第二十九話 メリーティア防衛戦 3 (群像劇)
ミローネは、戦場を駆けていた。
「甘いねぇ」
彼女が駆るのは、世界で最もポピュラーな獣衛機、ハウンド。火力も装甲も機敏さも、特別な機体には遠く及ばない。だが、その動きは他のどの機体よりも自由だった。
瓦礫の上を滑り、敵の攻撃を紙一重でかわす。まるで風が戦っているかのような軽やかさ。ディーガードの爪が空を切る。その一瞬の隙に、ミローネの機体は既に敵の背後に回り込んでいる。
「遅いよ」
エンジンブレーカーに換装した右手、そのパイルの先端がディーガードの背面装甲に当てられる。次の瞬間、ドガガガガガガ!というけたたましい音と火花が散り、敵が機能を停止する。残心はとらない、とどめは刺さない。必要も無い。そのまま流れる様に次の敵へ。
「マスター、左から3」
「あぁ、見えてるよ」
ゼロサム、彼女の相棒たるビーガードコアの声に応えながら、ミローネは既に動いている。目視してるわけではない、だが、『見えて』いる。地面を蹴り、壁を蹴り敵の頭上を跳び越え、着地と同時に、左手の偃月刀を振る。刃が左の敵の足をくじき、右手のパイルで敵の頭部を粉砕する。
「こいつら読みやすいね、楽でいい」
倒れた敵を踏み台にしてさらに前へ。ミローネの戦い方は、まさに「自在」だった。決まった型はない。状況に応じて、最適な動きを瞬時に選び取る。それは、長い戦場生活で培われた、言葉には出来ない感覚だった。
「ミローネ! 敵の増援が来る! ラウド隊と合流してくれ!」
「あぁ、そろそろだと思ってたよ」
残る一体の敵を、敵だった物に変えた時、ギィの声が無線から聞こえた。ミローネは即、レーダーを確認、増援の位置を捉える。
「あんた、指示は的確だけど、基準が弱腰なんだよ、負け犬」
《はっ、言ってくれるぜ……。わかった。あんたへの指示は強気で攻めの姿勢で行くぞ》
「そうしておくれ」
ミローネは笑った。この老練な女丈夫の目には、戦場の好機が見えている。危険の中でも、どこに機体をねじ込めば突破できるか、それを肌で感じ取れるからこそ、彼女は「自在」に戦える。
「さて、そろそろ佳境だね」
敵の数はまだ多い。だが流れは変わりつつある。いや。流れはもう、あの小僧が変えた。
今はその流れの中の、どのうねりに乗るか、反るか。……その潮流を、ミローネは確かに感じていた。
「イタズラ小娘が敵の予備戦力を潰した。負け犬が指揮を回してる。英雄小僧と猪坊主が正面を抑えてる。……悪くない展開だよ」
彼女は短く息を吐き、最後の敵群に向かって駆け出した。
「さて、あたしも、もうひと働きするかね」
その背中には、年齢を感じさせない何かがあった。この老兵は死なず、立ち去りもしない。
自由に、自在に、戦場を駆ける。
《ラウド隊の皆さん、警備兵小隊が敵中に孤立してますわ! 救援を!》
《隊長、今行ったらこっちが崩れるますぜ》
「だが、このままだと!」
デニスの声が焦りを含む。モニターに映る警備兵小隊の機体は、既に半数が戦闘不能。残りも包囲されつつある。
《隊長。あんたが決めるんだ》
無線越しに聞こえたディックの声が、冷たく重い。
《助けるか、見捨てるか。それとも、賭けに出るか。指揮官の仕事ですぜ》
デニスは唇を噛んだ。もちろん助けたい。だが、それで全体を危険に晒すわけにはいかない。
警備兵たちを助けるために前線を薄くすれば、他の場所が崩れる。
「……警備兵小隊、聞こえるか」
《こちら副隊長機! 聞こえている!》
「持ちこたえろ」
《っつ! 了解だ! まだやれる!》
通信が切れる。デニスは目を閉じた。一瞬だけ。
「全機進軍、警備小隊隊への圧を、少しでも減らすぞ」
『『『応ッ!』』』
心の中で何かが壊れる音がした。涙は出ない、出してはいけない。それが指揮官になるということだと、デニスは今日、知った。
ミローネは、その瞬間を見ていた。
「……あの新米隊長、決断したね」
遠くに見えるラウド隊の動きが、変わった。迷いが消え一直線に敵陣へ向かっている。警備兵小隊を見捨てた代わりに、敵の中心に圧をかけに行こうとしている。
「正解だよ、新米。あんたの判断は、間違っちゃいない」
だが、同時に思う。自分ならもっと上手くやれた。警備兵小隊を助けつつ、前線も維持する。その方法はある。
「けどねぇ、新米にそこまで求めるのは酷ってもんだね」
ミローネのハウンドは、駆け続けた。警備兵小隊の方向へと。並の操者ならオーバーヒートを起こしかねない速度。
「ちょっと手伝ってやるかね。あたしも、そろそろ隠居を考える年だ。若いのには、生き残ってもらわないとねぇ」
彼女の機体は、風のように戦場を駆ける。敵の包囲網を斜めに切り裂き、警備兵小隊の残存機に道を作る。
「あんたら、下がりな! ここはあたしが引き受ける!」
《ミ、ミローネさん!?》
「いいから行きな! 若いのは、生きて帰るのが仕事だよ!」
その声は、叱咤であり、激励であった。警備兵小隊の機体が、次々と包囲網を抜けていく。ある機体は足を引きずるように、ある機体は仲間に肩を貸しながら。ミローネはその間、たった一機で敵の注意を引き付け続ける。
たった一機。なのに、抜けられない。さっきまでの風の様な戦闘が嘘の様な、泰然とした山がそこにあった。
「潮目、か……あたしもそろそろ潮時、かね」
敵の数は、まだ十を超えている。水温も油温もレッドゾーンから降りる気配が無い。
機体各所のダメージはほとんどアラート表示。だがミローネの表情は穏やかだった。
「長生きしすぎたかねぇ。……まぁ、あんたたちに殺られるほど耄碌しちゃいないがね」
この場にヨウスケが居て、その呟きを聞いたのなら、こう言っただろう。
「死にそう詐欺やめろババア」と。
ギィは、コグマを止めた。煙草を取り出したいが、我慢する。
彼の目には、ミローネの戦いぶりがはっきりと見えていた。一機で敵を翻弄し、味方を救い戦線を維持する。あれは、技術ではない。経験と勘、そして、人生そのものだ。あの域に達してるのなんて、この国じゃ他には、剣聖の爺さんくらいだろう。
俺の左足が無事でも、あの域には行けなかったろうな。そう自嘲気味に笑って、ギィは再びスロットルを開いた。戦争はまだ、終わっていない。
「ノゾミ嬢、状況は?」
《敵の第一波、ほぼ壊滅。第二波が接近中ですわ。数は――五十を超えますの》
「了解。ここが正念場だな」
ギィはフェリシアに、無線を全戦力共有に切り替えるように指示を出す。そしてーー
「全機、聞け! 敵の第一波は潰えた! 第二波が来る! これを耐えれば……俺たちの勝ちだ!!」
『『『おおおッ!』』』
鬨の声が、再び街を揺らす。メリーティアの空は、まだ青い。戦いはまだ終わらない。
「おーい、マリン、聞こえるか」
ローレライのコクピットに、ヨウスケさんの声が響く。通信越しでも、彼が笑っているのがわかる。戦場なのに、一番危険な場所なのに、いつもと変わらない口調。精一杯、いつもと同じを保っている口調。
「はーい、聞こえますよー。そっちはどうです?」
《パッキーのハゲ頭をぶっ叩いたところ。いやー硬ぇわ、斧槍重ぇわ、ライノが「お前には向いてない」って言うわ。散々だ》
「あはは。でも、ちゃんと倒せたんですよね?」
《まぁなー。つーかマリン、そっちは? まだ『入ってない』みたいだけど》
「今、貴族街の廃墟を進んでます。小型のディーガードが、瓦礫の隙間からチラチラ見えてるんですけど……あ、今、逃げました。かわいいですね」
《かわいいって……お前……あぁ、今日は『その子』に『入った』のか》
「うふふ、だって、ほんとに。ネズミみたいにちょこまかしてて、カワイイ……」
《なんだっけ、声優のお仕事で演った、作中一度闇落ちする魔法少女……》
「深海の魔法少女、マリナですよ、ヨウスケさん」
《あー……まぁ、その子に『入って』るなら、大丈夫か……じゃぁ、頑張れよ!》
「頑張ったら、褒めてくれる?」
《頑張らなくても褒めるさー》
「戦えない? あー……マリンは優しいからなぁ……あ、そうだ! 戦える子を演じるってのはどうだ?」そんなヨウスケさんのアドバイスから生まれた、私の戦闘方法。必要な時に、必要なキャラクターに「入る」の。
インストールじゃなくて、レイヤーなの。役に「入る」のよ……。この感覚、伝わりにくいみたいだけど、まぁ、中身は変わって無いって認識で良いと思うわ。
「マリン、そろそろ戦闘区域に入る。集中して」
「わかったわ、ローレライ」
さぁ、演りましょう。今の私は、深海の魔法少女マリナ。沈めてあげるわ、何処までも――




