第二十五話 勇気とは。
「まぁ実際に行くのは明朝にしな。獣衛機ならともかく、いまから生身の作業は瓦礫だらけで危険だよ」
「あぁ……もう日が落ちるのか……」
「戻ろうか……デカトカゲども、怯えて出て来やしない。デカブツに乗りな。日が暮れてからのこの街は、危険だからね」
「おぉ、わかった……んじゃまぁ、ドーマキサラム-ン、汝光出でよ、シールドライノ!」
俺がシールドライノを呼び出すと、街の外……森が騒めいた。見てやがるな、メカトカゲ共。
「ライノ、状況はわかっているよな?」
「あぁ、『見ていた』からな……街を、守るのだろう?」
お? ちと声音が違う……あぁ、『シールドライノ』にとっちゃ、本領発揮な場面だからか?
それとも過去に、何かあったんかね……まぁ、いいや、必要なら言うだろ、こいつなら。気にならない、って訳でもねーけど、今すぐ聞き出すほどの事でもないし。……まぁ、軽く確認だけしとくか。
「その通り。守るぞ」
「あぁ、守ろう」
これでいい。
ライノに乗り、薄暗い街を行く……あぁ、こりゃぁ確かに危険だわ。崩れた壁、放置された何かの残骸。……夜行性の獣人でもなきゃ、転んで大怪我しかねないな。
炊き出しの場所に近づくと、歌声が聞こえて来た。……マリンの歌声だ。
「♪菜の花畠に 入日薄れ 見わたす山の端 霞ふかし 春風そよふく 空を見れば 夕月かかりて におい淡し」
おぼろ月夜、か。……たき火を囲む孤児、貧民、傷痍兵、警備兵、兵士……マリンの歌を、笑顔で聞いている、豚汁は食い終わったのか、子供たちは器を棒で叩いている。「かなしいかお」はもうしていない。
俺たちに期待している、ね……まぁ、あの顔を曇らせたくは、無ぇよなぁ……。
……よし、食いっぱぐれないうちに、俺も豚汁食うか! 腹が減ってはなんとやら、だ!
本日のメシ。豚汁、白飯。以上! でもまぁ、相変わらず美味かった。よっしゃ、俺も前向きに明るい歌でも披露するかね。
サンボマスターでも歌うかね、できるわけねぇ? やるんだよ! ってな。
よし、チビ共も歌え、明るい歌も教えてもらってたろ、BBクィーンズの、ポンポコリンなのが踊るやつ、行け!
「あはは、ヨウスケさん、リクエストとかありますかー!」
「おうマリン、元気が出るやつ縛りだぜ、光GENJIのアレ行け、NHKでやってた、忍者のタマゴたちのドタバタアニメのやつ!」
「はーい、では海神マリン、歌います!」
見てるかよ、聞こえてるだろ、角付きデカクソトカゲ。これが人間の、いざって時は奮い立つ力、勇気だよ。
俺たちの宣戦布告だぜ、受け取り拒否は出来ねぇぞ。
翌朝、俺とマリンとミローネとで赴いた東区の教会は、完全に焼け落ちてはいなかった。
が……壁に穴が開いている、屋根にも大穴がある、中に入るのは危険だな……荒らされた形跡はあるけど……まぁ、教会にあるような物じゃぁな……まぁいい、本命は地下倉庫だ。
《地下倉庫の入り口はこの辺りだよ》
《完全に瓦礫に埋まってますね……》
「なぁに問題ない。ライノと、作業用アームのハウンドの二機でかかりゃすぐさ」
《こちらローレライ。……私、いらない?》
「いや? ローレライは周囲警戒頼む。多少うるさいが、頑張ってくれー」
《ん、がんばる。……遠くに小型ディーガード駆動音はあるけど、近寄っては来ない》
まぁ、おそらく襲撃は無いけどな、ギィも同じ意見だった。
ここに来る前に、「例の神父のため込んだもの、回収してくるよ」と、ミローネがコグマ試乗中のギィに報告した。
その際に、メカトカゲに見られてる、と言ったら「ほっとけ、むしろ見せてやれ」と返って来たんだよ。
「くくっ、ここで『見に回る』のがお前の限界だよ。最適解は『今すぐ襲撃』だぜ、ケラトサウルス」とか言ってニヤリとしてたなー。
でも実際、一番嫌な展開は「策が成る前に襲撃される」なんだよな……犠牲者が一番増えるパターンだ。
「考える敵は、考えさせることで時間を奪えるんだぜ。そして今は、その時間こそが最も重要なポイントなんだよ」とか言ってたが。
……誰だよ、あのオッサンを『負け犬』なんて呼んだのは。と、しまった……地下倉庫入口の扉、ぶっ壊しちまった……まぁ、いいか。
「小麦粉、各種保存食、乾燥豆、塩……ん、これなんだ?」
「そりゃ軍用レーションだね……味は保証しないが、腹は膨れるよ。こんなモンまで溜めこんでたのか、あの業突く張りは」
「まぁ、ラッキーか。これだけあれば、しばらく持つだろ」
「乾麺に、チョコバー、砂糖壺にハチミツ、この辺も全部持って行こうかね」
「王国金貨、宝石……あと回し。これは? 宗教画か?……ふむ」
「小僧。なんで今、それを懐にしまった?」
「いや、その、お美しい女神様のありがたいお姿だし、お守りになるかな、と」
「……まぁいい、それだけにしておくんだよ、エロ小僧」
ミローネと二人で、手分けして物資を運び出す。……このババア、足が速い。年寄りとは思えない動きだ。さすが、戦場で生き残ってきただけの事はある。マリン? ローレライで監視してもらってるよ。来ないだろう、って思ってても、実際に襲撃あったら死ぬからな。主に俺が。ミローネ? 死にそうにないかな……。
「なぁ、ババア」
「なんだい?」
「この街、再建出来ると思うか?」
「さぁね。あたしは敵と戦うだけさ。再建? そんなのは、若いもんの仕事だよ」
「……そうかよ。……まぁ、そうだな」
「けどね、小僧」
ミローネは手を止めて、俺を見た。その目は相変わらず鋭い。けど、その奥にほんの少しだけ、優しさのようなものが見えた気がした。
……これ、普通なら、良い感じの話になっていくんだろうが……ミローネだからな。
……屠殺場に送られるブタを見る目の可能性があるんだよ……かわいそうだけど、明日の朝には肉屋の店先にならぶ運命なんだねぇ。って感じの!
まぁ、今回は違ったんだけどな。
「この街は、まだ死んでない。あんたらが来たからじゃないよ。この街の連中が、死ぬことを拒んだからだ」
「そりゃ、誰だって死にたくはねーだろ」
「この街は、生き残れるよ。あたしらが、ちゃんとやればね」
「おぉ、『自在のミローネ』が勝利予測をしたか」
「茶化すんじゃないよ。けどねぇ……潮目というのはあるんだよ。あたしゃ、その勝ち負けの潮目が変わる瞬間というのを、何度も見てきた」
「……だろうなぁ」
「小僧、お前がギィに、『勝てるか?』と聞いた時……確かに変わったんだよ、その、潮目というものがさ」
「そう言われてもなぁ……」
「くくっ、あぁ、小僧、お前はそのままで良いよ、そのまま進んでいきな」
「なんじゃそりゃ」
ミローネはそう、言うだけ言って、また歩き出した。……本当に、このババアには敵わないな。
勝とうとも、思わんけどな。
ライノの力場を円形盾に展開、上下ひっくり返して、荷台に使う。そこそこ大量にあった物資も、一度で積めた。「相変わらず小賢しい使い方するねぇ」とミローネは言っていたが、まぁ、褒められたと思っておこう。
輸送トラックまで戻ると、朝の炊き出しが始まっていた。焚き火の周りは、すっかり賑やかだ。グラナの作ったシチューの匂いが、辺り一面に広がっている。子供たちが列を作って待っていて、その横で、ワンコとココとマミが食器を配っている。
率先して炊き出しを手伝う大人や、年長の子供の姿もあった。
「あ、ヨウスケ! いっぱいもってきた!」
「あぁ。これで、しばらくは持つだろ」
「みんな、今日もおなかいっぱいになれる」
「え、えっと、これで、明日も作れるね!」
ワンコは尻尾をぶんぶん振って、マミはのへーっとしつつも、にまーっとする。ココは……ミローネが一緒だからか、大人しい良い子を演じてるな。
でも全員、その口元が、ほんの少しだけ緩んでいた。
「お、戻ったか」
ギィが、コグマで近づいてきた。……昨日今日だけで、もう乗りこなしてるのか。流石だな、負け犬ギィ。
操縦技術で戦うタイプじゃない、とは言ったが……操縦が下手じゃぁ、そもそも負けた時点で死ぬから、当然なのかもな。
「こっちは物資は十分。コールタールと塗料も確保した。……土建屋の倉庫に、まだ残ってたぜ」
「早くない?……街門の閉鎖も終わったんだろ、帰りにちらっと見てきたぜ」
「まぁ、実際早い、俺も予想外だった。冗談抜きで、今日の決戦も出来たかもなぁ」
「フラストレーション溜まってたろうからなぁ……勝つための戦いとなりゃ、皆の本気も出るようになるってもんか」
「かもな……まぁ、予定通り、今日一日は準備に充てる。明日の払暁に、決行だ」
「奴らが襲撃計画を前倒ししてくる可能性は?」
「全員やる気十分……いや、勇気100%で監視してるよ、すぐ対応できる。夜はここの屋上から、ホーショーにサーマルカメラで監視、奴らが近寄ってきたら狙撃してもらう。敵の密度が濃い場所には、コールタールのシャワーだ。それまであの狸娘にゃ、たっぷり仮眠してもらおう」
「守る方が夜襲か……人間相手ならともかく、奴らには有効かもな、どういう理屈か意味不明だろう」
ふと。沈黙が訪れた。
ギィは胸ポケットから煙草を取り出して、口に咥える。
「……昨日の。良い歌だった」
「ん? あぁ……」
「この街に、あんな時間が来るとは思わなかったよ。……あんたらが来るまでは、みんな明日を信じてなかったからな」
「……いや、それは違う。見えてなかっただけだ……人はそんなに、弱くない」
「あぁ……そうか、そうなのか……見えてなかっただけか……なるほどな」
「俺は、俺たちは、見る方法を教えただけだ」
「そうだな。……あんたらが、明日を見せてくれた。だから俺たちも、明日のために戦える」
ギィは、そう言って、結局火を付けなかった煙草を吹き捨て、コグマのハンドルを握った。
「負け犬ギィともあろう者が、戦場の見方を教わるとはな……。んじゃ英雄さんよぉ……明日、頼むぜぇ」
「あぁ。……まかせとけ」
シチューの匂いと、子供たちの声が、風に乗って流れてきた。小さく腹が鳴った。




