第三十一話 メリーティア防衛戦 5 (群像劇)
深海の魔法少女マリナは……私は、ローレライをゆっくりと前進させる。
貴族街はもう、原形をとどめていない。豪奢だった建物は瓦礫の山に変わり、かつて庭園だった場所には、焼け焦げた木々が立ち並んでいる。でも……怖くはない。だってローレライが、この機体が私に「見せてくれる」から。
ローレライは水中戦機体。本来は水の中を泳ぐように動くの。だから、この機体のセンサーは「音」を主体にしているのよ。水中では、目より耳の方が頼りになるからね。
ふふっ、それが今、廃墟の街で、思わぬ強みになるなんて、ね。
瓦礫の下。崩れた壁の向こう。がれきの山の隙間。音は、あらゆる場所から聞こえてくる。小型ディーガードの駆動音、関節の軋み、足音。全部、ローレライの「耳」が捉えている。
「マリン、敵の位置を共有する。数は……6。いや、8。瓦礫に埋まって二機潜んでる」
「うん。ローレライ。じゃぁ、まずはそっちから寝かせてあげましょう?」
「いつものマリンはかわいい。そのマリンはかっこいい。どっちも好き」
「うふ。ありがと、ローレライ」
ローレライの腕にマウントされている、スピアランチャーに圧縮空気をチャージする。小型の槍を圧縮空気で射出する、水中で効果を発揮する武装。でも、大気中ならもっと遠くまで、もっと速く飛ぶ。
「臆病でかわいい、ちっちゃな子、ネズミさん、ネズミさん、ネズミネズミさん♪」
八つの気配が、一斉に動く。私が狙っていることを察知したのね。瓦礫の下から、小型ディーガードが飛び出してくる。トカゲ型の、プチリンと同じくらいのサイズの機体。数は多いけど、一つ一つは大きくない。動きは素早いけど、装甲は儚い。
「残念、逃げられないわ。……おやすみ」
スピアランチャー、発射。空気を裂く音と共に槍が飛ぶ。まず一機、二機。リチャ-ジして、三機。瓦礫を盾にしようとした機体を瓦礫ごと貫いていく。……うーん、やっぱりこれ、街中で撃つ武器じゃないわね、普通なら。でも、ここは廃墟だ。壊れるものなんて、もうない。……この子たちが、壊した。
「残り五機。……あら、鬼ごっこ? じゃぁ、追いかけちゃう」
ローレライの推進器に、出力をかける。水中用の推進器だけど、空気中でもそれなりに動くの。ふわーっ、と、体が浮く感覚。人魚が泳ぐように、廃墟の街を滑っていく。
音で見る世界って、不思議と色鮮やかなのよ。崩れた壁の向こうにいる敵の鼓動。瓦礫の下で震えている小さな機体の、かすかな駆動音。全部全部、手に取るようにわかるの。
「マリン、新手、少しだけ大きめのが三機、右から突っ込んでくる、連携してる」
「ありがと、ローレライ。……ふふ、アレかしら?」
右から来る黒い三機。縦に並んで一直線。でも、音で見ればその動きの狙いは、手に取るようにわかるわ。先頭が陽動の囮、二機目が先頭を飛び越えて上から、三機目が横から回り込む……なんか聞いたことある戦法ね? ……でも、その戦法、空中に居るローレライに意味あるのかしら?
「ローレライ、ショックウェイブで吹き飛ばしちゃいましょう」
「うん。それでいいと思う」
シンプルに、衝撃波を直接叩きつける武装、水中ではかなりの脅威なんだけど……地上だと威力は低いし射程も短い。けど、不可視の超高速攻撃で、回避がとても難しいのは利点なのよね。
ネズミさんは、三機まとめて吹き飛ばされて、地面を転がる。悲鳴のような駆動音。怯んだところに、ショックウェイブ。とどめにもう一発、直上からショックウェイブで圧殺。はい、おやすみ。
「マリン、さっきの五機は、街の外に逃げようとしてるみたい」
「あら……逃がしたら、後で面倒になるよね?」
「なる」
「じゃぁ、あの子達も寝かせてあげないと」
瓦礫の間を縫うように逃げていくネズミさん達。でも、音で見れば、逃げ道は丸わかり。けれど、この先は行き止まりなの。瓦礫の山で塞がれているのよ。
「ソニックブラスト」
「了解、音撃射出」
指向性の高い音波を、逃げていく五機に叩きつける。音の壁が、彼らを後ろから押し倒す。……さぁ、これで、観念してもらいましょうか。
酔ったようにふらふらする、ネズミさんたち。「人間で言えば、三半規管を狂わされるようなものだ」ってライノおじさんは言ってたっけ。
この武装は、ローレライの武装の中では一番威力が低いの。……最初の一撃は、だけどね。
「反響解析、エフゼロ調整終了」
「それでは、最後に一つ」
ローレライの両腕を広げる。この機体の、私の、一番得意なこと。水中で獲物を一網打尽にするための、広範囲攻撃。
「歌うわ」
「了解、魔力発電出力制限、魔力武装展開。ソニックブラスト広域モード、レゾナンスブレイク、起導」
コクピットの中で、私は息を吸い込む。ローレライのソニックブラストは、音波を武器にする。なら一番効率的なのは――歌うことだ。音波を、音楽として紡ぐこと。
「♪深海の底、少女は今日も歌う 眠りにいざなう 声が響く」
ローレライの外部スピーカーから、私の声が響く。指向性の音の波に乗せられた魔力が、瓦礫の隙間に崩れた建物の間に、平衡感覚を失った五機に、容赦なく叩きつけられる。
「♪揺れる水底 たゆたう響き 何処から来るの 何処まで行くの」
五機の装甲が内側から軋む。音波の振動が、機体の内部を破壊していく。周囲も無事では済まない、瓦礫が砕け、太い石造りの柱に亀裂が入る。音と魔力の共振作用は、とても、とても凶悪な効果を発揮する……立木が爆ぜた、内側の水分が沸騰したからだ。
防御力無視の、ローレライのとっておき武装よ。……まぁ、多少の指向性があっても、近くに味方が居ると巻き込んじゃうから、こういう時じゃないと使えなくて、あんまり出番は無かったけど。
……ネズミさん達は、転がったまま出鱈目に暴れてる。ごめんね、でも、おいたが過ぎたあなた達がいけないの。
「♪何処にも行けない もう浮かべない 深海の底 眠れや、眠れ……」
暴れていた五機は、そのまま動きを小さくしていって……やがて、動かなくなった。……よし、これでこの区域は制圧完了かな。
「マリン、お見事」
「ありがと、ローレライ」
「次の目標は、貴族街の中央広場。そこに小型ディーガードの集団」
「うん。……行こう、ローレライ……そして、夜にはまた、みんなで歌いましょう」
「今夜は私も歌う。むふー」
ふふ、可愛いなぁ、ローレライ。
ピザン・ド・フェルナルドークは、猪型アークビーガード「ジークエーバー」の操縦席で、静かに息を吐いた。
「来るぞ、ジーク」
「あぁ、わかっておる……血がたぎる、とはこういう事か。血は無いがな」
前方の瓦礫の山が、内側から爆ぜた。
現れたのは、二足の巨躯。全身を漆黒の装甲で覆い、頭部には牛の様な二本の角。
「ふん。猪ごときが。前と同じように、中のニンゲンごと潰してやるよ」
ケラトサウルス型ディーガード。ギガノトサウルス亡き後、この地のディーガードを束ねる機体だった。
「熱くなりすぎるな、ジーク。おそらく奴の狙いはそれだ」
「わかっている……わかっているが……」
ピザンは操縦桿を握り直した。彼の乗るジークエーバーは、父バルザンから受け継いだ機体。猪をモチーフにした、突撃を旨とする獣衛機。だが単純な突撃機ではない。当時のドワーフ達の技術の粋をつくした、アークビーガード。
脚部に仕込まれたブースターは、瞬間的かつ爆発的な加速を可能とする。そして、機体そのものに宿る「意思」——ジークエーバー自身の魂が、フェルナルドークの魂と結びつく。その相乗効果は、時にスローンビーガードにすら対抗する。
「儂は、奴を破壊……いや、殺す。必ずな」
ジークエーバーの声は、静かだった。だがその奥には煮えたぎるものがあった。代々のフェルナルドーク家の歴史が染み込んだ、常に当主と共に戦い続けてきた機体。幾度もの修復を経て、それでもなお戦い続ける。それは、一頭の獣の執念にも似ていた。
「それが我々の仕事だ。行くぞジーク。戦闘……開始だ!」
ピザンが告げると同時に、ジークエーバーは地を蹴った。
最初の激突は互角。
ジークエーバーの持つ大剣とケラトサウルスの角。二つの巨体が激突し、周囲の瓦礫が跳ね飛ぶ。
「ぐッーー!」
衝撃が操縦席を揺らす。ピザンは歯を食いしばり、突進を維持する。だが押し負けた。ケラトサウルスの方が、体格で勝っている。ジークエーバーの脚部が、地面を滑る。
「下がれピザン!」
「まだ……だ!」
ピザンは機体を半回転させ、大剣を横に払う。ケラトサウルスが身を引く。その隙に、ジークエーバーは距離を取った。
「……出力は向こうが上だ、それに、体格差はどうにもならんぞ、ピザン」
「あぁ。ならば、技で崩すしかない」
ケラトサウルスがゆっくりと歩み寄る。その動きは、獲物をいたぶる捕食者のそれだった。
仇討ちをしようとしている。そう聞いていたが……こいつ。
「俺たちディーガードは、力こそがすべて。俺は、お前を破壊して、前に進む。……ギガノの兄貴も、所詮は敗北者……踏み越えて、進む……」
「……そうか、それが貴様の本音ならば、やはり、我々は永遠にわかりあえぬ」
ピザンの声は静かだった。怒りはあった。だが、それを表には出さない。父バルザンに教えられた。「怒りは武器になる。だが、振り回せば己を斬る」と。
ヨウスケの軽口が思い出された、「人間は理屈だけで生きてるんじゃねーのよ」そう言いつつ、何かあれば真っ先に突っ込んでいく、その姿。
「貴様のような、力のみを信じる者には……覚悟は、わからぬ。勇気を、理解できぬ。……義を知らずに、逝くがいい」
「よく言った、ピザン」
ジークエーバーの二連魔導式発電炉が、低く静かに猛る。
――それは戦機を窺う獣の唸りに、よく似ていた。




