第十八話 英雄に守られし街と、英雄の歌
さて。朝である。
城塞都市ベルガルドの中央広場の中心にある噴水。ここが海神マリン・ゲリラライブの会場となる。
『なんか凄い人が来て、なんか凄い事するらしい』という噂は既に、街に広まってきている。まぁそりゃな、太守様直属の兵士や、街の警備兵が規制線を作って、中央噴水に近づけないようにしてるからなー。
最新型である軽ビーガードのプチリンも、三機とも警備に駆り出されてるのが、混雑に拍車をかけてる気がするが。子供たちに大人気だし。
いやぁ、太守様が話がわかる上に話が早い人で助かったわ。マリンがバングのおっさんの為に歌うんで、場所貸してくれませんか? って、朝からいきなり太守様に頼みに行ったのに、一発でOKもらえたのよ。どうやら太守様も、魔王戦に兵を率いて参加してたらしくてなー。「私の留守中に街を守ってくれたバング殿の為に、歌姫が歌うのなら断る理由は何処にありませんな。ましてや、英雄ヨウスケ殿の頼みとあれば! ……この色紙に一筆おねがいしても?」と来たもんだ。『遊』の字を書いて署名したのを渡しておいた。
まぁ一応は、俺は太守様の軍団の命の恩人って事にもなるんかね。結果論なんだがなぁ。
時間は……9時50分、そろそろか。歌詞カードを手に小声で呟くように歌って、まだ練習を続けてるマリンに声をかけた。
「マリン、そろそろ時間だぜ」
「ぶつぶつぶつ……え、あ、はい、来て、ローレライ」
マリンの言葉で、空気が変わる。
四方から風が吹いて中央噴水の水が、渦を巻きながら舞い上がって、水の粒は、煌めいて集まりながら、独特のシルエットを作り始める。
透明な水の、中央から滲み出た色が、明るいマリンブルーでシルエットを彩っていく……やがて、水は弾け、中からは美しくも可愛らしい姿の、人魚型のロボットが現れた。……これがローレライの登場シーンバンクだ。
「あれって……」「人魚型ビーガード?」「まさか魔王討伐英雄の?」と、集まった人達がささやき合う。ローレライはこれが強いんだよな。人魚型ビーガードなんて、レア中のレアだから、一目見れば魔王討伐英雄を思い浮かべるんだよ。
まぁ人魚型人魚型って言ってるけど、本当の分類は海獣……マナティ型ビーガードなんだそうだ。海洋国家には何機かあるらしいぜ、同じシルエットの機体は。ただ、本当に水上・水中戦専用みたいで、『空を泳ぐ』なんて機体はローレライだけらしいけど。
中央噴水の真上で停止したローレライは、コクピットハッチを開け放つ。中に誰も居ませんよ、ってな。そしてそのままの状態で、歌い始めた。
「♪ 遠く 遠く 見えない明日へ 小さな靴で 歩いてゆこう 知らない街も 知らない空も きっと 夢の続きだから」
これ、この世界の歌らしい。魔王討伐英雄乗機のローレライが、前座を務める……こいつは豪華だぜ。
「♪ 転んだ日には 空を見上げて 泣いた分だけ 星が見えるよ ひとりぼっちで 震える夜も 朝は必ず やってくる」
……なんか、子供向けファンタジーアニメのエンディングで使われてそうな歌だなぁ。
ローレライとしての力は使っちゃ駄目、と念を押しておいたから、これが、素の状態のローレライの歌声か……。
「♪ きっと きっと きっとどこかで あなたを待ってる 物語がある そして いつか あなたにも ヒーローが現れるから」
で、ローレライの前座の後は、本命のマリンなわけだが……まだ歌詞カードを手に、小声で呟くように歌ってるよ。
結局、2曲歌うことになったんだけど……最初の歌がなー。「これ、歌詞の半分近くが英語なんですが……うぅ、カンペが欲しい……」とか言ってたしな。とりあえず「がんばれ」と言っておいたが。
……にしても、やっぱすげぇなプロは。他の歌が聞こえてる中でも、惑わされずに自分の歌を歌えるのか……。
「マリン、もうすぐ曲が終わるぞ……頑張ってこい」
「あっ、あわわっ、はいっ、では行ってきます!」
会場の空気は十分に温まってる。「今のって……あのビーガード自身が歌ったの?」「なんか俺ら、すごいもん目撃してないか?」とか、多少困惑してるのも感じるが……本番はここからだぜ?
プチリンに先導されたマリンがローレライの前に進み出て、コクピットの前、二重ハッチの下開き扉の上に立つ。そして――。
「海神真凛、歌います!」
そして、曲が始まる。ローレライが歌ったのがゆっくりとした静かな曲だっただけに際立つ、早く、叩きつけるようなドラムソロ、直後に怒涛のシンセサイザー、ベースやストリングスが重なり、ビートは最初から最高潮へ!
ボニー・タイラーの歌が原曲の、麻倉未稀が歌った、大昔の学園ドラマで使われてた歌だ。泣き虫先生と不良生徒がラグビーするやつだな。
「アンデルセンだかグリムだかってあだ名の子が出てたな」
「イソップですわ、ヨウスケさん」
「おう、おつかれさん、ノゾミ。……撤収準備は?」
「滞りなく抜かりなく」
よしよし。……にしても、「あなたにはヒーローが必要だ」と歌ってからの「君の中のヒーローを目覚めさせろ」か。尚武っぽくていいじゃん。……へぇ、英語部分、こんな意味だったんか。
……力強い歌を歌う時は、あんな顔で歌うんだな、マリンは。
うん。……さて、さてさて、一曲目が終わって、MCはさんで二曲目へ、と……マリン、何を語るんかね?
「皆さん、おはようございます、私はワダツミ・マリン、ワダツミが姓でマリンが名です」
「ちょっとした縁があって、是非一曲、バングさんの為にって頼まれました!」
「たぶん、こう、鎮魂歌とか期待されてたんだと思いますけど……なんか、バングさんって、そういうの『辛気臭せぇ』って嫌いそうなので、こんな選曲になりました!」
「で、ですね、えっと、私もですけど、バングさん、たぶん別に、英雄なんて言われたくて、頑張ってたんじゃないです、きっと」
「バングさんを知る人は、こう言います、結果的に英雄と呼ばれるようになっただけ、って」
「でも、それで良いんだと思います」
「辛くても、過酷でも、歯を食いしばって、がむしゃらに、何かを、誰かを守りたくて戦って、最後には笑って見せる」
「転んでも立ち上がれ、泣いてもまた笑え、そうやって何かを守り抜いて、その結果が、英雄なんです」
「英雄なんて、そんなもんです。特別な人だけがなれるとか、そんなもんじゃないんです」
「それで、気が付いたら誰かと結びついていて、繋がっていて、いつの間にか手にしていたバトンを、知らず知らずのうちに、次の誰かに渡している」
「そんな連鎖していく願いを、受け取った人はみんな英雄なんです。……この街の人たち、もう出来てますよね、これ」
「ですので! それでいいんだって! そんな『英雄』を歌います!」
MCが終わり、曲が始まる。……切なく響き始めるアコースティックギターの、エモーショナルなアルペジオ。突如重なる力強いドラム。激しく刻まれるエレキギターのメインリフ。
DOAの歌った、ネクサスのアレだ。結びつき、繋がり、継承する。……あぁ、やっぱいい歌だわ、これぇ。ドストレートな歌詞が突き刺さるぜ。……本当なら三声コーラスなんだけどなー、そこは仕方あるまい。ローレライのハモりがあるだけマシだ。
「にしても、よくまぁ音源持ってたなぁ、ノゾミ」
「MADでは定番の曲ですし」
「いやまぁ俺もジャンプ漫画原作のアニメとのMAD、見たことあるけどさ……カラオケ音源となりゃ話は別だろう」
「外付けハードディスクも幾つも持ってますので」
「……ひょっとして、お前って収集癖もある?」
「秘密ですわ」
バングのおっさん、まだ転生してなきゃ聞いてるだろうなぁ。……俺は知ってるんだぜ、おっさん。あんた実は、子供には優しいって事。つーか、バレてないと思ってるの本人だけだったけどな。ははっ。
マリンだって魔王討伐メンバーの一人、間違いなく英雄だ。そんな英雄が、英雄なんて心意気一つだと歌う。
明日の英雄は君だ、ではない。君はもう英雄だと歌い上げて、想いを伝え……そして……曲が終わる。
深々と一礼するマリン。しばしの静寂……やがて、最初はぱらぱらと、やがて大きな拍手に、そして、喝采。
会場に手を振り、マリンはそのままローレライに乗り込む。ローレライは空を泳ぎ、街の外へ……いい歌だったぜ、マリン。
よっし、そんじゃー俺らもずらかるか!
「こちらへっス!」
「っと、あー、フリッツさん、だっけ? 他の連中は? もう街の外か?」
「はいそっス! フリッツっス! 街の外まで案内しまっス! 自分の事は呼び捨てでお願いするっス!」
ピザン配下の縦にも横にもデカい、ついでに奥行きも分厚い大男だ。隊では一番の若手らしい。
優しい笑顔のマッチョマン、典型的な体育会系。って感じの男だな。……コクピット内狭そう。
「え。こっち? なんか細道じゃん、大丈夫か? 悪所とか……」
「話はついているっス! むしろ、悪所を通るからこそコッソリ脱出っス!」
「あ、そうなん。……いやそもそも、こっそりなら何でフリッツ……まぁいいや、行くぞノゾミ、トンズラだ!」
「合点承知の助ですわ!」
このままスタコラサッサだぜぃ!
……じゃぁな城塞都市ベルガルド! あばよバングのおっさん! 元気でやれよ、ガイア!!




