えたのは、機械油と金属の焦げた匂い、そして魔導式発電炉の放つ独特のオゾン臭。こそこそと、こちらを狙って接近してくる、小型のディーガードが居る。
「ココ、左、1、あとたぶん、おく1」
「り、了解よ、え、えっと、3機以上来たら無理しないで救援を呼ぶ。……だから、ここは私達だけでやるわ! ワンコ、行くわよ!」
「わんわんっ」
ココの駆る雪風が、機体前面に淡い光の紋様を描く。詠唱を終える前に、ワンコの宗谷がもう駆け出していた。両手のダガーを順手に構え、低い姿勢で瓦礫の隙間を縫う。ワンコの駆る宗谷――ハウンド改の脚部は、細かいステップワークを前提に調整されている。これが、狭い路地での旋回運動と噛みあって、見事に敵の懐に入り込んだ。大通りを堂々と進む英雄とは別の、路地裏の流儀。
「せいっ! やぁっ!」
一匹目。ラプトル系ディーガードの脇腹に大型ダガーが突き刺さる。硬い。だが、膝の関節部を狙った二撃目で、ガクンと折れた。そのまま体当たりで壁に叩きつけ、更に押し込み、ねじる。たまらず悲鳴をあげようとしたその口は、だが、ワンコのダガーをしゃぶる事になる。
「Gogigoagyuryyyyaaa!?」
「ココー、いまだぞ!」
「ゆらり、ゆらえ、ゆらゆら、ふるえ、狐の火!」
雪風の持つ短杖の先から、大きな火の球が放たれる。それは、ふよふよと二匹目のディーガードの頭部に向かう。
「なんだこれは、この程度、噛み砕く」……そう、なめたのだろうディーガードの目前で、火は爆ぜた。ぽん、と小さな爆発。小さな狐火に別れた炎は、ディーガードの頭部に集まり、ゆらゆらと燃える大きな炎になる。
ディーガードは機械である、ダメージは正直、それほど無い。だが、その炎は、頭部に集中しているセンサーを狂わせる。狐は化かすもの。その特性は、生み出された炎にも宿る、……ワンコがすかさず飛び込み、刺す、ひねる、抜く、刺す、ひねる、抜く。脇の下、脇腹、股間、人間であれば急所であろう場所ばかりを、狙う。
「Gu! Ggyua! Gyaooo!?」
「おー、ココ、今のすごいぞ!」
「ふ、ふん! 当然でしょ! わ、わたしだってやればできるのよ!」
「あはは! ココ、わたしたち、たたかえてるぞ!」
路地の奥から三匹目の気配。ワンコはダガーを構え直し、深呼吸を一つした。まだまだ戦いは続く。けれど、恐怖は無い、背中にココがいるから。そのココの背中に――マミが、お嬢様が、そして、街の人たちがいるから。
「いくぞ、ココ!」
「行ってどうするの! 私たちの役目は防衛! ここを離れちゃだめ!」
「そうだった……まつぞ、ココ!」
犬と狐の二機の獣衛機。これが、この街の物理的な最終防衛ラインである。
「さって、あたしも、ぼさっとしちゃいられないね」
グラナは、腰に手を当てて言った。ノゾミの一党の、肝っ玉母さん。今はこの街の、炊き出し隊のまとめ役……のはずだった。戦闘が始まってからは、避難民の誘導と負傷者の運搬を買って出ている。
「グラナさん、こっちだ! 地下倉庫の鍵開けたぞ! 医者や医療品は、今運び込んでる!」
「よし、よくやった! 怪我人を先に運び入れな! 奥まで詰めるんだよ!」
怪我人が次々と地下倉庫に吸い込まれていく、次に戦えない人々。グラナは入り口に立ち、人数を数えながらまだかまだかと外を覗く。最後の一人が入るまで、彼女は動かない。
「グラナさん、さぁ、あんたも早く!」
「あぁ、今行くよ。……ったく、軍人さんたちは派手にやってくれるねぇ。……ま、あたしらはあたしらで、やることをやるだけさ」
地下倉庫の扉が閉まる。薄暗い空間に、避難民たちの安堵の吐息が広がった。グラナは懐から電池式ランタンを取り出し、スイッチを入れる。
「さて、それじゃぁみんなしばらくここで待機だ。外の連中がケリをつけるまでね。……医者先生、薬や包帯は足りるかい?」
「あぁ、クドウ様のおかげで、足りておるよ……ありがたい事だ」
「よし、腹減ってる奴は手を挙げな。あたしが握り飯くらいは作ってやるよ。……殴り合うだけが戦いじゃないんだよ。あたしらは、生き残るのが仕事さ、生き残って、戦士たちにおかえり、って言ってやらなきゃなんないんだよ!」
その言葉に、子供たちの顔がほっと緩む。その様子を見たグラナは、笑いながら、米びつを探し始めた。
ギィの無線が、ノゾミからの報告を受ける。
《ギィさん、この建物の地下に、グラナが野戦病院を設営したみたいですの》
「あぁ、あの肝っ玉オカンか。頼りになるねぇ」
《えぇ。……ワンコとココも、敵の浸透を阻止してくれてます。……本当に、よくやってくれてますわ》
「あのチビどもかぁ。……よし、フェリシア、全軍に回線開いてくれ」
《開きました。どうぞ》
「あー、こちら、元負け犬のギィ。最終防衛線の下に、野戦病院を設営した、怪我人は下がれ。最終防衛戦になるたけ敵は近づけさせるな!……あと一息だ!」
ギィはコグマのハンドルを握り直し、前を見た。正面ではまだシールドライノとジークエーバーが戦っている。その背中は、遠目にも頼もしかった。
「……ほんと、英雄ってのはありがたいねぇ」
小さく呟いて、ギィは再びコグマのアクセルを開けた。
マミは、鳳翔のコクピットで静かに呟いた。
「ねぇ、ほーしょー、あれ狙えるけど……しき官かな?」
サーマルカメラの映像がモニタに映る。敵の第二波は、まだ数が多い。だがその中に――なんか変な挙動の機体が居る。周囲のディーガードとは明らかに動きが違う。どういう事か、マミは考えて、すぐに結論が出た。あれ、おじょー様とか、ギィの役割してるんじゃないの?
「ですね! ……こちら鳳翔、ノゾミ様、マミちゃんが指揮官機、確認しました。狙えますよ!」
《お願いしますわ、マミ。……見事討てたら、オヤツ倍ですの》
「オヤツ倍! やってみる! ……やっぱりいい。みんなで分ける」
《あぁん! 本当にいい子ですのー!》
鳳翔の特別製のライフルボウガンが、静かに狙いを定める。風を読み、距離を測り敵の動きを予測する。マミの集中力は、研ぎ澄まされていた。……引き金を引く。ガヅン! という衝撃。そして――
「ざんねん、足に当たった。……あ、でも、頭が下がった……んー、でも、撃ったら、移動……」
モニタの中で指揮官機が膝をつく。周囲のディーガードが動揺し、陣形が崩れるが、マミはそこに拘泥しないで、すぐに鳳翔の位置を変える。撃ったら移動、守れないと、オヤツ抜きだからだ。
移動した先で、マミは静かに、次の目標を探し始めた。戦えない人々を守るために。そして、自分ができることをただ淡々と。どこまでも、ひたすらマイペースに。それがマミの長所らしいから。
移動した先で、再びスコープを覗くと、さっき撃った奴の辺りが混乱していた。マミも一瞬、混乱した。
「ねぇほーしょー、あいつ、撃たれたのに、移動してない。なんで?……あいつ、馬鹿なのかな?」
「あぁ、あれは移動してないんじゃなくて、図体がでかくて重すぎて……まぁいいです! マミちゃん、かまわず撃っちゃいましょう!」
「うん。……よし、今度は頭に当たった……撃ったら移動」
マミに指揮官機を潰された敵は、更に混乱した。命令系統を喪失した敵は、逃げ出そうとする奴も出る始末だ。そこに、上空から、廃オイルのごちそうが振りかかる。
開戦初頭から、孤児達は傷痍軍人の指揮の元、敵の集団に次々とコールタールや塗料の雨を降らせて、撃ち尽くした。なので今は、車屋やらから集めて来た廃オイルを打ち込んでいる。時々、廃食用油も混ざる。
この程度は、地味な嫌がらせだ。だがこれが、敵の足並みを乱れさせ、戦力の分散投入を強要させている。
一度待機させて、改めて進軍を開始すれば、それだけで防げる程度の、地味な嫌がらせ。だが――ケラトサウルスは対応できない。対応しながら戦えるほど、ジークエーバーやシールドライノは甘い相手ではない。
戦場のあちこちで、小さな戦いが積み重なっている。勝ち負けも、結局は、積み重ねた枚数で決まるものだ。
司令部前ではワンコとココが、避難所ではグラナが、狙撃点ではマミが。広場でも、街角でも、路地裏でも、英雄たちの陰で、名もなき人々がそれぞれの場所で戦っている。小さな勝ちを、積み上げている。
街を挙げての総力戦、今この街に出来る精一杯、それが、それこそが、この街の本当の意味での「最終防衛線」だ。
メリーティアの空は、まだ青い。だが戦いは、確実に終わりに近づいている。




