第二十八話 メリーティア防衛戦 2 (群像劇)
ノゾミは背の高い建物上――元々は何かの軍事施設だったらしい――その場所を改造した観測所から、街を見下ろしていた。
「マミ、右翼の敵密度が上がってません? 鳳翔にサーマルで確認させて」
《こちら鳳翔、見えてます。十、二十……ざっと三十超。遮蔽物が多いから正確な数の観測は無理ですが、反応多数。ノゾミ様、第二波が来ます》
「結構ですわ。ラウド隊、B3地区へ。正面から叩き潰して下さい。ただし深追いは無用ですわよ、囮の可能性があります」
《ラウド1、デニス了解》
ヘリウム気球から吊り下げた有線カメラの映像が、ノゾミの手元の小型モニタに映し出される。切り替えたサーマルカメラは、試作段階故に解像度が低く、画面は粗い。フレームレートだって低いが、それでも熱源の分布と動きを読むには十分だった。
「……なるほど。ケラトサウルス、あなた、意外と几帳面なのね」
敵の配置には意図的な偏りがあった。右翼に圧力をかけながら、左翼の裏手——運河沿いの廃倉庫群に、熱源の塊が二つ。予備戦力だ。数を減らしたように見せかけて、実は温存している。
「ギィさん、聞こえます?」
《あぁ、聞こえてるぜ。どうしたノゾミ嬢》
「左翼の裏、運河沿いの倉庫群。予備戦力が小隊規模で待機してますわ。おそらく、こちらの戦力が右翼に引き付けられたところで、運河側から伏兵を叩き込む算段ですの」
《そっちに来たか。わかった、報告感謝する》
ノゾミの唇の端が、自然と吊り上がる。
《こちらミローネだよ。あたしが行くかい?》
「いいえ。ミローネさんはそのまま、正面の対応をお願いしますわ。……わたくし、少々『いたずら』好きですの」
《……こちらギィ、廃倉庫は無人、痛みが激しくて建て替え必須だ。好きにやんな、お嬢》
「ありがとうございますわ! ではマミ、魔導式爆発ボルト、準備なさい。目標は運河沿いの倉庫群、敵予備戦力。……建物ごと吹き飛ばしますわよー!」
《うん。……おじょーさま、たのしそう》
「えぇ、楽しいですわ、とても!」
この世界に、爆発というものは、全く無い。……というわけではない。魔法による爆破はある。物理法則でも、粉塵爆発は起こるし、可燃性ガスに着火すれば、当然爆発する。
――隠されてすらいない水素ボンベや燃料タンクが、今はまだ、沈黙して佇んでいた。
ギィ・リビエールは、コグマの上で笑っていた。
小排気量二輪車で、戦場を駆け回る。この数年で一番の高揚感だった。左足はない。ビーガードにも乗れない。それでも、この小型二輪車は彼の脚となり、風を切り街の血管を走り抜ける。
「おらおらおら! どけどけぇ!」
そもそも彼はこの街の出身だ、この街は、彼の庭なのだ。
道を知っているどころではない。いざという時は道になるような、人様の家の庭先ですら知っているレベルなのだ。
瓦礫の山を跳ね越え、崩れた塀の間を縫う。後ろから迫る小型ディーガードの爪を置き去りにする。スピードはある、小回りは利くそして——
「ティエラ、任せた!」
コグマの通り抜けた路地を、ハウンドがふさぐ。ハウンドの右手には換装パーツ、ドリルアーム。激しい唸りをあげて回転するドリルは、敵ディーガードの正面に突き刺さり、そのままの勢いで胸部装甲をぶち抜いた。巨大な機械トカゲがバランスを崩し、残骸と化して瓦礫の山に倒れる。
「はっはぁ! ざまぁカンカンお尻ペンペンだ!」
《おい負け犬! こちら東区画エリック、敵の突破を許しちまった! 小型7、中型が1匹、居住区方面へ!》
「わかった! ラウド隊に救援……いや、いらねぇわ、ミローネが向かった。そこら辺にいる警備兵どもに『下がれ』と伝えとけ。野次馬だけ残れ!」
無線越しに怒鳴り返しながら、ギィはコグマのハンドルを切る。曲がり角、車体を倒すようにして曲がる。路面の瓦礫をタイヤが拾い、後ろに飛沫のように散らす。
「あーくそ、煙草が吸いてぇなぁ……」
ぼやきながらも、頭の中は冷静だった。敵の数、味方の配置、建物の強度。もし火災が発生したら、その延焼方向は、その際の避難民の移動経路。すべてが一枚の地図として脳裏に浮かんでいる。
――俺は、負け犬だ。どういう時に負けるかを知っている。つまり、どういう時に勝つのかもわかる。
「ノゾミ嬢! 運河沿い、いつでもいいぞ!」
《待ってましたわ! 鳳翔、無人である確認は出来てますわね? ではマミ、撃ちなさい!》
数秒後、轟音が響く。倉庫群が文字通り吹き飛んだ。ラクーンスナイパーカスタムの一撃を受けた燃料タンクが爆発し、次いで、水素ボンベに引火、爆発。積み上げられた資材とともに敵予備戦力を粉砕する。
「……わーぉ」
《汚ねぇ花火ですわー!》
「ははっ」
思いがけず笑いが出た。悪くない、悪くないぞ。むしろ、ありがたいぜ。
敵の動きが、明らかに鈍った。予備戦力の喪失は、ケラトサウルスの計算を狂わせる。想定外の打撃は、指揮官の判断を遅らせる。
まして今は、ケラトサウルスはジークエーバーと決戦の真っ最中だ。さて、猪武者との勝負中に、どれだけ対応できるかな?
「よし、ここだ。……フェリシア、全回線に通信開け!
《はい。開きました、どうぞ》
「こちらギィ! 全機傾注! 敵は今、混乱してる。ここで押し返すぞ! 正面はシールドライノとジークエーバーに任せろ! 左右からラウド隊と街のビーガードどもが挟撃! 俺は中央を走って指示を出す! 歌姫ちゃんはフリーハンド! プラッティは……まぁ、好きにやれ! 全員ついて来い! 勝つぞ! 死んでる暇なんか無ぇからな!!」
『『『おおおおおッ!』』』
鬨の声が、街を揺らした。
ノゾミは、モニタの前で小さく息を吐いた。
「ほんと、誰よ、あの人を『負け犬』なんて呼んだのは」
コグマで戦場を縦横無尽に駆け回り、その軌跡で、味方の動きを勝利に導く。……まるで、名指揮者のタクトのよう。
「あれは勝ち犬よね。……コグマに乗っているから勝ち熊かしら?」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた。
それでもまだ、戦況は、予断を許さない。
ラウド隊隊長のデニスは、己の機体の上で冷や汗をかきながら戦況図を睨んでいた。
「メリー小隊が左翼から回り込まれている? ティア小隊は前線維持中か、じゃぁ、警備兵隊を――」
《隊長、警備兵隊は既に突貫中ですぜ》
「えぇ!? じゃ、じゃぁ……」
デニスの乗るボアは、フェルナルドーク家の特務獣衛機、暴力的前衛量産機としては、世界屈指。装甲は厚く、なにより信頼性がとても高い。新米指揮官であるデニスにとって、頼りになる相棒だった。
「ディック! 頼む!」
《アイアイサー、キャプテン。つうか、もう突っ込んじまってるけどな!》
「えぇ!? す、すまん!」
《はいそこ、隊長が簡単に謝ったら駄目ですぜ。俺に指示飛ばしたトコまでは合格点だったのになぁ》
「うぐ……お、お喋りするな、口よりも手を動かせ!」
《イエッサー》
デニスは歯噛みした。彼の部隊には古参の軍曹が一人いる。百戦錬磨の猛者で、戦場の嗅覚はデニスより遥かに鋭い。
だが彼は平民で、自分は貴族。実力に見合わない地位だと、今でも思う。実際に……きっと、彼が隊を率いた方が良い結果になるだろう。
《こちらラウド3、ラウド2が敵中に突入、メリー小隊から、敵を引き剥がしました》
「そうか、ラウド3、ラウド4、ラウド2と共同で敵を撃破せよ!」
だが、それは許されない。軍とは『そういうもの』だからだ。ならば……自分が、成長するしかない。
「ディック、聞こえるか」
《へいへい、なんです隊長。今忙しいんですが』
「次からは先に一言くれ。……心臓に悪い」
《はっはっは! すまねぇ、隊長。けどな、戦場じゃ「許可を待つ」なんて悠長な事やってたら、死んじまう事もあるんですぜ。覚えたでしょう?》
「……あぁ、痛い程にな」
通信を切ってデニスは深く息を吐いた。軍曹の言う通りだ。自分はまだ、現場の感覚を掴みきれていない。
「だが……」
デニスは前を見た。正面ではシールドライノとジークエーバーが敵の主力を引き受けている。その背中は、遠目に見ても圧倒的だった。
「あれが、英雄か」
自分もいつかあんな風に戦えるだろうか。いや、戦わなければならない。今はこの街を守るために。そして、まだ、その先もある。
「ラウド隊、全機! 菱形陣形! 前へ出る!」
『『『おうッ!』』』
デニスは操縦桿を握り直した。新米隊長でも、前に進むことだけならできる。
前へ。一歩前へ。それを繰り返していく。それが成長という物だと、信じて。




