プロローグ 2
――ほんの少し、時はさかのぼる。
その男は、逃げる準備をしていた。
手頃な村を襲い、金目の物と食料、それと、若い娘を攫ってきた。
アジトにしている廃村に戻り、さぁお楽しみの時間だ。――という時に、邪魔が入った。
武装した一団が、さっき襲った村に入ったらしい。
整えられた武装、揃いの服、揃いの鎧、揃いの獣衛機に、でかでかと紋章の入った旗が掲げられていたとかで。
騎士か軍だ。しかも高級機が3機もいやがるらしい。犀のビーガードと、猪のビーガードと、さらに――空を泳ぐ、人魚のビーガード。
――他もヤバいが、人魚のビーガードは特にヤバい。そんなレア中のレアなビーガード、間違いなく魔王討伐英雄のS級上位機体だ。
戦力的に見て……なんて言葉を使うまでも無い。勝ち目はない。
お頭たちは、逃げ道を確保するために打って出た。俺は、持ち出せる金目の物を荷車に詰め込んでいる。
「にしても、くそぅ。もったいねぇなぁ。綺麗どころを一人くらいは……」
いざって時に人質にも出来るし……俺らみたいな傭兵にゃぁ通じねぇが、騎士様相手にゃ有効かもしれんしな。
我ながら良いアイデアなんじゃないか、これ。よし、じゃぁ、一人だけ。
ひとりだけつれて、あとは、とっとと、ずらかるだけ。あぁ――それにしても……さっき、から、きこえるこの、きれいな、うたは、なん……だ……?
「……ふぅ。ローレライ、どう? みんな寝た?」
「……うん。寝た。……いい歌だった」
私の言葉に、ローレライの言葉が返る。ローレライは、こちらの世界に来てからずっと、私と一緒に戦ってきた。
あんまりお喋りじゃないし、感情豊かな方じゃないけど、私はもう知ってる。ローレライは本当はとても優しくて、友達思いな子だって。
「えへ。ありがと。じゃぁピザンさんに通信繋いで。――ピザンさん、こちらマリンです、潜伏中の山賊はみんな寝たそうです」
《うむ。では部下に指示を出す。我々は此処で待機だ》
少し離れた所に佇む、赤茶色の猪型ビーガードから返信が来た。待機って、でも――。
「でもピザンさん、攫われた女の人たちが――」
《待機だ。……部下は慣れている。子供の出る幕ではない》
「私、もう子供じゃ――」
《15歳はまだ子供だ。それに、指示には従うという約束でついてきたのだったな?》
「……はい」
《ジークエーバーだ。ローレライの呼び声、だったか。あれのおかげで彼らは安全に動ける。それで十分だ》
ジークエーバーはピザンさんの乗るA級ビーガードの名前だけど……はじめて声を聞いた。気を使ってくれたのかな?
まぁ、仕方ないか……ピザンさんは私を守る立場の人だもの、危ない場所には近づけたくないよね。
私を守る……ヨウスケさんが封印されてた場所から離れようとしなかった私を、色々な危険から遠ざけてくれた人達が居た。
そのうちの一人が、ピザンさん。ちょっと小太りで、しかめっつらした、気難しそうな人だ。
……ヨウスケさんが、4年も封印されてた。あの場所。
「マリン。脈拍が上昇してる。……大丈夫?」
「大丈夫だよ、ローレライ。ちょっとあの時の事、思い出しちゃって」
あの瞬間の光景は、匂いまで鮮明に思い出せる――ううん、忘れられない。
封印されかけた魔王が、最後の力を振り絞って、反撃しようとした、あの時。
誰よりも早く動いたヨウスケさんが、自分ごと魔王を押し込めた、あの場面。
4年たった今でも雑草一つ生えてこない、乾いた風が吹く、時にすら忘れられたような、あの荒野――。
「マリン、ピザン。ソナーに感あり。一人起きだして移動してる」
《ジークエーバーだ。データをくれ》
「……! 武装展開! えっと、スピアランチャー!」
「データリンク開始。……うん。私の推奨武器もそれ……駆動音確認、音紋からビーガード機動と推測。予想戦力はB級一機。重タイプ。たぶん――」
《ピザンだ、もういい、視認した。……牛型か。一人だけ逃げ出そうという腹づもりのようだが――》
次の瞬間、ジークエーバーが居た地面が爆ぜた。
気付けば、大剣が牛型ビーガードのおなかを貫いていた。
理解は後から来た。
ジークエーバーが敵を撃破したのだと。爆発のような加速で突進して、一瞬のうちに貫いたのだと。
《ピザン、まだ手の内が甘い。先代ならもっと――》
《後にしてくれジーク、まだ作戦遂行中だ》
――アークビーガードと侮るな、スローンビーガードやセラフィックビーガードでも、侮れば喰われるぞ。
――A級だのS級下位だのS級だのは、指針にはなっても指針にしかならん。
……ライノさんに、何回も言われて、自分でも体験して、わかってた。……つもりだったんだけどなぁ。
《こちらデニス、要救助を者確保しました。多少の打ち身とすり傷はあるようですが、全員無事です》
《ディックですがぁ、くそ山賊連中は全員ふん縛りましたぜ、坊ちゃん》
《坊ちゃんはやめろ。よし、警戒しつつ、安全確保の段階に移れ》
《ラウド3。周辺に異常なし。警戒を続行します》
《フリッツっス、こちらも異常無しっス!》
良かった。可哀想な事になってる人は居なかったみたい。
――あぁ、ヨウスケさんの声が聞きたいなぁ。まだ通信しちゃ駄目かな。




