第十七話 英雄に守られた街、その夜に
「愉快であった。だが、この魔王を退けるほどの者が、下らぬ場所で潰えるのは不快……褒美をくれてやるぞ、小さき者」
飛び起きた。
暗い部屋の中で、ベッドに片膝をついて、素早く左右を見回す。右手にはいつも枕元に置いている、胡椒弾ヨウスケスペシャル。
そしてすぐに意識がハッキリして理解する、ここは旅の途中の宿で、俺はベッドで寝ていたことに。
「あー……はぁ」
軽くため息をつき、ふかふかのベッドに座り込んだ。どうやら俺は、なんか、悪夢でも見て飛び起きたようだ。
言い方がはっきりしないのは、夢の内容はサッパリ覚えていないからだが……これは、『あの場所』の事でも夢に見たのかね?……さっきまで魔王戦の事を話してた、その影響かもしれないな。
ナイトテーブルの上の水差しを取り……少しばかり行儀が悪いが、コップを使わずに直接中の水を飲んだ。
――ぬるい水は、決して美味くは無かったが、渇きは癒やしてくれた。
あの後……魔王の事を話した後は、明日の打ち合わせをしたり、軽い雑談をしたりした。
「一曲で良いでしょうか? もう一曲何か……」とか「そういや、チビ共の機体のビーガードコアって名前あるの?」とか。
そんな、愚にもつかないような雑談を楽しんだ。
「ヨウスケさんも一曲どうでしょう。たまーに、ギター弾いて歌ってたじゃないですか、エレファントカシマシさんの歌とか」
「いやいやいや、前座にもなんねーよ、アコギをちょっと触った程度だもん、俺。たいして上手くもねーし」
「あなた、どれだけ小器用なんですか……聞いてみたい気もしますけど、ヨウスケさんが目立ったら本末転倒ですし、またの機会ですわね」
「それもそうですね、残念です。ヨウスケさんの歌、結構好きなんですけどねー、今夜の月みたいに~♪」
なんて事をな。ギター弾ける理由? 楽器やってるとモテるって聞いたからだよ。 戦果? 聞くな。
あぁ、ちなみにチビ共の機体のコアには、まだ名前が無いそうだ。3匹揃って「お嬢様がつけて!」って頼んでいて、ノゾミが大変に悩んでいる真っ最中らしい。「飛燕……月光……雷電……紫電……疾風……震電は無しよね」 とかブツブツ言ってたな。……最終的には 「三菱……中島……川崎……」とか迷走してたが。……やはり好きなんだな、その手のが。
で、ノゾミが迷走しはじめたんで、それじゃそろそろ寝るか、また明日なーっと、ふかふかベッドで寝たわけだが。
「悪夢を見るなんて、童貞を切った時以来だなぁ……」
この場合の童貞を切る、は初めての殺人の事だが……神経の太さにはそこそこ自負がある俺だけど、さすがにあの時はな。え? 実際の性体験? 素人童貞どころか純童貞だよ、悪ぃか? にしても、なんで今更……魔王戦を語ったからにしても……あ、そうか。
「ライノが近くに居ないから、か……」
たぶん、『あの場所』から狂わずに戻れたのも、この世界で最も安全と俺が信じる場所……シールドライノの中に居たからだ。だから今でも『怖い』で済んでるんだと思う。本当に頼れる奴だぜ。
ふぅ、もう少し水を、と水差しを持ち上げたが、中にはもう水は入ってなかった……飲み干したか……仕方ない、リビングで麦茶でも、と、部屋の入り口に目を向ける。
――少し開いた扉から、こっちを見つめる少女と目が合った。
「ピョッ」と変な声が出た。あやうく叫ぶところだったじゃねーか! 何してんだよマリン!
「なるほどマリンもかー」
「はい。ずっとローレライの中で寝てましたからねー」
キッチンにあった麦茶で喉を潤し、リビングのソファに座る。「ちょっとお話でもしませんか?」とマリンに誘われたからだ。まぁ少しくらいなら良いだろ、夜更かしする気はないが。
ちなみにテーブルに放置されたメモには一式戦、二式単戦、四式戦、いっそゼロ、メッサー、フォルゴーレはどうか。とか書いてあった。いよいよ迷走してるな、ノゾミの奴。
「でも何で俺の部屋に来るのさ。マリンだってもうノゾミは信用してるんだろう?」
「えーと、それは、まぁ……ローレライは、ヨウスケさんちゃんと居る? と尋ねたら、ん、居る。今寝言言った。とか返してくれてたんで……」
「うへぇ藪蛇ぃ……で、心配になって直接確認しに来た、と……」
「あはは、まぁ、はい、そうです。寝てるかも? と思ったので、ノックしませんでした……ごめんなさい」
「いや謝るほどの事じゃねーけども」
……一人遊びする時はちゃんと鍵をかけようと、俺は心に誓った。
にしても、謝る、謝るか……そうだよな。
「なぁ、マリン。えっと、その……すまなかった!」
「え? なんですか? 薮から棒に」
「いや、封印の事とかさ。ちゃんと謝ってなかったな、って、その……」
ノゾミのアレを見たらな……悪いことをしたっちゅーか……心配させたのは事実だし、ごめんなさい、だ。親しき仲にも礼儀ありって言うしな、筋は通さんとあかんじゃろ。
「あ、それですか。ふふっ、はい、許してあげます」
軽く微笑んで、マリンは許してくれた。 笑顔で許してくれるんか……えぇ子やでホンマ。
「助かったのは事実ですし、あれ、あの最後の魔王の攻撃、発動していたら、下手したら大隊全滅規模の破壊力だった、とか予想されたみたいですから」
「あれ、そんなにすげぇ攻撃だったんか……」
「はい、そんなにすげぇ攻撃だったみたいです。チクシュルーブの名は伊達じゃないな。ってリョウ君は言ってました」
「え? 悪魔の尻尾、って意味だろう? 凄い感じはするが、そこまで恐ろしくは……」
「恐竜絶滅の引き金になった、巨大隕石衝突。あれをチクシュルーブって呼ぶそうですよ」
「……うーむ、ピンと来ねぇな……原爆の数千万倍クラスとか?」
「桁が違います。広島型原爆の約10億倍だと予想されるそうですから、つまり、仮に10億分の1の破壊力だったとしても……」
「うひぇぇぇ……」
「ふふっ、おっかないですよねぇ。なので許してあげます。……というか、ヨウスケさん。私達を助けてくれて、ありがとうございました」
マリンはそう言って頭を下げる。そして、謝罪ではないから、すぐ上げた。俺はこちらを見つめるマリンに、笑って答える。
「よしっ、じゃあ、これで貸し借り無しだ!」
「はいっ! おあいこ、です!」
「もうあの力は使わない、って約束もしたしな!」
「あ、それは信じてないです」
切れ味鋭くぶった切られてもうた。
「いやいや、そんなことは」
「使いますよ、ヨウスケさんは。……例えば、同じような状況で、今度はマミちゃん、ココちゃん、ワンコちゃんがが巻き込まれそうです。………絶対に使わない、って言い切れますか?」
「えっとそれは……」
「ほら。それが答えです。……だから、私はヨウスケさんを脅迫しちゃいます」
微笑みながらマリンは続ける。……あ、これ、戦場でよく見た笑顔だ。
「今度あの力を使う時は、私も一緒に行きます」
将軍にも、隊長にも、エースや一般兵にも、戦う前に、こんな顔で笑う奴がいたなぁ。
ーー静かな覚悟を胸に秘めた、おだやかな笑顔。
そしてーーこんな顔で笑う奴は皆、勝つにしろ負けるにしろ、その戦いを、最後の最後まで戦い抜いたんだ。
「……脅迫されちゃったなぁ」
「はい、脅迫しちゃいました」
……たぶん、俺も同じような顔で笑ってるんだろう。
正直、安心している俺が居るんだよ。マリンのため、という言い訳で、あれを使わないで済むからな……。
「怖いねぇ。怖いから俺、寝る」
「一緒に寝ません?」
「駄目に決まってるだろ」
「ですよねー」
「ほらほら、明日は歌うんだろ、というか、早よ寝ないと今日になっちまうぞー」
「はーい。おやすみなさい、ヨウスケさん」
「おう。おやすみマリン」
もう悪夢は見ないで寝れそうだ。守ってくれる奴は近くに居ないけど、守らにゃならん子が近くに居ると再確認できたから、な。




